幕間

幕間1 疑問


「——うっ、ぃて、痛て、て……何だよ、背中と脇腹が痛くて寝られないじゃないか? たくもう……」


 俺は自宅に戻って、自分のベッドに横たわりながら苦痛の声を上げた。つい数時間前に怪物との死闘を繰り広げたからだ。とは言っても、俺は何もしていない。ただ魔物の攻撃を受けて、壁に数回打ち付けられただけだ。防護服もプロテクターも付けていない生身の体はダメージをまともに受けてしまう。背中や、わき腹が痛くて堪らないのだ。


 帰り道に救急病院へ寄ると、【肋骨に3箇所骨折が有ります】と言われた。骨折とはいっても、バキバキに折れてはいない。ヒビが入った程度だ。肋骨なら腕や足の骨折の様にギブスで固定する事は出来ない。ギプスに似たコルセットを着用させられ、それを着て静かに安静にしている他は無い。


 入院を勧められたが、病院でゆっくり療養する訳にはいかない。なんにせよ、非常事態が俺のジャケットの胸ポケットで絶賛待機中なのだ。またいつどこかで、魔物との遭遇が起こりうるかも知れない。悠長にはしたくても出来ない。自宅のアパートに居れば、すぐ動く事も出来るからだ。


 俺は卯月に医者から貰った診断書を会社へ提出する様に言付けた。これで、暫くは会社を休められる。でも身体が痛くて実際の所、何も出来ないのが悔しい。ベッドの上で横になりながら、頭の中を整理しないとならない。




 夜が明けたのでTVのスイッチを入れる。TVでは通常のニュースしかやっていない。ワイドショーでは、どこかの政治家の賄賂だとか、交通事故での煽り運転の犯人を捜しているとか、有名芸能人の不倫疑惑だとか、どうでもいい話ばかりだ。


 チャンネルを変えれば、「女子高生連続変死事件」もさらりと流れていた。


 地震の話もやっている。1ヶ月前から四国の南東沖に、大地震が起きたそうだ。位置的には近い将来起こるであろう「南海トラフ大地震」の場所に近いらしい。


 しかし、被害は予想を大きく裏切り、津波による各地の被害の影響は起こらなかった。政府や関係者は安堵していた。そして、海域での地震は治まりつつあるそうだ。



 ニュースを横目で見ながら俺は昨夜の出来事を思い返す——。


 つい数時間前まで最近巷を騒がしている、一連の女子高生連続変死事件についての真相の犯人である魔物と戦った痕跡が、綺麗サッパリ無くなっている。何故だ? どうしてなんだ? 訳が分からない。頭がおかしくなりそうだ。


 あれは、幻想だったのか? 少なくとも昨夜の件では10人以上の人があの騒ぎに立ち会っている。


 顔が馬の魔物は居た。壊れた多くのビルは確かに見た。あれが幻想とは信じがたい。しかしだ、少なくとも、ビルの5~6棟は確実に崩れ、もしくは変な形に切り崩されていたはずなのに、一人の死者も出て居ない。瓦礫の山と化したビルの跡。大きな刃物で削られた様に、いやエグリ取られた様な建物の破壊跡。道路だって、馬の怪物が落とした腕と鉈でかなり大きな穴が空いていたはずだ。

 一夜明けると、壊れたビルが何も無かったかのように復元している。どうしてなんだ。訳が分からない。夢じゃない。集団催眠でもない。


 昨夜の帰り道に、多くのパトカーや消防車などがサイレンを鳴らし、あのマンション付近に集まって来たはずだ。

 事態の解明も出来ず直ぐに撤収してしまったのか。あの後、彼らはどう対処したのだろうか。来てみたものの、異常が見当たらないから直ぐに帰還したのだろうか。


何度も、何度も考えてしまう。あれだけの騒ぎが起こったのに、一夜明けると何もなかった様に元に戻る。って妙に虫が良すぎるのも不自然だ? どうして誰も騒がない。誰も声を上げないのか? あの後、残って状況を見てから帰れば良かった。どうにも腑に落ちない……。これは、神の恩恵なのだろうか?……。早くルークに聞いてみないと……。一人何度も考えても堂々巡りだ。 

 

 


 しかしだ。疑問と言うか、気になる点が多すぎる。第一、ルークが何故俺の目の前に現れたのかも疑問だ。

 それに今、スマホのある時代に、ルーク以外の魔物が現れているのも訳が解らない。それに相手の魔物が言っていた4体の仲間とは一体何者なんだろうか? これ以上にややこしく成りそうな事の成り行きに、俺の頭は混乱の一歩手目に来ているのが自分でも解る。考えてみても解らない事だらけだ。?マークが、俺の頭の中で渦巻いている……。


 TVでは、ニュースキャスターが昨夜の事件の事には少しも触れていない。


 



 ―—そして一週間後。


 俺の身体の痛みもようやく薄れてきたものの、相変わらずルークはずっと死んだ様に眠り続けている。あの日以来ずっとルークを心配して、卯月は俺のアパートへ通い続けている。勿論、ルークが元気でも毎日来ていたが……。


 俺のジャケットの胸ポケットで眠るルークの様子を見ながら卯月は声をかける。


「ルーク、大丈夫かな?」

「大丈夫だろ?……」

「もう、なんでそんなに聖也さんは、そっけないの? ルーク頑張ったのに」

「そうは、いってもなぁ。俺達、コイツの事なんて、な~んも知らないんだぜ。どうすりゃいいのかも分かんねぇよ。それより、卯月ちゃんの従妹の裕子さんだっけ? 何か言ってた?」

「それがね、私、電話したんだけど……。あまり覚えていないみたいなの。でもね、彼氏の沢田刑事ジュリーじゃないよさんは、何か断片的に覚えているみたいで、ちょっと困っているみたいなの……」

「ふ~ん、そうだろうな。俺も気になって双葉家に電話したら、皆あの件は覚えていないみたいなんだ。覚えてないから依頼料も請求出来ないし……。なんか、おかしいよな? でもそれって、魔物が出たって説明しても理解出来ないんじゃん? 俺だって未だに訳が分かんないんだもんな。早くルークが目覚めて、説明してもらわないと頭がパンクしちゃいそうだよ。」

「そうよね~。私も今までにいろんなモノが見えてたけど、あれは別格よ。思い出すだけで震えが来ちゃうもん」

 

 俺と卯月はあの夜の事について話していた。理解不能な出来事。世間では騒ぎにもなっていない。最近巷を騒がしている一連の女子高生連続変死事件についての真相に辿り着いていない。あの双葉家の少女は、その後どうしているのだろうか? 問われても説明が出来ないが……。その後を聞くのも気が引ける。


 やがて、ルークは目を覚ました。俺のハンガーに掛けているジャケットのポケットからモゾモゾと動き出し、ゆっくりと顔を出した。


『―—う、う~ん……』

「おい、ルークー大丈夫か?」


 俺の問い掛けに、眠そうな顔を器用に前足で掻きながら面倒気に答えた。


『んっ? 聖也か? 何が大丈夫かだって?』

「何言っているんだ? お前はずっと眠り続けていたんだぞ? しかも一週間もだ」

『ああ、そうか? どうりで腹が減っている筈だ。聖也、何か食い物をよこせ』

「食い物よこせって言ったって、俺の魂はやらないが、ヒマワリの種とピーナッツでいいか? 」

「魂か?……。ピーナッツは好物だ。それになんだって、いいぞ』


 ルークが目覚めた声で側に居た卯月は、自分のカバンからピーナッツを取り出した。ヒマワリの種も持っている。どちらをルークに差し出そうか迷っていたが、ピーナッツを自分の掌にガサっと置き、ルークに差し出した。卯月ちゃん大雑把じゃないか。雑だねぇ~。


「あ、ルーク目が覚めたの? 良かった~。私、心配していたんだよ。はい、ピーナッツ、どうぞ! 今度、アーモンド持って来るね♡」


 卯月はルークへピーナッツを差し出した。ルークは彼女の掌に乗り、ピーナッツを食べ始める。自分の頬袋へ詰め込むだけ詰め込むと、うずくまりムサボる様に食べ始めた。頬袋がパンパンじゃないか? どれだけ、入れれば気が済むんだ。いま、まさに言いそうになったぞ。どんだけ——! って。もういいか……。


「おいおい、そんなに慌てないでユックリ食べたらどうだ? 俺達は取ったりしないから」

「そうよ、ルーク。まだ沢山あるから、ユックリ食べたら?」

『……モゴモゴ…ウゴッ、ウゴッ……五月蠅い。俺は気にして無いんだが、この借りている身体の習性なのか、勝手にそう成るんだよ。うめぇ~よ~。もっきゅん♡』

「そうか? やっぱりお前変わっているぜ」

「フフフ……ホントね」


 暫くルークは、卯月の掌に乗ってピーナッツをむさぼる様に食べていたが、俺はルークの背中に違和感を覚えた。


「あれっ? ルーク——。お前、背中の羽根の形が変だぞ?」

『モグモグ……んっ? 何が変だって?』

「前は確かコウモリみたいな形だったと思うんだけど、今は鳥のような翼になっているぜ。身体の方は何ともないのか?」

『んっ? 別に何ともないが……形なんてどうでもいい。羽根か翼が付いていれば何も問題なしだ。オイ、そんな事はどうでもいいから、黙っていろ。落ち着いてメシも食えやしない』

「——ああ、すまん」


 一方、俺はルークに聞きたい事が山ほど有る。食べるのを急かしたいが、ルークの機嫌が悪くなるかも知れないので、ジッと我慢してヤツの食べ終わるのを待った。

 

 もっと早く食えよ。しかしこいつ、けっこう食うなぁ。100均のピーナッツ一袋食っちまった。この体のどこに入るんだ? 今、又叫びそうになったぞ! どんだけ———! って! やっぱり、言ってやる! どんだけ~!



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