第21話 特殊魔法

 父上とクリスが化粧水とリンスを献上しに行ってから、しばらくたったある日のこと。


僕宛に二人から手紙が届いた。


早速、自分の部屋で、封を開けて中身を読んでみる。


読む限り、献上は無事に終わったらしい。


でも、クリスの手紙の内容は僕が帝都行きを丸投げしたことに対しての愚痴が多い気がする。


あと過激な文面も少しある。


「ローラン伯爵は出禁にしました」


会ったこともない伯爵が、知らない間に出禁になっている。


父上もローラン伯爵についてよく愚痴っているけど、この人は毎度、何をやらかしているのだろうか?


「マチルダ皇后陛下はやばいです。危険です」


文字だけ読むと不敬罪になりそうな文面だ。


でも、父上からマチルダ皇后陛下についてはあまり聞いたことないから、クリスが帰ってきたら話をきいてみようと思う。


「ライナー辺境伯は、そっぽしか向きませんでした。あとだまし討ちされました」


どういうこと⁉ そっぽしか向きませんでしたとかだまし討ちとか意味不明なのだけど⁉


「でも、クリスはこっちに居た時は帝都行きをなんだかんだ楽しみにしていたけどなぁ。何があったのだろう?」


確か、出身のサフロン商会からも「人族の商圏に風穴開けた」って言われたって喜んでいたはずだ。


それなのに、このクリスの手紙からはなんか黒いオーラが「オォォ……」って出ている気がする。


というかこの手紙は絶対、普通の精神状態で書いていない気がする。


少なからず僕が知っているクリスはもっと知的な人だった。


とりあえず、僕はこれ以上考えるのをやめた。


父上からの手紙には、献上が成功したこと。


クリスが皇后陛下に気に入られたこと。


クリスティ商会とバルディア領で献上した商品の利権が認められたこと。


などが書いてあった。最後にある、「帰ってきたら、大切な話がある。」という文面が少し気になった。


手紙を読み終えたタイミングで、部屋のドアがノックされる。


返事をするとガルンが部屋に入って来た。


「サンドラ様が訓練場でお待ちです。いかがしましょう?」


「あ、準備してすぐに行くって伝えて‼」


返事を聞くとガルンは「かしこまりました」と返事をして僕の部屋を退室していった。


僕は手紙を片付けると、動きやすい服に着替えて訓練場に向かった。


「リッド様、遅いですね‼」


「ビシッ」と右手を腰に当てながら、左手の人差し指でさされた。


人に指さしたらダメだよ、と心の中で突っ込む。


「遅くなってごめんね、サンドラ先生」


「いえいえ、その分修練を厳しくしますから、気にされないでください」


何故、サンドラ先生は毎度すこしばかり毒をのせて来るのだろうか。


まぁ、あんまり気にならないけど。


サンドラが帝都で過ごした日々。


そして、魔力回復薬の打診をしてからサンドラとの距離が少し近くなった気がする。


兄弟みたいな感じでちょっと楽しいと思う自分もいる。


サンドラから指示を受けながら魔力変換の修練を開始した。


魔法を発動する為に魔力量を増やす必要があるので、修練は毎日欠かさず行っている。


サンドラが立ちあってくれる日は効率良くできているかどうか見てくれる。


問題があれば指摘してくれるから、凄く上達が早い。


修練が一通り終わると僕はサンドラに特殊魔法について教えて欲しいと伝えた。


サンドラは「少し早いですけど。リッド様なら大丈夫そうですね」そう言うと、訓練場の黒板がある部屋に移動して座学を始めてくれた。


「大前提として属性魔法を発動する際には属性素質が必要です。属性素質が全くない人はいまのところ確認はされていません。誰でも何かしらの属性素質は持っている。というのが、昨今の魔法学です。ただ、もし仮に属性素質が無かったとしても「無属性」の魔法は発動出来るので、修練さえすれば誰でも魔法は使えます。ここまで、いいですか?」


 サンドラ先生は眼鏡をしている。


普段はしていないのに。


でも何故かとても様になっている気がする。


僕はサッと右手を上げて質問をする。


「サンドラ先生、普段は眼鏡していないのは何故ですか?」


「え? そ、それは、ライナー様が以前、眼鏡を外した時に「ないほうがいいぞ」って言ってくれたから……って何を言わせるの‼ 魔法学の座学中でしょ‼ 質問は魔法だけにしなさい‼」


「は~い」と簡単な返事をサンドラに返す。


サンドラは僕の質問にうっかりノリ突っ込みで答えてくれたが、その時の顔は恥じらいで赤く染まっていた。


父上は自覚なしにしているのかな?


彼女は「ゴホン」と咳払いをすると魔法学の座学を続けた。


「属性魔法については属性素質が必要でしたが、特殊魔法と言われる部類には、特別な素質が必要でしょうか? リッド様、お答えください」


「う~ん、わかりません‼」


僕は正直に答えた。


属性素質のことは前世のゲーム知識からわかっていたが、特殊魔法はこの世界に来てから初めて知ったことだ。


なので、素直にわからないとしか言いようがない。


「わからないことを「わからない」と言えるのは大切なことですね。では答えを、お教えすると、素質も何も必要ありません」


「え? では誰でも使用できるのですか?」


「うーん、「誰でも」というのは少し違いますね。正確には修練を積み、創作もしくは伝授してもらったら使用可能になります」


魔法を創作できるということか?それを聞いた途端に、凄いテンションがあがったのを感じた。


攻撃魔法もオリジナルは作ったが、それ以上に特殊な魔法を作れるというのはかなり心を擽られる気分だった。


「攻撃魔法の時に、イメージを明確化にすることで初めて魔法は発動可能ということでしたが、特殊魔法も同様なのでしょうか?」


「そうですね。ただ、特殊魔法は攻撃魔法よりさらに具体的なイメージと合わせて必要な魔力量が多いので、イメージが出来ても魔力量が足りなければ発動しません。その逆も然りです」


「攻撃魔法は魔力変換とイメージの確立によって発動可能。特殊魔法は魔力変換、魔力量、鮮明イメージの確立が必要ということでしょうか?」


「その通りです。やはりリッド様は理解力が素晴らしいですね」


おお、つまり魔力量さえあればオリジナル魔法が作り放題なのだろうか。そう思うと胸が躍る。


でも必要な魔力量というがよくわからない。


まず、魔力量を図る魔法を創るとか、道具を作ったほうがいいかもしれない。


「では最後に、特殊魔法の伝授についてです。伝授に関しては魔法発動の情報を文字通り指定の相手に伝えることで、伝えられた人は比較的簡単に発動が出来るようになります」


「へ?」僕はちょっと間抜けな声を出してしまった。


サンドラ先生が言うから間違いないのだろうけど、伝授って強すぎない。


つまり、僕が魔法を創ってその魔法の使い方を伝えれば誰でも強力な魔法が使えるようになるはずだ。


僕の考えていることに気付いたのか、サンドラ先生は話を再開した。


「もちろん、伝授も万能ではありません。まず、伝授する側の魔力量は相当必要になります。そして、伝えられた側も発動には相応の魔力量が必要になるので、伝授されても魔力量が足りなければきちんと伝授されずに発動もできません。あと、伝授はその魔法を創造した人だけが可能です」


「それはつまり、僕が魔法を創ってサンドラ先生に伝授はできるけど、その魔法をサンドラ先生は誰かに伝授することはできないということですね?」


「その通りです。ちなみに最初の修練で私がリッド様に施した魔法は私が創造したので、私から伝授することは可能です」


なるほど、だが伝授出来るのは特殊魔法だけなのだろうか?攻撃魔法も属性素質さえあれば伝授できそうな気もする。


「あと、特殊魔法で作れる魔法の範囲ですが正直どこまで可能で、どこまでが不可なのか正確にはわかっていません。その為、特殊魔法は出来るかどうか、魔力を使いながら確かめると言った内容になります。」


「よろしいでしょうか?」サンドラは説明が終わったようで、眼鏡を右手の人差し指で「クイッ」としてこちらにドヤ顔を向けている。


「質問です‼」と言い右手をサッとあげると、サンドラ先生は「どうぞ、リッド様」と楽しげな様子だ。


「特殊魔法の伝授はわかりましたが、今の話だと属性魔法も伝授出来るのではないでしょうか?」


「良く気づきましたね。リッド様の言う通り属性魔法も伝授は可能です。ただし、伝授される側がそれ相応の魔力量を持っている。つまり修練をしっかりしている必要があります。それに、伝授する側も一回伝授するごとに消費する魔力が凄いので効率としてはあまり良くありません。仮に私が特殊魔法をリッド様に伝授すると、恐らく私は疲れ果てて今日は寝込んでしまうと思います」


どんなに魔法を放っても息もきれないサンドラの魔力が空っぽになって寝込むということは、「一定の魔力量が必要というより伝授には保持魔力をすべて使い切ってしまう」というのが正しいのかもしれない。


「以上で特殊魔法の説明は終わりますが、他にご質問はありませんか?」


僕が説明を聞いて考え込んでいる様子をみて、とても楽しそうに微笑んでいた。


彼女曰く、魔法にここまで熱心な人は少ないらしく、僕のことを弟子のように可愛がってくれている。


色んな意味で。


「はい。ありがとうございました」


僕はサンドラにお礼を言うとペコリと頭を下げた。


「貴族の息子が、簡単に頭を下げたら駄目ですよ」


と注意されるがサンドラの顔には嬉しそうな笑顔が浮かんでいた。


「サンドラ先生、話は少し変わるのですが魔力回復薬はどんな感じでしょうか?」


僕は授業に使った資料をまとめると、おもむろに切り出した。


先日、サンドラに月光草を預けた時に、研究所を用意してほしいと言われたが「とりあえず、現状でも出来ることをやってみます」と言ってくれていたのを思い出したからだ。


「いま出来る範囲で調べましたが、月光草にある魔力の回復効果は確認できました。あとは、どう成分を抽出して濃縮するかですが、こればっかりは施設や道具がないと難しいですね」


「なるほど、ちなみに完成系はどんな形にするの?ドリンク系とか粉末、錠剤とかあるけど」


いわゆる栄養ドリンクみたいになるのか、サプリメントみたいな感じだろうか。


ただ、月光草を試しに生で食べてみたときは気持ち魔力が回復した気はしたけど、味はえぐみが強くて「これぞ草‼」って感じだったから二度と食べたくはない。


そのイメージがあるから、ドリンクは個人的に嫌だと思って聞いたのだが、僕の言葉にサンドラは「ハッ」とした表情をしている。


「失念していました……ナナリー様の病状の進行を抑えるためなら、錠剤や粉薬をとりあえず作るという方法が手早くていいかもしれません。すいません、回復効果を高めることばかりに頭がいっていました」


サンドラは申し訳ないと、僕に頭を下げてきた。


その様子に僕も慌ててしまった。


「そ、そんなつもりで言ったわけじゃないから気にしないでいいよ。だから、頭を上げて。ね?」


僕の言葉を聞いて、パッと顔をあげた彼女は目をメラメラと燃やしてやる気に満ち溢れた表情をしていた。


「ありがとうございます‼ すぐに取り掛かって試作品を用意しますね‼ では、すぐに帰って、研究に取り掛かります‼」言うと同時に彼女は凄い勢いで駆け出して帰っていった。


「え? このあとの授業は‼」去っていくサンドラの背中に声をかけると「ごめんなさい‼ 自習でお願いしま~す‼」と声が遠のきながら聞こえてきた。


「じ、自習……あ‼ こういった声の聞こえ方は、確かドップラー効果って言うのだっけ。」


見えなくなっていくサンドラの背中を見ながら僕はそんなことを思うであった。

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