13.俺の家族~カインside

「ミルティアは……ずっと……こんな、長い間……俺の為に動いてたのかよ」


 ミルティアの手紙を最後まで読んで、思わずくしゃりと握りしめてしまった。慌てて戻す。


 何だよ、夢で見たって。前世で冤罪で殺されたって。俺が魔竜王になるって。


「っざけんな……馬鹿、野郎……」


 俺が自分の為だけに生きてる間に、アイツはずっと俺の為に生きてたのか。


 否定したいのに、現実に起こった事を考えたら否定できない。もしミルティアが関わらなければ、この家族に出会わなければ……。


「あの子ったら本当に一途なんだから。でもそれはそれで幸せよね」

「どこがだよ! 俺はずっと何も、知らずに……最後には挙アイツに剣を向けたんだ!」


 胸が苦しい。俺の為に何年も何年も動いてくれていたミルティア。そんなアイツに俺は何をした!?


「で、ボコられたんだろう? やっぱり俺の娘は最恐だな」

「ふふふ、ミルティアってば頭は良いのに、相変わらず脳筋よね」


 両親が明るく軽すぎる! おじさんは何で毎回ドヤ顔なんだよ!


「まあミルティアが惚れた男可愛さに、勝手にやったんだからいんじゃないか?」

「言えてる! 本人はけっこうノリノリで楽しんでたに金貨一枚!」

「それ、賭けにならないだろう」

「言えてるな!」

「「あははははは!」」


 兄達も明るすぎる! この家族は!!


「……泣いたんだ」

「「「ん?」」」


 俺の一言に、男達の動きがピタリと止む。


「ミルティアが俺を転移させる時……ミルティアが初めて泣いたのを見た」


――ゴツッ。


 おじさんにゲンコツを食らう。


――バキッ。


 長兄に頬を殴られて、ベッドを転がり落ちる。


――ドカッ。


 次兄が俺の腹に蹴りを入れる。


 連携の取れた三コンボだ。


「「「娘(妹)を泣かすのは許さん!!」」」


 オーガが三体現れた。


「あらあら、手加減できて偉いわね」


 おばさんはのほほんとして三人のオーガを褒める。確かにこの三人が本気を出していたら、俺の全身は粉砕されていた。


「ゲホッ、ゴホッ……ごめん」


 素直に謝る。これで俺はまた家族を失……。


「ま、俺の娘は可愛いから、わざと泣かしたくなるのはわかる。だけどな、父親の俺でも娘が五歳の時で卒業したんだ。本当に泣かすな。次は刺す」


 いや、娘が五歳になるまでは、わざと泣かしてたのかよ。でも本当に刺すんだろうな。


「俺だってミルティアが七歳の時、プリンタルトを横取りして以降は、泣かした事がないんだ。これから気をつけろ。次はお前のを横取りするぞ」


 長兄とミルティアは十五歳差だ。当時二十二歳の良い大人が、七歳の子供からタルト横取りしたのかよ。俺は甘い菓子が苦手で大抵譲ってるはずだ。横取りする物はあるのか。


「俺は十歳も違うが、ミルティアには泣かされた事しかない! やるじゃないか! でも妹は泣かすんじゃない。甘えて色々押しつけるもんだ。次は可愛く甘えてやれ」


 次兄はツッコミどころしかないな!? 何も言えねえ。とりあえず甘えればいいか!?


 だけど皆、次はと言ってくれた。その短い一文字に許されたのだと知る。


「ふふふ、皆困った男達ねぇ」


 おばさん、同感だ。でも……俺の方も見ているな? 俺も困った男の仲間入りか。否定はできないけど……何か嫌だ。


 だが、もう泣かさないと家族と自分に誓う。その為に、俺のできる最大限のやるべき事をやろう。


「頼みがあるんだ。その……聞いて欲しい」


 この家族と出会って、初めて甘える為の頼み事をする。


「「可愛い息子からの頼み事なら喜んで」」

「「もちろんだ、弟よ」」


 理由すら聞かず、信頼されている快い返事に目頭が熱くなる。


 ああ、ミルティア。お前が俺を見つけて、与えてくれたこの場所はこんなにも温かい。


――そうして二ヶ月後。心身を回復させた俺は再び旅に出た。


「父さん、母さん、兄貴達。行ってきます!」

「「「「行ってらっしゃい」」」」


 剣聖ではなく、ただのカインとして。


 俺が家族の元を再び旅立って数ヶ月後。


 国外追放された元王太子と異母兄達は、遺体で見つかったと風の噂で聞いた。どこぞの国境の山中で、魔獣に食い散らかされたような無惨な状態だったらしい。


 旅先から見つかった国に向かって追悼の意だけは捧げた。


 ただ一つ疑問は残る。


 王太子も異母兄二人も、それなりに魔法や剣術の実力はあった。魔獣に後れなど取るだろうか。


 その後、ギルドが森の正確な測量を行い、森の所有を主張した二国間の結論が出るまでには二年を要した。


 ギルドが分けた土地が一番少なかったのは、冒険者である俺を害した元王太子のいた俺の祖国。ミルティアの次兄が新領主に任命される事となった。


 恐らくは俺とミルティアが辺境領主の子供で、周りからの反発が一番少ないと判断したからだろう。


 次兄は、というと。


「結局辺境領主かよ! 元でも死の森に女なんか来ないだろ! ちっくしょうー! 世の男共め、日照って爆ぜろー!」


 そんな呪いの言葉を吐きながら、地元の辺境領から新辺境領へと引っ越したらしい。


 そんな次兄も三十五歳目前でどうにか嫁を見つけた。四十歳目前だった長兄と同時期に結婚するが、それはまだまだ先の話。


 ギルドは魔竜の討伐と、瘴気の満ちる死の森を復活させたとして、世界中からの栄誉を得た。その上、複数の国から多額の報奨金を、そして森に隣接する二つの国から交渉の仲介料を得た。


 下手に事が大きくなった為に人件費を差し引いた報酬を、ミルティアへ半分譲って体面を保ったと聞く。


 それでもギルド本部を建て替えたくらい潤った。瘴気や魔竜の存在に脅威を感じていた各国にかなりの恩も、同時に売ったようだ。


 ただ、俺は二年も経った現時点でも、まだミルティアを見つけられていない。


 もちろん何年かかっても、もう諦めてやれないんだ。必ず見つけて捕まえる。逃げるなら、どんな手段を使っても……。


 ごめんな、ミルティア俺の愛しい人

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