第24話 型破りな神童

「……もう一度お伺いしてもよろしいですか?」


サンドラは怪訝な表情で僕を見ている。


今日はサンドラが来る日だったので、訓練場近くの黒板のある部屋で話したいことがあると伝えた。


僕は、先日創作した魔力測定について説明したのだけれど、うまく伝わらなかったらしい。


「ええと、魔法を発動するときに使用する魔力数値を調べたかったから、魔力測定っていう魔法を特殊魔法で創作したのだけど? わかるかな?」


「考えることが、常識を突き抜けていますね……」


彼女は額に手を当てながら、首を横に振っている。


さらに、心を落ち着かせるためか、深呼吸まで始めた。


「わからないけど、わかりました。リッド様、魔力数値を測定できる魔法ですが、どうやって創作したのですか?」


「それはね……」


僕はサンドラに「魔力測定」の創作に至るまでの経緯を説明した。


水の計量にヒントを得て、決まった数量の水を生成する魔法を開発。


その魔法を発動することによる魔力数値を基本として仮説を作り、イメージを固めた結果できた。


もちろん改善の余地はあると思うが現状であれば、魔力枯渇症に対して新たな薬が効くかどうかの確認にはなると思う。


サンドラはずっと僕の話を眉間に皺を寄せながら聞いていた。


聞き終わると、両手で顔を覆った。


「リッド様は天才ですね。そんな発想考えたこともありませんでした。というか水属性資質もお持ちだったのですね」


「う、うん。そうみたい、なんか出来るかなって思ったら出来ちゃった」


「……そんな簡単に普通、出来ませんよ」


全属性の素質を持っていることはまだ秘密にしている。


でも、思ったより彼女の反応が鈍いどうしたのだろう。


「ふぅ、いいですか、リッド様。今後はその魔法は当分、口外禁止です。リッド様が魔力測定を使えるなんて広まったら、恐らく帝都に連れていかれますよ?」


「……それは、嫌だな。でもなんでそこまで? 僕自身、閃いた瞬間は驚いたけど、気づけば誰でもできそうだよ?」


実際していることは簡単なので、水属性素質のある研究者が行えば恐らく出来たはずだ。


何故、ここまで彼女が警戒するのか、ちょっと気になった。


「はぁ……リッド様の感覚はちょっとずれていますね…… まぁ、それは私にも少し責任があるかも知れませんね。わかりました。一般的な人達について説明致しましょう」


「……一般的な人って、僕に一般じゃないみたいに言わないでよ……」


サンドラは僕の言葉を聞くなり、また「はぁ」とため息を吐いた。


面と向かって、ため息をするのはちょっと失礼じゃないかな? 


彼女はおもむろにポケットからケースを取り出しその中にある眼鏡をかけて先生モードになり説明を開始した。


「まず、一般的な人達を平民としましょう。まず、平民は魔力変換が出来る人がほとんどいません。つまり、魔法を扱える人は平民ではまずいないと言っても良いでしょう」


「え? でも最初の魔法の授業で『だれでも魔力は持っているから修練すれば誰でも可能』と言っていたよね?」


「はい。ですがそれは『修練をしたら』の話です。そもそも、魔力変換の知識については冒険者や騎士、魔法使いなど戦闘が身近にある者ぐらいしか知りえません。その為、魔法が使える平民というのはあまり存在しないのです。いるとすれば、父母がもとから知識を持っていて、それを子供に教えるとかしない限り難しいでしょう」


なんてことだ、せっかくのファンタジーの世界なのに一般社会には魔法があまり使われていないのか。


でも、魔法が一般的な存在として認められているけど、使う為には面倒くさい修練が必要ってわかっているとしたら、使おうとする人は少ないのかもしれない。


人間は楽なほうに流れるし、面倒くさいことはしたくないものだ。


前世の記憶では、僕も筋トレとかしても、すぐにさぼったし。


「うーん、なんとなくわかったけど、サンドラ先生みたいに魔法の研究している人はさすがに魔力変換出来るでしょ? 知識と魔力変換が使える人材は沢山いると思うけど違うの?」


「それは私が、リッド様の先生だったせいで誤解を与えたかもしれませんね。確かに、魔法研究を行うにおいて、魔力変換が出来ることは最低限必要です。ですが、リッド様ほど高度な魔力変換や操作を行える人はよほどの天才か、数十年の修練を積んだ努力家ぐらいでしょう」


僕はサンドラの言っていることが少しずつ分かってきた。


つまり、この世界において魔法は生活必需品ではない。


その為、冒険者、軍隊、研究、戦闘など、それに準ずることに関わるものしか、使うことはないということだ。


「魔法研究者であっても、そこまでの魔力変換や操作の技術は求められません。私が最初にお見せした魔法。あの程度が使えれば十分なのです」


「な、なるほど」


「悔しいですが、私でも『水を1リットルだけ正確に生成する魔法』なんて、創ろうと思って創れるものでもありません。水の属性素質もないですし。それに、使用した魔力量をリッド様のようしっかりと感覚でとらえて、明確にイメージするなんて「天才かつ努力家」にしかできませんよ?」


うーん。


リッド君は魔法関係も思った以上にハイスペックだったのか。


でも、確かにサンドラの言う通り屋敷で魔法を使っている人を見たことがない。


皆「使わない」ではなく「使えない」だったわけだ。


「リッド様には元々、才能をお持ちだと思っていましたが、ここまでとは思いませんでした。才能を努力で磨いた結果と常識にとらわれない発想力で『型破りな神童』という感じですね。どうですか? 少しは認識できましたか?」


「……僕が『型破りな神童』なのかどうかはともかく、魔法があんまり生活に使われていないことは分かった気がする。でもそれなら、サンドラ先生はどうなの? 僕より魔力変換が出来て、操作も出来るのだよ? 僕だけが特別じゃないでしょ?」


僕が『型破りな神童』ならサンドラ先生もその扱いになってしまうはずだ。


それなら、帝都に招致されて……そう思った瞬間、ハッとして恐ろしいことに気付いてしまった。


サーっと顔から血の気が引いていく。


サンドラの顔を恐る恐る覗くと、ニコリと明るい笑顔をしている。


だけど目が笑ってない、異様な笑顔につい後ずさりしてしまう。


「……そうです。だから、私は帝都の研究所において所長という立場に抜擢されたのです」


サンドラはゆっくりと僕に近づくと耳元に顔を近づけてから、静かにとても冷めた声で呟いた。


怖くて背筋がぞっとする。


彼女は青ざめる僕の顔見ると笑みを浮かべて、おどけた様子で話を続けた。


「まぁ、やっかみと策略ですぐに潰されてしまいましたけどね。実は私、こう見えて天才として帝都に招致されたのです」


サンドラ先生はそういうと。右手の拳を頭に乗せ、ウインクをしつつ首を少しかしげて、ペロッと可愛く舌を出した。


いわゆるテヘペロのポーズをした。


その瞬間、なんか唐突に理解した気がする。


「……サンドラ先生、遅かれ早かれ僕が『型破りなことをする』と思っていましたね?」


「正直、もう少し、いえまだまだ先の話だとは思っておりました。リッド様の才能を磨き続ければすごい事になる。そう思ったら、リッド様の成長が楽しくて、楽しくてたまりませんでした。研究対……ではなくそばでずっと見守るつもりだったのです」


いま研究対象って言おうとしたよね? 


まぁ、いいや。サンドラ先生は僕の指導を初めてした時から、すごい原石だと思って色々丁寧に教えてくれたのかもしれない。


彼女の顔を見ると、ニコニコした笑顔で僕との会話を楽しんでいる様子が伺える。


「大丈夫ですよ、リッド様。『世の中、出る杭は打たれますが、出過ぎた杭は誰にも打てません』常識に捕らわれず、突き抜けてしまえば良いのです‼」


サンドラは話をしながら右手の人差し指を、高らかに上に指刺すポーズをしている。


何故か彼女の背中に渦巻く螺旋が見えるような気がする。


気のせいだと思うけど。


「はぁ……常識を突き抜ける事をわざわざする必要はないと思うけど、これからの魔法作成は情報漏洩にも気を付けるよ」


「ええ、そうしてください。情報が広まり過ぎるとライナー様でも手に負えなくなる可能性がありますから」


彼女と話した内容をまとめると。


僕は『型破りな神童』扱いされる能力を持っているらしい。


甚だ不本意だけど。


その能力がばれると現時点でも何かしらトラブルになる可能性が高い。


「ふぅ……今後も出来る限り、悪目立ちしないように気を付けるよ」


「ええ、是非そうしてください」


僕が型破りな事をしたと認識出来た様子を見て、サンドラはにこりと笑った。


でも、サンドラはこうなることが事前にわかっていたのだから、もっと早く教えてくれてもよかったのでは? と思ったが伝えるのはやめた。


多分、『面白いから』と言われそうだ。


「リッド様、その通り面白そうだったからです」


「こわ‼」


「ふふ、リッド様はとてもわかりやすいのですよ?」


サンドラは微笑みながら、心を読んでくる。


そんな彼女に僕は青ざめて慄くのだった。

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