8.やばい令嬢~カインside

「ふん、たかが平民風情が随分と偉そうだな」

「そもそもお前の作った料理なんか食べるはずがないだろう」


 床に散らばる料理だった物。


 どうして?

僕はただ、仲良くしたかっただけなのに。


「あらあら、貴方達、何をしているの?」


 涼やかな声の主は優雅な足取りでこちらに来る。


「あ、の・・・・お母、様」


 そのまま俺に話かける事もなく素通りされた。


「ねえ、侍従頭。

羽虫がいるようだから追い払っておいてちょうだい。

それから何か勘違いした平民が邸にいるようだけど、私はこの子達以外を産んだ覚えもないの。

私の事は公爵夫人と呼ぶよう教育なさい」

「かしこまりました」


 母さんが死んで父さんに連れてこられたこの邸に、俺の居場所はなかった。

そう、何処にも。


「自分達の家庭ぶっ壊した女の息子が貴族の中でもトップクラスの公爵家の子息になって、面白いなんて酔狂な心情になると思うの?

あなたがほのぼの愛人である母親と一緒に父親である男と家族ごっこして過ごしてる時、彼ら世間の好奇の目と厳しい貴族教育を受けてたのよ?

死ぬまで憎まれる事はあっても、愛されるわけないでしょう。

もちろんあなたからすれば理不尽なのだろうけれど、彼らからしても、お前死ねよってレベルであなたの存在は理不尽よ?

あなたがいっそ世界そのものを憎むとしてもそれはあなたの自由だし、権利だけど、それは彼らも同じなの。

まだまだ子供のあなたから法律的に縁を切るのは難しいでしょうけど、つまらない縁故を生む前にせめて気持ちの上だけでも父親共々縁を切りなさいな。

関係改善なんて希望を抱いたって他人は変えられないわ。

特に貴族の世界は平民のそれより富と権力がある分よっぽど汚くてタガが外れやすいのだから、気を抜けば自分が殺されるわよ」


 そんな事を9才の貴族の少女が当たり前に言ってくる。


 そんなのわかってんだよ!

だけど父上は俺を愛してくれてる唯一の肉親なんだ・・・・切りたくねえに決まってる!


「馬鹿ね。

あなたの父親が1番悪いのに。

そして2番目はあなたの母親よ」

「何だと?!」


 カッなって胸ぐらを掴む。


「父親はまともにあなたのフォローもせず、不義の子供を引き取るのに家族に謝罪すらしなかった。

母親はあなたに自分とあなたの身のほどを教えなかった」

「ふざけんな!」

「だから子供のあなたは身のほどを知らず、よりにもよってあなたの両親の1番の被害者達に愛を当然のように求めて関係を歪ませたのよ」

「貴様ぁ!!!!」


 そのまま殴ろうとして、気がついたら殴り返されていた。

いや、その後殴る蹴るの暴行を14才の俺は9才の貴族令嬢から受けた。


 1発が重い。


 昔異母兄達から受けた暴力の比じゃなかった。

どんな鍛え方してやがるんだ?!


「ふざけんな!

何も知らねえ、甘やかされて育った根っから貴族のクソガキが!

こっちは被害者なんだ!

加害者の事なんか知るかよ!」


 ガキの、それも女にボコられたのがショックで叫ぶ。

負け犬の遠吠えだ、チクショウ。


「ま、14才の少年なんてそういう思考になるわよね。

父様、母様、このお兄さんと森にお出かけしてくるわ。

お兄様達にはお稽古は明日2倍にするから今のうちに体休めてって言っておいて」

「「野宿するなら朝ごはんまでには帰ってくるようにね」」

「はーい」


 ・・・・会話がおかしくないか?!


 こいつ辺境の領主っていっても伯爵家の令嬢だろ?!

何で野宿決定で明日の朝飯までになんだよ?!

まだ夕方だぞ?!

しかも自分の兄貴の稽古をつけてやってるかのような発言じゃねえか?!


 首根っこを掴まれた瞬間、景色が変わる。


「それじゃ、しっかり生き残ってね。

私が甘やかされて育ったように、お兄さんも死ぬぎりぎりになったら助けてあげるから安心して」

「はぁ?!」

「大丈夫。

お兄さん治癒魔法が苦手そうだから、私の時みたいに手足が食い千切られた時は私がくっつけてあげる」


 100%善意なんだろう。

清々しいほど満面の笑みだった。


 いや、言ってる事が怖すぎる。


 私の時みたいに?

え、あいつ食い千切られて自分でくっつけたのか?!

死ぬぎりぎりになったら助けてやるのが、甘やかしてるって認識なのか?


 二の句を告げる前にさっと消えた。

何処行ったんだ?!

そもそも何処だよ、ここ?!


 ····やべえ家に引き取られて、やべえガキに目をつけられた

これ詰んだ。

絶対死ぬ。


 いや、死なないのか?

死ぬぎりぎりのぎりぎりラインはどこだ?!

絶対おれの常識を大きく逸脱してるに違いない。


「とにかく森を抜けよう」


 誰にともなくそう言って走る。

あの会話からして森の中だ、多分。

まだ明るい。

日が落ちる前に森を抜けなければ!!


 結論は、無理だった。


 後で知ったが、この森は辺境領の中でも限られた猛者しか立ち入りが許されない魔獣が跋扈する森だった。


 嗜み程度の貴族剣術や魔術では即食いされて死ぬのが当然の森だった。


 まず、走って数十歩でラビットベアに襲われた。

見てくれはちょっとデカイ兎だが、獲物見つけた途端に熊化してデカイ牙と爪で襲ってくる。

当然のように俺の腹は爪で抉られ、牙を突き立てられた。


 結局こんな所で食われて死ぬのかよ。


 絶望と共に意識は暗転した。

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