二品目 心うらはら 夏が旬の冬のもの

2-1

「えっ? お米を洗う時に、美味しいお水を使うんですか?」


 四ノ宮さんが意外そうに目を丸くする。

 僕は頷いて、浄水ポットの水をボウルに入れた。


「そう。米は、研ぎはじめの時と浸水させている時に、一番水を吸収するんだよ。だから、必ず美味しい水を使う。家の蛇口に浄水器がついてればそれでいいし、なくてもこういう浄水ポットが二千円弱で売ってるから、それで濾した水を使うといい」


「ミネラルウォーターでも?」


「軟水ならOK。でも、それだと金がかかるだろ? 軽く二、三回大きく混ぜたら、すぐ水を捨てる。数秒以内が理想。水を切ったら、米を研ぐ。今のお米はぬかが少ないから、力は入れずに」


 ボールを握ったような手の形で、シャカシャカとボウルの中を掻き混ぜる。


「本当に軽く、なんですね?」


「そう。米同士が擦れ合って、その摩擦で表面のぬかを落とすわけだから、力は必要ない。むしろ、米が割れる原因になるから、力を込めるのはNG」


 ボウルに再び水を入れて、底から大きく混ぜて、水を捨てる。


「このあとは、もう研がなくていい。水を入れて、底から大きく混ぜて、その水を捨てる。それを三回か四回ほど繰り返す。水がうっすらと下の米が透けて見えるぐらいの透明度になったら、ザルに上げて、一度しっかり水を切る。炊飯器で炊く場合は、内釜に入れて、また綺麗な水を入れて、夏で最低三十分。冬は一時間半ぐらい浸水させる」


「えっ? 水がもっと透明になるまで洗わなくていいんですか?」


「うん。半濁りぐらいで。やりすぎると、米の栄養や美味しさを損なうことになるんだ」


 四ノ宮さんが神妙な顔つきで、「なるほど」と呟く。


「でもうち、実は炊飯器がなくて……。一人暮らしをはじめるまで、料理をまったくしてこなかったので、お料理のレパートリーなんてものがなかったので……その……」


「わかるよ。食材を買っても、上手く使い回せない。自炊のほうが安いって言えるのは、ある程度料理ができる人なんだよな」


「そうなんです。コールスローのためにキャベツとニンジンとコーンを買っても、余ったそれらをどう消費したらいいかわからない。せいぜい野菜炒めにするぐらいしかできない。それでも食べ切れればいいですけど、上手く使い回せず駄目にしちゃうことも。だったら、スーパーやコンビニでコールスローサラダを買ったほうが、結局安上がりなんですよね」


「わかるわかる。今は美味い冷凍食品やレトルトも豊富にあるしね。スーパーの総菜も、美味しいし、安いし。料理できなくても、何も困らないんだよな」


 僕はボウルに米を戻して、水を入れた。


「そんな四ノ宮さんにおすすめなのが、コイツです」


 傍らに置いてあった、黒い土鍋をポンと叩く。


「土鍋、ですか?」


「そう。炊飯用土鍋。三合炊きで、大体千円ちょっとぐらいからある。二重蓋――ええと、外蓋とは別に内蓋があるタイプだったら、なんでもいいよ。何万もする物はまた別だけど、一万円以下の物だったら、千円ちょいだろうと、九千円だろうと、そう変わらない」


「でも、土鍋で炊くって難しくないんですか?」


「僕もそう思ってたけど、結構簡単。しかも早い。そして、美味い」


「へぇ」


「直火で使えるものは二合炊きからあるし、電子レンジ用の一合炊きもあるけれど、僕のおすすめはこの三合炊き。多めに炊いて、一食分ずつ冷凍するほうが何かと便利」


「ああ、なるほど」


「土鍋の場合は、浸水はボウルで。土鍋の中ではしないこと」 


 四ノ宮さんが「あ、だからお米をボウルに戻してたんですね」と浸水中の米を見る。


 ――と、その時。僕らの後ろで一陽さんが息をつき、布巾の上に菜箸を置いた。


「よし、できたぞ」


「う、わぁ!」


 四ノ宮さんが、思わずといった様子で歓声を上げる。


 茄子、万願寺とうがらし、かぼちゃ、ズッキーニ、パプリカ、オクラ、目にも鮮やかな野菜たちが、タッパーの中で金色の出汁に浸かっている。


 もう一つの平たいタッパーには、三色のシリコンカップに入った三種類のおばんざいが五つずつ並んでいる。小松菜とお揚げの炊いたん、ひじき煮、きんぴらごぼうだ。


「夏野菜のあげびたしは、明日の夜までに食べること。そっちのカップに入ったおかずは、家に帰ったらそのまま冷凍庫に入れろ。食べる時は自然解凍でもいいし、冷蔵庫解凍でも。シリコンカップを使っているから電子レンジで温めてもよい。凍ったまま弁当箱に入れることもできるぞ。こちらは、二週間以内には食べ切ること」


「すごい! 美味しそう!」


 四ノ宮さんは感激に身体を震わせると、一陽さんに深々と頭を下げた。


「ありがとうございます! 給料日をすぎても、こうして残りものを分けていただいて、本当に助かっています」


「助け合いだと言ったろう? 助かっているのはこちらもだ」


「…………」


 今のところそういうことになっているから、何も言わない。

 だけど実際は、小松菜とお揚げの炊いたんとひじき煮は、今日の昼営業の二種の小鉢で出したメニューだけど、きんぴらごぼうは明日の昼営業用にさっき作ったもの。

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