第71話 リッドの目覚め

「……ここどこ?」目を覚ますとまず、見慣れない天井が目に入った。


とりあえず僕の家ではないらしい。


ベッドから起きて周りを見渡す。


見たことのない、家具ばかりである。


と思ったその時、僕は呟いた。


「……そういえば前にも、こんなことがあった気がする」


ベッドから上半身を起こして首を傾げていると、部屋のドアがノックされた。


返事をする前に開かれてメイドが入って来た。


ディアナだ。そして、僕をみると口を両手で抑えながら、涙を浮かべながら大きな声を出した。


「リッド様、目を覚まされたのですね‼ すぐ、皆様にお知らせしてきます‼」


僕を見るなり言い放ったディアナはすぐどこかに行ってしまった。


その時、僕は怒り狂って魔力を使い切ったことを思い出した。


そして、先程の流れを思い返して「これ転生を自覚した日と同じ流れじゃない?」と誰に言うわけでもなく、天を仰いで小さく呟いていた。



その後、父上、ディアナ、ルーベンス、ザックと皆集まった。


そして、僕をいま医者が診察している。


これも覚えがある。


違うのは医者の種族がダークエルフという点だろうか。


「ふむ、体に異常はないですね」


僕の目の動き、腕、足など体全体の動きを細かくチェックしてから医者は呟いた。


すると医者は荷物をまとめながら、「何かあればまた連絡を下さい」と言って部屋から出ていった。


すると父上が周りに僕と二人で話がしたいと言い出して、皆に部屋から出るよう指示をした。


ディアナとルーベンスは僕の元気な様子を見て安堵したようで微笑みながら部屋を出て行った。


ザックは僕と父上の話す内容が気になる様子を見せたが、そのまま二人と同様に部屋を出て行った。


ドアの閉まる音が聞こえ、少し静寂な時間が流れる。


そして、父上がおもむろに呟いた。


「……体はどうだ? 何かおかしい所はないか?」


「はい。大丈夫です。 ご心配をおかけして申し訳ありません」


「魔力はどうだ? 違和感はないか?」


父上の目は普段の厳格な様子とは違い何か怯えが見えていた。


なぜだろうか? 


僕は疑問に感じつつも自身の魔力を確認する。


うん。問題ない。ちゃんと回復もしている。


確認が出来ると僕は父上に張り切って言った。


「大丈夫です‼ 魔力も回復していますから、またいつでも昨日の魔法をお見せすることも出来ますよ‼」


僕は父上を安心させようと少し胸を張る様に言った。


だけど、父上の顔は逆に険しくなり、瞳に怒りが宿り僕に対して厳しい言葉を投げかけた。


「馬鹿者‼ 昨日の魔法がいつでも見せられるだと? ふざけるな‼ あの魔法は二度と使うな‼」


「ち、父上?」


「お前は自分のしたことでどれだけの人々に心配を与えたかわかるか‼ 護衛の二人は自分達が至らなかったと自分を責めている。レナルーテの関係者はお前がいつ起きるかと心配して昨日は夜遅くまで付き添っていた‼」


僕は父上の怒りに驚くと共に、自分がどれだけ周りに迷惑をかけたのかを父上が諭してくれていることに気付いた。


そして、父上は言葉を続けた。


「ノリスという奴の話は聞いた。だが、お前が怒りで我を忘れたのはお前自身の問題だ‼ 怒りで魔力を使い果たすなど言語道断だ‼」


父上の言葉に僕は俯いて、返事をした。


「父上の仰る通りです。僕が浅はかでした……申し訳ありません」


「……わかれば良い。それから、私が良いというまで目を瞑れ」


「え? 目ですか?」


「そうだ‼ 早く瞑れ」


「は、はい‼」


僕は父上に言われるように目を瞑った。


ひょっとして、殴られたりするのかな? 


不安でドキドキしていると、父上は僕を自分の胸に優しく、そして力強く抱きしめてくれた。


そして、震える声で言った。


「……馬鹿者……無理をするな。お前に何かあればナナリーとメルディに何といえば良い? それに、お前の母親が魔力枯渇症を発症している限り、お前にも魔力枯渇症が起きる可能性もあるのだぞ? その中で魔力を切らして気絶するなど……お前が無事で本当に良かった」


父上の声は震えていて、泣いているような感じがした。


そして、僕は自分のしたことがいかに愚かなことだったのか。


どれだけ、周りの人に心配をかけてしまったのかを考えさせられ、とても胸が苦しくなった。


それから、しばらく父上は僕を抱きしめていた。


その間、僕は目をずっと瞑っていた。



「本当に、魔力は大丈夫なのだな?」


先程まで抱きしめられていたが、父上も落ち着くと解放してくれた。


目を開けても良いと言われ父上の顔を見ると目が赤くなっていた。


だが、顔はすでに厳格に戻っていた。


僕は父上らしいと心の中で「クスクス」と笑った。


それから、僕は返事をした。


「はい。本当に大丈夫です。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」


僕は父上に言葉を伝えると、その場で一礼した。


父上は今度こそ安心したようだ。


それから、咳払いをすると、これからが本題と言った感じでおもむろに話始めた。


「わかった。では、少し話を聞きたい。まず、あの魔法はなんだ? 大規模魔法ではなく、ただのファイアーボールとはどういうことだ?」


その言葉を聞いた瞬間、僕は真っ青になった。


しまった、怒りのあまりにあの場で使ってしまったのだ。


やばい、サンドラから真剣に門外不出と言われていたのに‼


僕は頭を抱えた。その時、ふと何か嫌な感じがした。


誰かが聞き耳を立てているような、そんな気配だ。


でもこれは、人と言うより「魔法の気配」という感じがした。


僕は思慮深い顔をしてから、父上に言った。


「父上、その話はバルディア家でサンドラも交えて話しましょう。ここでは壁に耳ありのような気がします」


僕の言葉の意味に気付いた父上は「ハッ」としてから、悔しそうに呟いた。


「……私としたことが迂闊だったな。そうしよう。この屋敷は薄暗いところが多いからな」


父上は誰かに言う様に言ったが、返事はない。


そして父上は僕の顔を見ると言った。


「ふむ。体調が良いのなら、ファラ王女にでも会ってこい。お前のことをかなり心配していたからな。護衛にはディアナを連れていくと良い」


そういえば、僕が気絶したあの場にはファラやアスナ、あとレイシスもいたはずだ。


そう考えると本当にいろんな人に迷惑をかけてしまった。


「わかりました。ファラ王女に連絡を取って可能であれば今日にでも会いに行こうと思います」


「わかった。手配は私がしておこう」


父上と話す中で僕はどうしても一つ気になることがあった。


そう彼のことだ。僕は思い切って質問をした。


「……父上、ノリスは……彼はどうなるのでしょうか?」


すると父上は少し険しい顔になるが、おもむろに言葉を紡いだ。


「奴の事は気にするな。バルディア家を狙うと言った発言は許されるものではない。それ相応の報いは与えるようにエリアス陛下には言ってある。それにこの後、私はエリアス陛下と会談することになっている。お前は安心してファラ王女と親交を深めてこい」


「はい。わかりました」


ノリスの事が気にならないわけじゃない。


でも、父上がここまで言うのであれば、僕はこの件に関しては父上に任せるべきと判断した。


それに、レナルーテでしないといけないことは沢山ある。


ファラとも色々話したいことがあるし、休んでばかりもいられない。


すると、父上は少し気恥ずかしそうに咳払いしてから話始めた。


「ゴホン。時にリッド、お前はファラ王女とうまくやっていけそうか?」


「へっ‼ はい、大丈夫と思います……何故、急に?」


父上らしからぬ質問で僕は恥ずかし気に答えた。


その様子に父上は微笑みながら言った。


「お前が寝込んでいる時に、ファラ王女が時間の許す限り傍におったのでな。中々にお前の事を好いてくれているようだ」


「な‼」


僕は父上から、この手の話題が続くことで驚き、また恥ずかしさで顔が赤くなった。


そんな僕の表情の変化で、嬉しそうな顔をしている父上は続けた。


「ふふ。国同士が決めたことでも幸せを築けるかは当人同士の問題だ。今、お前とファラ王女がお互いに持っている気持ちを大切にすれば、良い方向に進むだろう。お前は今の気持ちとそれ以上にファラ王女を大切にするのだぞ?」


「……はい、わかりました」


父上から助言を受けると僕は気恥ずかしさで一杯になった。


そんな僕を見た父上は珍しく「クスクス」と笑うと部屋から出ていこうとして、ふと足を止めると僕に向かって言った。


「お前は昨日、魔法披露から今まで寝ていたのだ。今日、ファラ王女に会いにいくなら、身嗜みは整えておけよ? ナナリー曰く、清潔感はかなり重要らしいぞ」


「……わかりました」


父上は僕に言った後、顔をニヤニヤさせながら部屋を出て行った。


そんなに汗臭いだろうかと思い確認すると、確かに汗びっしょりだった。


いや多分、寝汗とかもあると思うけどね。


しかし、考えてみると今の父上の言葉は、母上に父上が過去に清潔感で注意されたということではないだろうか?


僕は今度、母上に話を聞いてみようとまた悪戯心が騒いでいた。


そして、ディアナを呼んで僕はお風呂の準備の依頼をするのだった。

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