Emotions

ミステリー兎

第1話 感情欠乏症

 物語の始まりには主人公の名前や性格、住む世界などが紹介されるってのがセオリーだ。けど、僕の場合はそれらの説明を楽しく明るい雰囲気で説明をすることはできないだろう。


 まず、名前は無い。ついでに言うと感情欠乏症という稀な存在だ。多分想像している感情欠乏症とは少し違う。こっちの世界でいう感情欠乏症とは感情が具現化されないことだ。僕についての説明はこれでお終い。ロボットみたい、可哀想、気持ち悪い……。どうせみんな同じリアクションだろう。


「何? もう少し詳しく教えろって?」


 先程、僕が感情欠乏症と言ったが逆に感情が具現化されるとはどういったことなのか見てみると良いよ。

 ほら、僕の病室の窓からそこの小さな公園で遊んでる子供達がいるだろう? 砂場の女の子の頭の近く。ほら、花びらが舞っているだろう。これは感情の具現化と言ってね、花びらが舞ってるのはだいたい嬉しいとか楽しいとかそういった感情を表しているんだそうだ。そして隣の滑り台で花びらが舞ってる男の子二人の近くで泣いている男の子。頭の近くに雨が降っているだろう。悲しいとか辛いとかそういった感情なんだろう。


「面白いって? 人の感情が一瞬で分かるって素敵?」


 …………そうかもね。感情の具現化ができる人たちのことは知らない。が……できない人は彼らの言葉を使ってみると楽しくない、かな。


「な~に1人でぼそぼそ言ってるの~? ニコくん」

「その呼び方は皮肉にしか聞こえないって何度言えばわかるんだ?」

「だって隣で君が意識戻るまで寝てた時になんかニコニコ笑ってるように見えたんだもん」

「それは気のせいだ。だいたい自殺しようとしたやつが笑うわけないだろう」

「でも! でもさあ! 名前無いんでしょ? あ、顔のアザ治ったね! 良かった」

 

 顔のアザ……。そう、僕が親から虐待を受けていたんだと看護師から教えてもらった。母の顔の近くには鋭くて鉛色のトゲがいつも現れていた。病院にいるのは自殺に失敗したからだ。この自殺は感情で決めたわけじゃない。虐待も関係はない。ただ、何となく自殺すれば感情が現れると思ったからだ。


「もう話しかけてこないでくれ。君は他の人みたいに僕を蔑んだりしないようだけどもう誰も信じられない」

「にんげんふしんってこと?」

「うるさい!」


 相変わらず声を荒げて怒ってみてもこの感情は具現化されない。


(じゃあ、この感情はなんなんだよ……。具現化されない=無感情ってもう思われたくない…………)


「あぁ~~また~? 怒ってばっかだと楽しくないよ?」

「え?」

「ん?」

「いや、何でもない。寝る」


(気のせいか……こいつ、何で僕が今怒ったって分かったんだ?)


 こいつ、隣のベッドに居る色咲笑顔いろさきえがおという名前の少女は今から三日前に出会った。正確に言うと僕が目を覚まして出会って三日というわけなのだが……。


『私、色咲笑顔! よろしくね!』


 

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