虚像の証明
虚像の証明Ⅰ
僕達は雲の上を飛んでいる。窓から下を見下ろすと真っ白い雲が広がっている。左手と正面に視線を移すと、一面青くて遠近感が狂った。夢の中のターコイズ色の空間を思い出す。右を見るとミナマが辺りを見まわしている。襲撃を警戒しているのだろう。
「なんだか楽しそうだね。」
「そうですね。乗り物を動かすのは好きです。」
このヘリはとても速く飛べるのだろうけど、雲の上には何もないから、いまいち速度感が分からなかった。
ここから西へ二百キロの距離だとミナマは話していたけれど、地理には疎いから結局どこに防衛局があるのか僕には見当がつかない。
初めてヘリに乗るので、少し興奮していたけれど退屈な景色がいつまでも続くので、外を見る事も少し飽きてきた。
「アサ博士。」ヘッドフォンからの声で僕は目を覚ました。どうやら眠ってしまっていたようだ。ヘリは雲の下に降りていた。
「起こすのも申し訳ないと思いましたが、せっかくなので。」ミナマはそう言うと左下を指差した。
「へえ。初めて実物を見た。なんて言うか上から見ると大きさがよく分からないな。」
ミナマが指差した方向にはフジサンが見えた。
「もっと、感動したとかそう言う感想はないんですか。」
「うーん、写真で見たフジサンの方が綺麗だなあ。でもやっぱり壮大ですね。起こしてくれてありがとう。上空から見る事なんて、滅多に体験できる事じゃないですから。」
ミナマは少し怒っているような気がした。けれど大抵ムスッとした顔をしている気もしなくもない。
「あと数分で到着しますよ。」
「シズオカ?ヤマナシ?」
「シズオカです。」
ヘリはフジサンを何周か回りながら降下していく。ミナマがサービスしてくれているのだろう。フジサンは遠くからだと青緑色に見えたのに、近くで見るとチャコールがかって見える。
「フジサンと森以外何も見えないけど…。」
「防衛局は地下にあります。」
「上空の次は、地下か。」
地上に近づいてきた。直径十メートル程の灰色の円が見えた。目を凝らすとオレンジ色でHと書いてあることに気づき、ヘリポートだと言うことが分かった。
ヘリはゆっくりと速度を下げ、ヘリポートの上でホバリングする。そのまま、ゆっくりと降下していく。
「到着しました。」
ミナマはヘルメットを外すと言った。
「もう降りても大丈夫?」
「いえ。このままで。」
僕もヘルメットをとり、ベルトを外した。頭が軽くなった気がした。
小さな揺れを感じる。どうやらヘリポートがエレベーターの機能も果たしているようだ。このまま地下に向かうらしい。秘密基地みたいだ。
地下に降りるにつれて視界は暗くなっていく。横を見ると小さな白い丸ライトが等間隔で縦に並んでいる。このまま水泡のように下から上に流れるライトを見続けていたら、きっと眠ってしまうだろうなと思った。
不意に周囲が明るくなったので、僕は目をつむった。朝、誰かに突然カーテンを開けられたような忌々しい眩しさだ。
ミナマがヘリのドアを開ける。どうやら到着したらしい。僕はヘリから降りると、辺りを見回した。四方は打ちっぱなしのコンクリートで天井がやたら高い。可愛げのないだだっ広い部屋だ。少し向こうに自動ドアが見えた。ドアの向こうは見えない。
「こちらへ。」
そう言ってミナマは自動ドアの方へと歩き出す。ミナマのヒールの音が部屋の中に響いている。
自動ドアに到着するとミナマがセンサに手をかざす。
「僕はどうしたらいい?」
「アサ博士の個人識別番号も登録してありますので、出出入り自由です。」
「いや、僕はヘリを操縦できないから、出入り不自由ですよ。」
「そうでした。」ミナマはクスッと笑った。
自動ドアが開く。
「これは驚いた。もっと殺風景な所だと思っていました。とても綺麗な所だ。」
ドアの向こうには大きな通りが真っ直ぐ遠くまで伸びていて、その左右に等間隔で街路樹が並んでいる。樹木は葉が剪定され、正確な直方体をしていた。並木道を挟むようにして古い建築様式の建物が密集している。どの建物も藍色の屋根だ。
「まるで都市だ。それにどこかに似ている。どこだろう。パリの…。えっと。」
「シャンゼリゼ通りをモチーフに設計されています。」
「そう。そこ。フジサンよりも感動しますね。」
「博士も感動する事があるんですね。通り全体を俯瞰的に見られる場所がありますが、行ってみますか?」
「是非。」
ミナマの後を着いて歩く。ここにはたくさんの人々がいる事が分かった。女性もいれば子どもいる。ごくわすがだけれど、老人もいた。
「局員だけじゃないんですね。もしかして、みんな局員なの?」
「まさか。局員の家族もここで暮らしているんです。」
大通りに並んだ建物を眺めていると、色々な店や施設があることに気がついた。こんな地下都市がニッポンにあるなんて、知らなかった。
しばらく歩くと広い円形の広場に到着した。広場には高い塔がそびえ立っていた。白いトーキョータワーみたいだ。
「何メートルあるの?」
「ジャスト三百メートルですね。ここの展望台からよく通りが見えます。」
塔の真下に着くと、エレベーターがあったので安心した。
展望台は床も壁もガラス張りだったから全方位見る事ができらようになっている。流石にこれだけ高所だと少し足がすくむ。ミナマは平気のようだった。
僕達が歩いた通りの他に三本あった。計四本が綺麗なアスタリスクを形取っていて、その間を多くの建物が埋めている。
「すごいな。まるでケーキみたいだ。」
「可愛らしい表現をしますね。」ミナマは微笑んだ。
「遠くに見えるのが防衛局です。」
ミナマが指差す方向に小高い丘の上に立った城が見えた。
「徹底してるね。」
僕はしばらく街並みを眺めることにした。ミナマは僕の後ろをついて歩く。
通りに車が走っている。燃料が動力では都市が汚染されてしまうだろうから。おそらく電力で走るのだろう。街並みばかりに気を取られていたので見えなかったけれど、空があることに気がついた。
「あの空はホログラム?」
「そうです。時間経過で夕焼け、夜空に変わります。地上よりも星空が綺麗ですよ。」
「それはいいね。」
リアルな空を超えている。偽物は本物を超える。地下だし雨も降らない。傘が必要ないことは素晴らしい事だ。片手が使えなくなるのは不便だから僕は傘が嫌いだ。
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