第80話 メイドの実力

「エレェエエエン‼ いるんだろぉおお⁉」


お店の前で怒鳴っている異質な人族の三人組を見て僕達は嫌悪感で険しい顔をしていた。


まず、ファラとアスナが彼らに対する印象を言った。


「……さすがにあのような下卑た姿は……」


「ふむ……刀の錆にもしたくない風貌だな」


二人とも中々に辛辣だ。


そして、ディアナはというと嫌悪感というより生理的に嫌なようで、顔を背けながら言った。


「あれは人族の恥です。レナルーテで存在してはなりませんね……」


ディアナは言い終えると体を「ブルッ」とさせ悪寒を感じているようだ。


確かに、男の僕から見ても彼らとは関わりたくない雰囲気が凄い。


すると、エレンがため息を吐いて呟いた。


「はぁ……また来たのね、あいつら」


「また? あいつら、前から来るの?」


僕がエレンの言葉に返事をすると、アレックスが彼らについて説明を僕達にしてくれた。


彼らはエレンとアレックスが借金をした華族「マレイン・コンドロイ」の手下だという。


マレインは初老のダークエルフで様々な商会と繋がっている華族らしい。


当初、レナルーテに来た二人に気持ちよくお金を貸してくれた。


だが、圧力をかけられ商売を邪魔されていることを伝えても、一切話を聞いてくれなかった。


それどころか借金の催促をしてくるようになった。


そして、前回の支払いで今回の支払いが間に合わないので、何とか待って欲しい。


と、伝えると早々にエレンの引き渡しを要求された。


その時、二人がマレインに抱いた疑念が確信に変わった。


二人はマレインに嵌められたのだ。


よそ者や商売の知識などが薄い相手に担保を条件に金を貸す。


その後、圧力をかけて商売を失敗させる。


そうして、担保と借金を両方とも回収する。


借金が回収できない場合は回収できるまでこき使う。


そんな、手法を使っていると二人は苦々し気に教えてくれた。


すると、アスナが思案顔をして呟いた。


「マレイン・コンドロイは確か、反対派でノリスと繋がっていた気がします……」


また、ノリスか‼ 僕は思わず心の中で叫んでしまった。


とことん、僕のことが気に食わないらしい。


絶対にろくな死に方をしない。


いや、死んだあとすら丁寧に扱われないだろうと僕は思った。


その時、エレンが店のドアを開けて彼らに言い放った。


「お前達、支払期日までまだ数日あるだろ‼ お前達みたいなのがいたら営業妨害だ、とっとと帰れ‼」


エレンの言葉にモヒカン男はニヤリと笑い答えた。


「ヒヒ、そういうわけにゃいかねぇんだ。マレインの旦那がお急ぎらしい。今すぐ返せないなら、屋敷に連れてこいって言われているのさ」


「な‼ それは約束と違うだろ‼」


モヒカン男の言葉にアレックスが反応して激しく言い返した。


「そんなのは、俺達の知った事じゃねぇ。俺たちは言われた通りにするだけさ。さあ、わかったらおとなしく付いて来てもらおうか? それとも痛い目をみるかい?」


言い終えるとモヒカン男はエレンをジロリと睨んだ。


そして、下卑た笑みを浮かべていた。


これはよくないな。


僕はそう思うと、店の外に出て彼らの前に立った。


ドワーフの二人を守る様に。


その様子を見た、モヒカン男は顔を歪めて吐き捨てるように言った。


「なんだぁ、お前みたいなメイドのチビはお呼びじゃねぇんだよ? いま、大人の話し合いの途中なんだよ。わかったら、とっとと消えろ‼ このドチビ‼」


「……チビにチビって言われたくないな。あなたは大人でしょ? なら、あなたが本当のチビじゃないですか」


モヒカン男は態度がデカいが、身長は低い。


ドワーフのアレックスよりも低いぐらいだ。


それで人をチビと言えるのか? という感じだが、どうやらこれは彼にとって禁句だったらしい。


彼の顔がすぐに真っ赤に染まった。そして、モヒカン男の怒号が響いた。


「んだとコラァ‼ 俺はチビじゃねぇ‼ 身長も160cmあるんだからな‼」


絶対嘘だ。


彼の見た目からみてそんなに身長が高いわけがない。


僕は、店にいるアレックスに向かって聞いた。


「アレックスって身長どれぐらい?」


「俺? 俺は151ぐらいだけど……」


その言葉が周りに響いた瞬間、その場にいる全員が失笑した。


何故なら、モヒカン男よりアレックスのほうがどう見ても身長が高いからだ。


そして、モヒカン男はわなわな震えるとまた怒号を吐いた。


「なめんじゃねぞ、ドチビが‼ おれの身長は160なんだよ‼」


「……なあ、モールス」


「んだよ‼ デーブ‼」


どうやらモヒカン男はモールスというらしい。


今、モールスに話しかけたのは体格の良すぎる男はデーブと言うらしい。


デーブはモールスの怒号に返事をした。


「モールス、おらの身長160なのだけど……」


デーブの思いもよらぬ発言でモヒカン男のモールスは固まった。


そして、今まで黙っていた長身のスキンヘッドが呟いた。


「俺の身長……200……クッククク‼」


呟いたあと、スキンヘッドの男は腹を抱えて失笑している。


……彼らのやりとりを見ていると本当に関わり合いになりたくないと思った。


僕は顔を引きつかせ、思わず後ずさりをしてしまった。


すると、モールスがまた怒号を上げた。


「てめぇら、もう黙ってろ‼ チビ、全部テメェのせいだ‼」


彼は僕に対してよくわからない怒りを向けてきた。


そして、腰の後ろに手を回して、鎖鎌を取り出すと言った。


「いひ。こうみえても『かまいたちのモールス』って有名なんだぜぇええ‼」


モールスはそう叫ぶと僕に向かって鎖を投げた。


その瞬間、モールスと僕の間に人影が入り、飛んできた鎖を刀で跳ね返した。


刀と鎖がぶつかり合う金属音があたりに鳴り響く。


そして、その人影はしゃがんだ状態からゆらりと立ち上がり、モールス達を鋭い目で睨んで呟いた。


「……ティア様に手を出したあなた達の未来は……死です‼」


「ディアナ……殺しちゃダメだよ?」


僕の言葉にディアナは何とも言えない顔をして僕を見た。


でも、あんなやつらをわざわざ、ディアナが殺す必要なんてないと思う。


そう思っていると、モールスが叫んだ。


「たった一回ぐらい防いだぐらいで、いい気になってんじゃねえぞぉ‼ この暴力メイドがぁ‼」


暴力メイド、その言葉を聞いた瞬間、ディアナの目の色が変わった気がする。


そして、モールスが再度、投げてきた鎖をディアナはなんと武器を捨て素手で受け止めた。


「はぁ⁉」


さすがに素手で受け止められると思っていなかったのだろう。


モールスは驚愕した声を上げた。


そして、ディアナは殺気を出しながら三人に向かって吐き捨てた。


「……良いでしょう。暴力メイドと言うのならその様を見せつけましょう。バルディアに忠誠を誓う者として、仇なすものに裁きの鉄槌を‼」


彼らに対して吐き捨てるように言ったかと思うと、ディアナは握り締めた鎖を力いっぱい自分側に引っ張った。


ものすごい力だったのだろう。


鎖鎌ごとモールスは宙を舞いながらディアナに引き寄せられた。


「な、なんだとぉ‼」


モールスはあり得ないという表情をしながらディアナに引き寄せられていく。


だが、彼もただ引き寄せられるわけではない。


鎖鎌の鎌でそのままディアナを切り裂こうとしながら叫んだ。


「死ねぇ‼ 暴力メイドがぁ‼」


モールスがまさに切り裂こうとした瞬間、ディアナは鎌を掻い潜った。


そして、勢いそのままに彼の顔を思い切り殴り込んだ。


完全なるカウンターである。


彼の顔がディアナの拳によって変形していく、同時にディアナは手に持っていた鎖を解放した。


「ヒでぇええぶっぅううう‼」


モールスはカウンターを決められ、鎖を解放されたことであり得ないぐらいに吹き飛んだ。


僕はディアナが戦う姿を初めて目の当たりにして、目が丸くなった。


身体強化を使っているのは間違いない。


でも、あまりにその様が怖い。


ディアナは残った二人を見据えながら、先程のやりとりで頬についた血のりを服の袖で拭うとニコリと笑って言った。


「……次はどちらでしょうか?」


残った二人は蛇に睨まれた蛙のように唖然としていた。


だが、デーブと言われた男が急に怒号を上げながらディアナに走り始めた。


「よくも、おらの友達のモールスをイジメたなぁ‼」


「……頭が足りませんね。手を先に出したのはそちらでしょう‼」


デーブは両腕を広げてディアナを捕まえようとするが動きが遅くてディアナを捉えられない。


ディアナは隙をついて彼の横腹にモールスを吹き飛ばした拳を叩きこむ。


しかし、デーブは動じず、その様子を見て笑いながら言った。


「デヘヘ、おらにパンチは効かねぇだぁ‼」


デーブは脇腹に拳を入れたままのディアナを捕まえようとする。


だが、彼女はすぐに彼から距離を取った。


そして、手に付いたデーブの汗に嫌悪感を丸出しの顔をしながら呟いた。


「……なるほど。その贅肉は伊達ではないということですか」


「グヘヘ、謝るなら今の内だべぇ」


デーブは負けるはずがないと余裕を持ち、下卑た笑みを浮かべた。


しかし、ディアナもまた不敵な笑みをデーブに向けると言った。


「……やりようはいくらでもあります」


「負け惜しみだぁ‼」


デーブはディアナの言葉に反応するように彼女に向かって走り始めた。


ディアナは顔を引き締め、深呼吸をすると「行きます‼」と一言発した。


そして、デーブの懐に一瞬で潜り込むと彼の股間、急所目掛けて足のつま先から抉り込むように突き蹴った。


その瞬間デーブの断末魔があたりに轟く。


「うがぁぁあああああああ⁉」


ディアナが足を引き抜くと、デーブはその場に股間を抑えながら前かがみにへたり込もうとする。


だが、ディアナがそれを許さない。


前かがみに倒れようとするデーブの腹に向かって、目にも止まらぬ速さで蹴りを繰り出していく。


「はぁああああああああ‼」


「ぐへぁぁああぁああ⁉」


デーブは急所の一撃による衝撃で身動きが取れず、なすすべなく蹴られ続けている。


それによって、なんと彼の腹の肉がだんだんと左右に分かれ始めた。


そして、その瞬間をディアナが見逃すはずがない。


贅肉が無くなったデーブの腹目掛けてディアナは鋭く手刀を抉り込んだ。


「げばぁああ⁉」


恐らくデーブはいま、体験のしたことの無い痛みに襲われているのだろう。


だが、彼女はまだ手を緩めない。


彼の腹に抉り込んだ手刀を180度ひねると、手刀の先に魔力を込めはじめる。


僕はさすがに酷いと思い「ディアナやり過……」と言いかけた瞬間、時すでに遅く彼女は言い放って魔法を発動させた。


「弾けて爆ぜろ‼」


ディアナが魔法を発動させた瞬間、デーブの腹から大爆発が起こった。


その瞬間、凄まじい轟音と煙を纏いながらお友達のモールスと同じ方向にデーブは吹っ飛んだ。


「がぁあああぁぁぁ……‼」


デーブを吹き飛ばして満足した様子のディアナはニコリと笑った。


そして、残りのスキンヘッドの男に向かって声をかけた。


「どうですか? まだやりますか?」


「ご……ごめんなさぁぁああああい」


残っていた長身でスキンヘッドの男は、吹っ飛んだモールスとデーブの方角に向かって一目散に走って逃げて行った。


一部始終を見ていた僕達はディアナの変わり様に驚いて呆気にとられていた。


そんな様子の僕達を見たディアナは照れ笑いをしながら言った。


「……お騒がせ致しました」

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