次の街に到着です

 セネカたちのお陰で無事に街に到着した。その街はトーランド国の城下町ほどではないが、大きく賑わっていた。活気よく働いている人たちの中には、首に拘束魔法具の首輪をした獣人の姿もあった。トーランド国の城下町では、トーランド国王が獣人の事をよく思っていないためか、獣人が表立って働いている姿を見る事はなかった。きっと獣人たちは、獣人である事を隠して生活しているのだろう。


 この街では獣人たちが姿を隠さず働けているのはいい事だと思うけれど、獣人たちが首輪をしているという事は、彼らは人間の奴隷だという事だ。私は手をつないでいるセネカとヒミカの手を無意識にギュッと握ってしまった。セネカとヒミカにはそろいのサファイヤのペンダントをしてもらっている。この街の人たちが私とセネカたちを見れば、奴隷の獣人の子供たちと、主人の人間だと思うのだろう。セネカとヒミカが奴隷に見られているなんて嫌な事だけれど、それがセネカたちを守る事なら仕方がないと無理矢理納得した。


 リュートはこの街を見てくれと言っていたけれど、一体何を見ればいいのだろう。私はキョロキョロしながら街の中を歩く、ふと目にとまったのが、食事を提供する食堂だ。私はこの世界に来て、この世界の料理を一度も食べた事がない。自分で食べ物を出したり、取り出した食材でお料理をする事ができるからだ。なので、この世界のお料理にも興味があった。私はお料理を作る事が好きだけど、食べる事も大好きなのだ。そこでセネカたちに食堂に入ってみない?と、提案する。セネカとヒミカは喜んで同意した。さっきお昼ご飯食べたのに、もう食べられるみたいだ。


 私たちは目についた食堂に入る。食堂内には、お昼の時間ではないからか、お客は酔っぱらったおじさんが一人きりだった。私たちは手近の空いているテーブル席に座る。すると可愛い女の子がメニューを持って来てくれた。その女の子は鉄の首輪をしていた。きっとこの子は獣人なのだろう。とても可愛い女の子だった。年齢は十二歳くらいだろうか、豊かな赤毛のウェーブのかかった長い髪、透けるような白い肌。そして何より目を引くのは、金色の瞳だ。キラキラと輝いてまるでトパーズのようだった。メニューを受け取った私は女の子にありがとう。と言うと、女の子はびっくりした顔をした。


 メニューを見てみると、お酒類、肉料理、魚料理、スープ、パンなどがあった。セネカとヒミカは肉料理とパンを頼みたいと言った。私はスープを頼む事にした。先ほどの女の子がオーダーを取りに来てくれた。しばらく待つと焼いた大きな肉の塊と、パン、スープがテーブルに並べられた。私はワクワクしながらスープを飲んだ。あれ?っと思った。まずいわけではないのだが、すごくシンプルな味付けなのだ。野菜と肉を煮て、塩をかけたような。セネカとヒミカの頼んだ肉料理も味見させてもらったけれど、焼いた肉に塩コショウしただけのもので、すごく硬かった。パンはパサパサで口の中の水分が持っていかれた。セネカとヒミカは微妙な表情だ。うつむいたヒミカがポツリと言う。


「もみじの料理の方が美味しい」


 私の料理を美味しいといってほめてくれるのは嬉しいけれど、お店の方が気を悪くしたらいけないので、小声でシィッとたしなめる。私が取り出すのは食材だけではなく調味料も出せるので、醤油やみそやだしの素を使えるので料理をするにはとても重宝する。日本の調味料は偉大だ。この世界では味付けするのに塩と少しの香辛料だけなのだろう。ヒミカは私の顔を見上げてはにかみながら言う。


「あとね、お母ちゃんのご飯はすごく美味しいの」


 私はヒミカのいじらしさにほほえんで答えた。


「そうね、お母さんに会えたらまた作ってもらおうね」


 調味料が少なくても、セネカとヒミカのお母さんのお料理は愛情という名のスパイスがたっぷり入っているのだ、美味しくないわけがない。しかしこのあまり美味しいとはいえないお料理を残すわけにはいかない。食べ物は大切にしなければいけないのだ。私はテーブルの下に手を隠して、ナイフを取り出す。そして硬いかたまり肉を薄くスライスしていく、次にパサパサしたパンを上下半分にして、スライスした肉を並べていく。その後お肉の上に、取り出したケチャップとマヨネーズをたっぷりかける。アレンジサンドの完成だ。二人は一口食べてから美味しいといって完食してくれた。私もコショウとオリーブオイルをスープに入れてなんとか完食した。女の子が私たちの食事が終わったのを確認して、お皿を下げに歩いてくる。すると酔っぱらいのおじさんが、突然テーブルから足を出した。女の子は足に引っかけられて激しく転倒した。


「大丈夫?!」


 私は慌てて倒れた女の子に駆けより助け起こすと、酔っぱらいの男を睨んだ。この酔っぱらいは明らかにわざと女の子を転ばせたのだ。酔っぱらいはにごった目で私たちをニヤニヤ見ていた。セネカたちも私の側にやってくる。店内の騒ぎを聞いてこの店の店主らしき中年の男がやってきた。


「やめてくださいよお客さん、ウチの半獣人が怪我するじゃないですか」


 私はホッとした。どうやらこの店主はこの女の子を大事にしてくれているようだ。だが酔っぱらいは店主にゆっくり視線を向けて言った。


「嘘ついてんじゃねぇよ、お前と女房はいつもこの半獣人を殴ってるじゃねぇか。俺が怪我させたって変わらねぇだろ?」


 私はすうっと頭の血が引いた。どうやらこの店主は日常的にこの女の子に暴力を振るっているようなのだ。そしてそれを見ている客も、女の子に暴力を働いているらしい。私は自分でもびっくりするくらい低い声で店主に言った。


「あなた、この女の子に暴力を振るっているの?」


 店主が面倒くさそうに答える。


「誤解を招くような言い方をしないでくれ、しつけだよ」


 私はお腹の底からグツグツと怒りが湧いてくるのが分かった。私は店主に向き直り、すうっと息を吸ってから言った。


「こんな小さな子に日常的に暴力を振るうなんてありえません。この子を引き取らせてください」

「おいアンタ、何言ってるんだ。こいつは店の労働力だ。売るわけにはいかねぇ」


 私の言葉に店主は渋い顔をする。私はフードの中に手を突っ込んで、カバンを取り出す。そのカバンの中にパンパンの金貨を想像する。途端にカバンが重くなった。私は店主の鼻先にカバンを突きつけた。


「これでどう?」


 店主はカバンを受け取ると、中を見て驚きの声を上げた。


「あんた正気か?!半獣人にこんな値段をつけるのか?今更返せといっても返さねぇぞ」


 店主は、女の子の値段はこの金貨の額では多すぎると言っているのだ。私はますます腹が立った。


「この女の子に値段をつけるとすれば、こんな金貨では足りないわ。早くこの子のしている首輪を外してちょうだい」

「ここで外すと逃げちまうぞ」

「いいから早くして!」


 店主は私の剣幕にため息をついてから店の奥に入り、持ってきたカギで女の子の首輪を外した。私は店主を無視して女の子の前にしゃがみこんで言った。


「何か取って来なければいけないものはある?」


 女の子はフルフルと首を振った。私は女の子が痛ましくて仕方なかった。私が後ろを振り向くと、セネカとヒミカが心得たように女の子の側による。二人は女の子の手を取って店の外へとうながした。私は店主と酔っぱらいをひとにらみして、私たちが食事をした、まだ片付けのされていないテーブルに銀貨を三枚置いて店を出た。



 店の外に出るとセネカとヒミカが女の子と一緒に待っていた。私は三人をうながして路地裏の小道に入った。私はかがみこんで女の子の目を見ながら言った。


「私はもみじ、こっちの二人はセネカとヒミカよ。あなたの名前は?」


 女の子はためらうそぶりを見せてから小さな声で答えた。


「・・・、ティアナ」

「綺麗な名前、あなたにぴったりね。よろしくティアナ」


 ティアナはあいまいにうなずく。私はセネカに後ろを向いてとお願いする。セネカはどうして俺だけとブツブツいいながら後ろを向いてくれた。私はまたティアナの目線までかがんで言葉をかける。今からティアナに嫌な事をお願いしなければいけない。


「ティアナ、ごめんね。服を脱いでもらっていい?」


 ティアナはピクリと身体を固くする。それからゆっくりとワンピースのボタンを外し始めた。ティアナの着ている服はとてもボロボロなものだった。ティアナの裸を目の当たりにして私は息をのんだ。ヒミカもヒッと小さく悲鳴をあげた。ティアナの身体には殴られてできたであろうアザがたくさんできていた。黄色いアザの上に青黒いアザができている。青黒いアザはつい最近できたものだろう。つまりティアナはアザが治らないうちに何度も暴力を受けていたのだ。私はティアナを怖がらせないようにゆっくりと言った。


「ティアナ、嫌だと思うけれど抱きしめさせてくれない?」


 ティアナは身体を固くして黙ったままだった。私は柔らかくティアナを抱きしめた。ティアナが受けてきた苦しみを思うと辛くて仕方がない。でも、ひどいよね。と、いきどおるのも、辛かったね。と、同情するのも違う気がする。私はティアナにとって他人でしかない。そしてティアナにひどい事をしたのは紛れもなく、私と同じ人間だという事。私は悲しくなって涙がボロボロあふれてきた。私はティアナに言った。


「約束するわ、ティアナ。これからはあなたを絶対に傷つけない」


 私の涙がティアナの頭に落ちる。ティアナの身体が光りだす。ティアナは驚いて私を見た、身体の痛みが急に消えて驚いたのだろう。ティアナが私に言う。


「もみじ、あなたこの世界の人間じゃないのね?」

「ええ、ティアナよくわかったわね」


 ティアナは自嘲気味笑った、そして目をつぶる。するとティアナの頭から猫の耳がとびだし、スカートからは長いしっぽが現れた。可愛い。私は思わず心の中で叫んでしまった。ティアナは猫の半獣人だったのだ。


「あたしは半獣人だからね。獣人より劣るからかわからないけど、あたしの瞳は特別なの。見えないものや、未来が見えるのよ」


 私はティアナの不思議な金色の瞳を見つめた。ヒミカがソワソワし出した。私はそんなヒミカに気づいて、代わりにに質問した。


「ねぇ、ヒミカたちのお母さんがどこにいるのわかる?」

「・・・。ごめんなさい、あたしの瞳で見える事はすぐ先の未来なの」


 申し訳なさそうにティアナが答える。ヒミカはううんと首を振って笑った。セネカがまちくたびれて、まだぁ?と声を上げる。そうそう、ティアナのお洋服を出してあげなければ。


「ティアナは何色が好き?」


 私の質問の意味がわからないのか目をパチパチする。すかさずヒミカが言う。


「ピンクがいい!」


 ヒミカの言葉に私はうなずいて、ティアナのボロボロの服に触る。するとティアナの服が素敵なピンクのドレスになる。足元はドレスに合った赤のパンプスだ。そして私は両手をギュッと握って開くと、手のひらにはトパーズの黄色い宝石がはめ込まれたペンダントになった。私はティアナにペンダントを見せる。ティアナは綺麗と呟く。私はティアナにことわってから、彼女の首にペンダントをつけた。そしてセネカにもういいよと声をかける。セネカが振り向くと、ポカンとした表情をした。ティアナの可愛らしさに驚いたようだ。セネカに、ティアナのドレスはどう?と聞くと、いいんじゃねぇの。と、ぶっきらぼうな答えが返ってきた。可愛いなぁ、セネカってば照れているのね。


 私は三人と一緒に小道から出て、噴水のある広場まで歩いて行った。備え付けのベンチにみんなで座っていると、チリリンとベルの音がした。音の先に目をやると、そこにはジェラート売りのリヤカーが来ていた。セネカとヒミカは興味津々だ。身なりの綺麗な子供たちがジェラート売りに群がる。この世界ではジェラートは高価なスイーツなのだろう。やはり身なりのいい大人がやってきてジェラートを買ってやっている。


 私は三人に食べたいか聞く。セネカとヒミカは元気よく食べたいと言う。ティアナは困ったように下を向いてしまった。私に遠慮しているのかもしれない。私は三人をうながしてジェラート売りの側に行く。種類はバニラにストロベリー、ピーチだ。セネカはバニラがいいと言い、ヒミカはストロベリーが食べたいと言った。私はティアナに何がいい?と聞くが答えてくれない。じゃあ、私がバニラとピーチを頼むから、分けっこしようと提案した。ティアナが小さくうなずく。ジェラートは、紙を巻いたコーンに盛り付けられていた。小さなスプーンも付けてくれたので、みんなで分けて食べる事ができた。冷たくて甘くてとっても美味しかった。ティアナはピーチのジェラートが気に入ったみたいなので、私はバニラが美味しいからピーチを食べてくれる?と言うとうなずいてくれた。セネカとヒミカがキャッキャッと笑っているのを見ていたティアナはほほえんでいたので私は少し安心した。でも、この世界にはティアナのような辛い目にあっている獣人や半獣人がいる事を思うと悲しい気持ちになった。




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