現実なんてもういらない
あたしが学校に行くのをやめてから二週間。
お兄ちゃんもまた学校に行けなくなった。せっかく合格した学校の入学許可も取り消されたらしい。
お兄ちゃんがあたしを責める事はなかったけど、あたしの顔は見ないように、万が一出くわしてしまったら絶対に目を合わせないようにしていた。
そのくせ、あたしのことを絞め殺しそうな目で睨みつけてくるのが不気味だ。あんなに優しくてカッコ良かったお兄ちゃんはどこに行ってしまったんだろう?
あたしたちは三人とも部屋からほとんど出なくなった。
食事はお母さんが運んでくれる。お風呂は他の人が寝てる間にこっそりシャワーを浴びて済ませる。
SNSは全部削除した。
現実でもネットでも、あたしをほめてくれる人はもういない。
まるでゴキブリでも出たみたいに嫌な顔をしてコソコソ悪口ばっかり、やだなことばっかり。
一度だけ佐々木の妹が会いに来たが、「お前の兄貴が根性のないせいであたしの人生メチャクチャだ。どう責任取るつもりだ!?」と怒鳴りつけたらお母さんに思い切り殴り飛ばされた。
ひどい。あたしは被害者なのに。
お母さんは佐々木の妹に何度もごめんなさいと謝り続け、吐き捨てるように「もういいです」と言われてた。ガキのくせに何様のつもりだろう。
それなのに、お母さんはみっともなくすがりついて「ごめんなさい。おねがい、ゆるして」と言い続ける。
最後「もうかえります。はんせいする気がないのは分かったのでもう二どとかかわらないで下さい。ははもあなたたちのかおは見たくないと言ってます」と冷たく言い捨てられ、絶望したようにへたり込んでいた。
お母さんはまだあきらめてないのか「とにかく一度でいいから被害者に謝りなさい。全てはそれからだ」としつこく言ってくる。
おかしいよね。
被害者は何も悪いことしてないのにこんな目に遭わされてるあたしの方。なんで謝らなきゃいけないの?
いっぱいいっぱい努力して自分を磨いてきたのに、誰も認めてくれない。みんながやだな事ばっか言う。
ざっけんな。何の努力もしてないゴミどもが、血の滲むような努力をしてきたあたしを馬鹿にするとか、あり得ないでしょ。
彼氏にも連絡が取れなくなった。あんなに毎日何度もLIMEくれたのに。
今ではスマホでやるゲームだけがあたしの心のよりどころ。
乙女ゲームの中では素敵なイケメンがあたしだけを愛してるって甘い言葉をささやいてくれる。
だからあたしはゲームにのめりこんだ。
その中でも『素顔のままの君に星を願う』ってゲームはヒロインをイジメる悪役令嬢を追い詰めていく過程がすごくスリリングで、うまく詰めれば詰めるほど悪役令嬢が悲惨な結末を迎えるから、どんどんのめりこんだ。
他の乙女ゲームはなんだかんだ言って競い合ってお互いに磨きあう「ライバル」はいても、悪者として断罪される「悪役令嬢」はいない。
でも、このゲームは徹底して「邪魔者」は競い合いお互いに高みを目指したりする「ライバル」じゃなくて、どこまでもヒロインと敵対する「悪役」なんだ。
だからこそ甘ったるいお友達ごっこがダルい他のゲームと違って何回やっても全然飽きることなんかなくて面白い。
だってイジメっ子は断罪されて悲惨な末路をたどるのが正しいはずでしょ。
攻略対象のイケメンたちは、悪役令嬢が「悪」になればなるほどあたしをチヤホヤと大事にして、「悪」をやっつける「正義」として強くカッコよくなっていく。
何度も何度もプレイして、何種類ものエンディングを味わった。それでもまだまだ足りない。
悪役令嬢にもっともっと悲惨で屈辱的な最期を。
そして正義のヒロインであるあたしにもっともっとキラキラした幸せを。
やだなことばっかの現実なんてもういらない。
夢でもいいからあたしをもっと褒めたたえてキラキラさせて。
あたしだけを輝かせて。
そうやってゲームにばかりのめり込んでいるうちにも月日は流れていき、お兄ちゃんの卒業式の日がやってきた。
「あんた学校に迷惑だから卒業式終わった後でいいから荷物だけでも取りに行って」
「なんでそんなダルいことしなきゃいけないのよ」
「春休み中ずっと置いておくわけにいかないでしょ。それとも全部処分してもらうの?」
そう言えばいきなり学校行かなくなったから机やロッカーの中の荷物がそのままだった。
お気に入りの文具セットやノート、コームとか全部置きっぱなし。限定品のマスコットとかもあったよね。けっこうこだわって集めたものばかりだから捨てちゃうのはちょっと惜しい。
仕方が無いので、お兄ちゃんが卒業式から帰ってきたら入れ違いに荷物を取りに行くことにした。
お兄ちゃんはお母さんに強引に着替えさせられて引きずられるようにして卒業式に出かけて行った。
そして帰ってきてすぐ、倒れ込むように部屋に逃げ込んだお兄ちゃんと入れ替わりにあたしが荷物を取りに家を出る。
マンションの玄関を出たあたりで幽霊みたいなジジイが立っていた。ボサボサの脂ぎった髪に落ちくぼんだ目、不健康にどす黒い顔色。来ているスーツだけがやけに高級品なのがちぐはぐでキモイ。
そいつはあたしを見るやいなや、鬼みたいな顔で迫ってきた。
怖いと思った時にはそいつはあたしに勢いよくぶつかってきて......
あたしはお腹のあたりがすごく重くて痛くなって、ぐいっと引っかき回されるような感じがして、何かが抜けたかとおもったらまた別のところが重い感じがして……
あちこちぼすっぼすって音がするたんびに重く熱くなっていって……ずきずきあちこちが痛くって……
そこからものすごく熱くなって手足が重く冷たくなって......
「ぎゃはははは、ざまあみろ!!おまえのせいで俺は終わりだ!!お前もこれで終わりだ!!」
狂ったように笑う男の声。そういえばこいつのつけてるタイピンとカフス、あたしと一緒に買ったやつだ。ただのセフレのくせに彼氏気取りで面倒くさいオッサン。
ちょっとねだると何でも買ってくれるからサービスしてやったら色々勘違いしやがったんだよね。
黙って貢いでいればイイ思いさせてやったのに、なんでこんな……
あたしの意識はここでいったん途切れている。
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