第23話
「あら、ヤイバ君、どうしたの?」
部屋を覗くと、いたっていつも通りの宮崎さんが居た。何なら身バレ対策にVtuberとしての名前を咄嗟に呼べるくらいの余裕すらあるようだ。
「ネット、見た?」
「見たわよ。かなり荒れていたわね。あまりに通知がうるさすぎたから通知を切っちゃったわ」
「え?」
いつも通りだったから全く見ていないのかと思っていたけれど、見た上で平常運転って。この人本当に初配信ですか?
「最初からこうなるのは知っていたし。Vtuber界隈はよく知らないけれど、歌ってみた界隈だったら男女が少しでも接触したら荒れるし、ありもしない男女関係を捏造されて炎上するのよ。この程度のブーイングは大したことは無いわ」
「そ、そうなんだ」
若干歌ってみた界隈への偏見が入っている気がしないでもないが、宮崎さんが言うなら多分そうなのだろう。
「ほら、分かったなら出て行って。配信前の最終チェックをしないといけないから」
「う、うん」
俺は宮崎さんに半ば追い出されるような形で部屋を出た。
「どうだった?」
「全てを知った上で平常運転だった」
「配信活動なんてしたこと無いだろうに。凄いな」
「ほんとだよ」
俺が初めて配信した時は直前まで慌てふためいていたぞ。
まあアレは樹も俺も配信の仕方をいまいち分かっていなかったからってのもあるけど。
「まあその分安心して見られるから良いんだけどな」
「だね。そろそろ始まるよ」
丁度7時になり、配信が始まった。
『初めまして。歌音サケビです。これからよろしく』
どうやら宮崎さんは声を作ったりキャラを作ったりすることは無く、完全に素でやるみたいだ。
『最初の配信だし視聴者の質問に答えてあげようかなって思ったけど、半数位が蛆虫みたいなコメントだから見たくないのよね』
前言撤回。凄い毒舌キャラだ。
「はははは、カッコいいぞサケビ!!!」
『というわけで今回は私が話したいことを話すことにするわ。だから正常な方々はコメントを見ないで、蛆虫はコメントを連投して養分になって頂戴』
「いけー!サケビー!」
樹は何故かヒーローショーを見る子供のような声援を送っていた。
『じゃあ最初はVtuberになった経緯と目的ね——』
サケビはざっくりと俺に説明したものと同じような話をした後、MIXの宣伝を始めた。
『これは昨日1時間くらいで撮影とMIXを済ませた、急ぎの場合のクオリティね』
サケビはMIX前の音源とMIX後の音源を両方再生し、リスナーに聞かせていた。
素の歌は当然上手なのだが、MIX後はその比にならないレベルの完成度だった。フルで出したら一瞬で伸びると思う。
『んで、次聞かせるのが九重ヤイバの歌ね。この間投稿していたアレよ』
そんな話聞いてないけど。いやそれ以外も聞いてなかったけども。
「え!?樹!?」
「俺が許可した。別に上手かったから大丈夫だろ」
「まあ良いけどさ……」
自分で歌ってみたのMIX前後を聴き比べたことは無かったけれど、大分違うな。
本筋自体は何回も撮り直したので大した補正はかかっていないけど、音の厚みが段違いだ。
こうして比べるとMIX前は少し物足りない。
『これはかなり時間がかかった上に、馬鹿みたいに撮り直しをさせて作ったものね。一応これが私の出来る最高のMIXだと思って頂戴』
『さっきの2つを上限と下限として、MIXの程度や納期に合わせて額を設定して依頼を受けていくつもりよ。で、値段はこのくらい』
サケビは料金表を出した。
『これはMIXの相場としてはかなり安価であることはよく知っているわ。事前にちゃんと調べてあるから、杞憂はしないで良いわ』
『その代わりとして条件が2つだけあるのよ。1つは完成度を向上させるために何回も撮り直しを要求されても文句を言わないこと。もう1つは題名にcoverではなく歌ってみたと記載すること。私の目標は最高の歌ってみたを作ることだから、その為の条件ね。特に1つ目がかなり大変だから、その分の安さって思って貰えば良いわ』
『以上が必要な業務連絡ね。ここから先は私の個人的な話になるわ。だから私に仕事を依頼したいって人は配信を抜けて1テイク目の歌を収録し始めても構わないわ』
『何となく予想はついているとは思うんだけど——』
それから約40分間、ノンストップで歌ってみたの歴史や魅力、お勧めなどについて延々と語り続けた。
『じゃあ今日はおしまいにするわ。じゃあね』
そしてサケビの初回配信は終わった。
「なんか凄かったね」
「だな。特に後半の歌ってみた語り。何も見ずに話していただろアレ。どうなってるんだオタクって人種は」
「樹も絵になったら同類でしょ」
「あそこまでじゃない」
いや、あそこまでだぞ。
「にしても無事に終わって良かったね」
「そうだな」
俺と樹は、配信中にコメント欄やツリッターで反応を見ていたのだが、批判的なコメントは殆どなかった。
というのも、サケビが歌ってみたへ向ける熱量の高さが伝わり、本当にそれだけの為にVtuberになったんだなと認識されたからだ。
なんならVtuberだけでなく歌い手の方々にもMIXの依頼をしようかなとツリッターで呟いている人もいて、その返信欄の大半が歓迎ムードだった。
「ふう。終わったわ」
配信を終えた宮崎さんが俺たちの待っているリビングに入ってきた。
「なんか凄かったな」
「そう?別に大したことはしてないと思うけど」
「視聴者に営業かける初配信は大したことだと思う」
一応自分の魅力を視聴者に伝えるという意味では初配信そのものと言えなくも無いが、そうじゃないと思う。
「そうなのね。まあ好評だったから良いでしょ」
「だな。アンチも全て吹き飛ばせたようだし、これで安心してVALPEXが出来るな!明日とかどうだ?」
早速だな。こいつそれ以外考えてないのかよ。
「残念だけど堀村君。仕事があるわよ」
「俺か?」
「ええ。私と堀村君を指定した依頼よ。歌ってみたのMIXとイラストをそれぞれに依頼したいって。そっちにも連絡が来ているはずよ」
「マジか」
一応少なくない金が動く話だから流石にこの速さで依頼するのはおかしくないか?
何かゴシップ系の悪い配信者に狙われたんじゃないか?
「それ危なくない?」
「大丈夫よ」
「この人なら爆速で依頼を出してくるわな」
スマホでメールを確認していた樹は納得したように頷いた。
「誰?」
「雛菊アスカだよ」
「ああ……」
確かにあの人ならこのスピードで依頼するわ。直接会って話した相手だから信頼はあるだろうし、俺の歌ってみたで実力を誰よりも理解しているからな。
「受けるの?」
「そりゃあ勿論。初の仕事だから。というわけで堀村君も受けなさい」
「分かったよ」
明日遊べない事が分かった樹は分かりやすくテンションが下がっていた。
「明後日は遊んであげるから。それで機嫌を直しなさい。良いわよね、斎藤君?」
「良いよ」
「よっしゃあ!気合入ってきたあ!どんな依頼でもかかってこいや!!!」
3人でVALPEXが出来るという事で復活した樹は、明日の話し合いで尋常じゃない量の絵を課され、仕事量に忙殺されることはまだ知らない。
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