第2話
果てしなく広がる夜の闇には星も、月もない。
からからに乾いた大地には申し訳ない程度の草が生え、静寂だけが支配する。
そのなかで一人の男が命の危機に瀕していた。
乾いた土を踏み荒らし、闇の中を男は走りぬける。その周りを斧や鍬を持った男たちがわっと取り囲んでいた。その数はおおよそで十人ほど。手に持つ武器と質素な身につけている衣服で農民だろうと察することが出来た。
時々貧しい村では旅人などを襲い、身包みをはぐというあくどいこともある。その類かと思われるが、男を取り囲む農民たちは数では優勢だというのにその顔色は恐怖に歪み、ぶるぶると震えていた。まるで自分たちのほうが追い詰められたかのような絶望に満ちた顔だ。
重々しい沈黙が流れた。
不意に、取り囲んでいる農民のなかでも若い男が鍬をもって男に襲いかかってきた。
「死ね、魔人」
魔人などと言われた男はさっと若い男の一撃を避け、腰に携えている剣を鞘ごと抜き取ると若者を叩き倒した。
農民たちがざわついた。
今まで恐怖に震えていた農民たちの目は血走り、はっきりとした殺意が漲った。
彼らは目配せして一斉に男に襲い掛かってきた。
一人一人で襲ったのでは勝ち目がないと察したのだろう。さすがに大勢相手に男一人ではどうすることもできず、このまま殺されるかもしれない。
不意に黒い獣が飛び出して襲い掛かる一人を地面に押し倒した。
その突然の助けには男も、また襲おうとしている者たちも驚いた。
野生の獣だろうか。それにしては逞しいその見た目は、もしかしたら、この山の主なのかもしれない。
獣は吼えて農民を一気に五人をなぎ倒してしまった。
農民たちは今までの殺意はどこへやら恐怖に悲鳴をあげて蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
その場に残されたのは男と獣だけだ。
男は目の前にいる獣を見た。
つやつやとした黒い毛並みに四本の足、金色の眸は先ほど人を襲ったとは思えないほどに穏やかだ。
男は獣と見つめあった。
なぜか殺されるという恐怖はなかった。
獣はふっと顔を逸らしてタッと駆け出した。
男は、その後姿を見送ったあと腰に剣を戻すと自分の道をゆっくりと歩き出した。
男の道も、獣の道も別々で決して交わることはないはずがないのだ。
彼らはそれぞれの道を歩いているのだから。
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