11.再会と別れ~カインside
『子供の貴方から法律的に縁を切るのは難しいでしょう。けれど、つまらない縁故を生む前にせめて気持ちの上だけでも、父親共々縁を切りなさいな。関係改善なんて希望を抱いたって、他人は変えられない。特に貴族の世界は富と権力が絡む分、よっぽど汚くてタガが外れやすい。気を抜けば自分が殺されるわよ』
まだ九歳だったミルティアに言われた言葉が、何年も経ってその通りになるなんてな。俺の事を裏切らないと思っていた三人は、王城で俺がいなくなった隙に異母兄に買収されていた。
あれだけ面倒をみていたはずの仲間に裏切られていた。そんな現実を受け止められたのは、全てが終わった後だった。本当に……情けない。
どうりで死の森に行く道すがら、あの三人が戦闘中に失敗する事が急に増えたはずだ。
俺は三人の仲間達をフォローしようとして、生傷が絶えなくなっていた。恐らく討伐中の事故に見せかけて殺そうとしたんだろう。
愚かな俺は三人のわざとらしい失敗にも、大きな裏切りや殺される可能性にも気づきながら……その事に蓋をして、気づかないふりをしていたんだ。
ミルティアに会って早々、ガツンとやられた事で鬱屈した感情の何かが弾けた。
その後ミルティアの家族と過ごした事で、俺は再び誰かを信じる事ができた。
ただ、それと同時に心を許した誰かに裏切られる事が、次第に恐くなっていた。
今にして思えば、どう考えても魔竜の討伐なんてものはパーティーとしての実力に見合わなかった。リーダーとしてリスクを取り、パーティーの汚点となっても中止するのが最善。
なのに俺は道すがら負った傷も癒えないまま、結局は死の森に入って行ったんだ。裏切りがあったにしても、俺はリーダー失格だろうな。
死の森は瘴気の漂う不気味な森だった。恐らく瘴気が森の外へ漏れ出すのを、何者かが防いだんだろう。森の周りには結界が張られていた。中に入れそうな穴を見つけるまでに一週間ほどかかっていた。
そのお陰か、少しばかり休息が取れた事だけは嬉しい誤算だ。あの三人は俺の体を気遣う素振りを見せせつつも、どこか残念そうだったが。
森の中に一歩踏み出した俺達は、外観との違いに驚いた。瘴気が全く無く、むしろ空気は澄んでいた。
そうして呆然としながら森の奥を目指したその先で、探し出すのを半ば諦め、忘れかけていた冒険者になった俺の本当の目的と再会した。
そう、ミルティアだ。
五年ぶりに再会した彼女は美しく成長していた。
『いや、何でお前がいる……』
上手く状況を処理しきれなかった俺の口からは、そんな陳腐な言葉しか出てこなかった。
まあ今思い返しても、何で死の森の奥地で再会早々、高笑いを決めこまれたんだろうとは思うんだが……。
美しく成長していても、中身は相変わらず意味がわからない思考回路だった。その相変わらずなところに、俺の疲れ切っていた心が密かに慰めてくれてもいた。
歓喜と、そして早く捕まえて俺だけしかいない何処かに閉じこめて……俺だけを見て欲しい。
疲労感が過ぎたんだろう。ほの暗い、犯罪紛いの感情が胸に渦巻いていた事は誰にも言えない。
ミルティアは、そんな俺の気持ちなどお構いなし。三文芝居のような高笑いをしたり、パーティーの女達と自分の何かを比べて表情をコロコロ変える。俺が話そうとすれば、突然タイムと言って制止したりと奔放だった。
あの頃、俺の人生で一番穏やかな幸せを感じていた頃のミルティアと変わらない様子が、内心嬉しくて仕方なかった。
だが……ミルティアは魔竜の手先だと言って、敵対した。
最後には容赦なく俺達を、いや、俺のパーティーの三人を殺してしまった。
ミルティアが魔力を混ぜて放った殺気に当てられ、剣を向けた俺が悪かった。殺すつもりも、その覚悟も無かったのに。
俺が知る中で最強の実力を持つミルティアなら、そんな俺の中途半端な剣は簡単に止めると甘く考えてもいた。
もちろんその通りだった。それでも歴然とした俺達の力の差は、予想外だった。
会わなかった五年。俺もそれなりに実力をつけたつもりだったが、ミルティアは俺を凌駕する程の人外的強さを身につけていた。
魔竜様の下僕だと言ってみたり、白いだけのはずの絹糸のような毛先が赤く染まっているのを見て、古竜をテイムした噂のS級冒険者はミルティアだと確信した。
だから余計にまさかと思った。
俺の知るミルティアは自分より力が劣る者を、それも人を平気な顔で殺す奴じゃない。
魔獣ですらも無闇に殺そうとしなかった。
なのに何故殺した!?
仲間だった三人を殺された事より、自分の信じる少女が涼しい顔で人殺しをした事こそを……受け入れられなかった。
だがミルティアが辛辣な言葉で俺の心を抉った時は、どうしてか安堵した。思考が混乱していたんだろうが、どうかしている。
『彼らの裏切りにあなたは気づいていたのよね? けれどそれは貴方が彼らを甘やかし、強くなるチャンスを奪ったせい。貴方はそれでも良いと許したの。寂しかったから? 必要とされたかったから? 違うわ』
図星を刺されて思わず彼女と初めて会った時のように胸ぐらを掴んだ。
ずっと抑えてきた感情が爆発した。
なのにどこか冷静な自分が、その通りだと肯定する。
パーティーを組んだばかりの時の三人は、間違っても仲間を騙し討ちにして売ろうとするような人間じゃなかったんだ。
『選ばれない事が怖くなったのよ』
『違う!』
『違わない。だからあの時気持ちの上だけでも、貴方の血縁者達と縁を切れと言ったの』
ああ、知っている! そうだ、その通りだ! だがそれをお前が言うのか!? 最後に俺を捨てたのはお前じゃないか! 俺を選ぶのを止めたのは、お前だ!!
自分勝手な怒りで頭の中が、そして胸の内が激しい感情の波に支配される。
『どちらが……良かったのかしらね?』
だが不意に発せられた、初めて聞く弱々しい声で我に返って名前を呼んだ。
ミルティアの自嘲するような、覇気の消えた凪いだ声に、俺の中で昂っていた感情の波が引いていく。
ミルティアの中で、何が起こったんだ?
戸惑っていれば、柔らかな手が優しく俺の頬を包んで……口づけられた。
途端に流れこんで、労るように体の痛みを消していく優しい癒しの魔力。
脳髄に痺れるような快楽。もっと深く口づけたい、俺だけのものにしたい。そう思う間もなく、俺の耳に優しく響いた別れの言葉。
そして……初めて見た……ミルティアの泣き顔。
次の瞬間には景色が歪み、懐かしい辺境の邸にへたりこんでいた。
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