ちよっぴりホームシックです

 私がお風呂から上がっても、セネカたちは起きる気配がなかった。髪を乾かすためにドライヤーを使ったが、セネカたちはそれでも起きない。相当疲れていたのだろう。私を守るためにセネカとヒミカは一生懸命になってくれた。私はセネカとヒミカの寝顔を見つめた。あどけない可愛い寝顔だ。早くお母さんに会わせてあげたいとあらためて思った。


 私はお昼寝を長くしてしまったため、あまり眠くなかった。これが年齢というものかとなげきつつ、パジャマの上にカーディガンを羽織って外にでる。外に出るとさすがにパジャマとカーディガンでは寒かった。私はひざ丈のダウンジャケットを取り出して着込んだ。お風呂の後だから湯冷めをしてしまう恐れがあるが、私はどうしても一人の時間を作りたかった。


 草はらに保温効果の高いレジャーシートを敷いて、仰向けに寝転がる。見上げた夜空は、星の洪水だった。人口の光が皆無のこの場所では一番明るいのが月と星なのだ。私は無意識のうちに、カシオペヤ座や天の川を探してしまい、見つからない事に気づいて、ここが私の住んでいた世界ではない事を痛感する。私はこの世界に来て怒ってばっかりだ。一人になって初めて、自分を客観的に見る事ができる。私はどちらかというと物静かで引っ込み思案な性格だ。だけどこの世界に来て、セネカとヒミカが人権を無視され首輪をされ、まるで動物のような扱いを受けているのを見て激しくいきどおった。


 だけど本当は、私の住んでいた世界にもこのような事は常に起こっていたのだ。私の住んでいた日本ではこのような事は法的に許されないけれど、テレビの向こう側の外国では、人の命も簡単に奪われてしまう事もあるのだ。他の国の事だと思って見て見ぬ振りを決め込んでいた。それがこの世界に来て、セネカとヒミカの現状を見て、今まで自分が見ないようにしてきた事を無理矢理見せられて、自己嫌悪におちいってしまったのだ。偽善者、私は自分で自分をののしる。今まで散々無視をしてきたくせに、いざ目の前でセネカとヒミカがひどい扱いを受けていると、さも正論めいた事を叫んでいる。私はこの世界の人間などではないくせに、本当は元の世界に帰りたくて仕方ないくせに、私はなんてごうまんな人間なのだろう。


 私はパジャマのポケットに手を入れる。先ほど非常電源用バッテリーであるものを充電した。この世界に来て電池切れで電源が入らなかったスマートフォンだ。里心がつくから見ないようにしようと思っていたのに、耐えきれずに電源を入れた。保存している写真を見る。保育園の子供たち、友だちとのスナップ写真。そして、お正月に帰省した時の家族の写真。実家には、口うるさい母親に会うのが嫌で年に一回お正月にしか帰っていない。お母さんは会うたびに、自炊はちゃんとしているの?誰かいい人はいないの?と質問責めで、正直へきえきする。無口なお父さんとは、どうも会話が途切れがちでギクシャクしてしまう。そして要領のいい妹のかえで。私とお母さんが口ゲンカしていると、いつもヘラヘラしながら私たちを笑うのだ。そんな妹のかえでが面白半分で写した私たち四人家族の写真。みんなてんでバラバラな方向に視線を向けている。こっけいな写真なのに、私は涙がにじんでいた。あんなに面倒くさいと思っていた家族なのに、今は会いたくて仕方がない。私が突然いなくなって職場はどうなっただろう。警察に相談されたら、家族にも連絡がいくだろう。私は家族写真を見つめながら、静かに涙を流していた。その時、突然声がした。


「こんばんわ、もみじさま」


 私はハッと身体をこわばらせると、声のした方に目を向ける。そこにはにこやかに微笑むリュートが立っていた。私は泣いている事を知られたくなくてジャケットの袖口で涙を拭ってから、リュートに向きなおった。


「リュート、どうして私がここにいるのがわかったの?」

「はい、もみじさまにお渡しした魔法具の手鏡で、もみじさまの居場所がわかるのです」


 今さらりと怖い事言われた。でも心配してくれているからだと思っておこう。私はレジャーシートの隣にずれてリュートの席を作った。リュートは会釈してから私の隣に座ったが、何を話すでもなくただ夜空を見上げていた。ここに来たという事は、何か私に言いたい事があるはずだ。いたたまれなくなり私も、夜空に目を向ける。そしてチラリとリュートの横顔を盗み見る。スッと通った鼻筋、切れ長の瞳。リュートはため息が出るような美青年だった。リュートは私の視線に気づいたのか、私に向かってクスリとほほえんだ。私は心の中でギャッと声を上げた、その笑顔の破壊力たるや心臓に不整脈が起こるレベルだ。リュートはほほえみながら、やっと口を開いた。


「もみじさまが牢屋に捕らわれていた時、ユーリさまをともなったのは、もみじさまにユーリさまが王に相応しいと、お言葉をいただきたかったからです。ですがもみじさまはユーリさまの首輪を外しくださいましたが、何もおっしゃいませんでした」


 そういえばリュートに最初に会った時言っていたわね、王さまの病気を治す事、そして新しい王さまを決める事。そんな事言ったって私には無理だわ、全くの門外漢なんだもの。なので素直に謝る。


「ごめんなさい、ご期待に添えなくて」


 リュートはゆるく顔を振って否定する。私は会話が途切れるのを懸念して、話を続ける。


「ユーリはリュートの事を尊敬しているのね」


 私の言葉にリュートはびっくりした顔をする。意外な事を言われたようだ。リュートは少し思案してから話出す。


「私はユーリさまに怖がられていると思います」


 私はどうして?という顔をする。リュートは私の表情を察して困ったような顔をしながら話出す。


「私が最初にユーリさまにお会いしたのは、私が新兵として城の兵士団に入隊した時です。当時新兵には順番である仕事が回って来ました。それは国王陛下の第二王子ユーリさまの護衛です。ですが護衛とは名ばかりで、半獣人のユーリさまが逃げ出さないように狭い小部屋に閉じ込めておくのです。私がその仕事につく時に、同僚の兵士が言ったんです。憂さ晴らしにはもってこいだと。私はユーリさまの部屋に入って愕然としました。ユーリさまは全身あざだらけで部屋の隅で震えていたのです。私は兵士たちがユーリさまに何をしていたのかすぐにわかりました。兵士たちは常習的にユーリさまに暴行を加えていたのです」


 私はあまりの残酷な話に言葉を失った。リュートは話を続ける。


「ユーリさまは文字どころか言葉も話せませんでした。私がユーリさまに声をかけると、ユーリさまは震えながら目を大きく見開いて私を見ました。ユーリさまは私の事も怖がっていたのです。私は同僚の兵士を金で買収して、ユーリさまの護衛は私だけになりました」

「リュートはユーリの事大切なのね」


 私の言葉にリュートは再び考える仕草をした。


「私がユーリさまに感じた感情は、れんびんでも、愛情でも無かった。私はユーリさまの存在が無様で惨めで仕方なかった。まるで小さな時の私を見ているようだった。私はユーリさまに強くなって欲しかった。運命にも、境遇にも打ち勝てるように」


 リュートは半獣人だ。何の獣人の混血なのかはわからないけれど。どうやらリュートは同じ半獣人であるユーリに対して同族嫌悪を抱いているようたった。


「ユーリさまは言葉はわからなくても、私の感情は伝わっていたようで、ちっとも心を開いてはくれなかった。私はどうすればユーリさまが心を開いてくれるのか考えあぐねていました。ある時街の警備をしていると、店の男たちに袋叩きにあっている浮浪児を見つけました。それがダグでした。ダグはトーランド国が進軍して属国とした国の捕虜でした。捕虜は大人であれば労働力の奴隷として利用できますが、子供は役に立たないので、放置されます。大概が飢えて死んでしまいますが、ダグは店の食べ物を盗んでしぶとく生きていました。私は店の男たちにダグが盗んだ品物の代金を払い、ダグの首ねっこを掴んで持ち上げました。するとダグは私の腕に噛みついたんです」


 そこでリュートはおかしそうに笑った。リュートは話を続ける。


「ダグはあざだらけの顔でニヤリと笑ったんです。本当にしぶとい子供でした。私は特に考えがあったわけではありませんが、ダグをユーリさまの部屋に連れて行きました。ダグは殴られた事と栄養失調からかひどい熱を出していました。私はタライに水を入れ、布を水に浸して、絞ってダグのおでこにのせました。そしてダグの頭を起こして、水差しの水を少しずつ飲ませました。私のする事をユーリさまはじっと見ていました。私には怖がってばかりのユーリさまが、自分と年の頃が同じダグに興味を示したのです。私がユーリさまの部屋を出て中を見ると、ユーリさまが、私がしたように濡らした布をダグのおでこにのせ、ダグに水を飲ませたのです。それからダグの熱が下がると、私はダグとユーリさまに文字を教えました。これはダグが人間だからなのでしょうか。ダグは外国人で、私の言葉がわからないはずなのに、言葉を覚えるスピードがものすごく早かったのです。そこでいうと、ユーリさまはあまり勉強ができませんでした。ダグは文字と言葉を覚えると、ユーリさまに勉強を教え始めました。ユーリさまが理解できるまで忍耐強く。ユーリさまとダグは兄弟のように仲が良かったです。ですが、半獣人と人間の成長スピードには違いがありました。ダグはどんどん成長し、ユーリさまは幼いままでした。ダグはだんだんユーリさまと遊ばなくなりました」


 私はリュートの話で納得がいった。牢屋から出してもらった時、ユーリはしきりにダグを見ていた。だけどダグはユーリに見向きもしなかった。その時は第二王子のユーリと面識がないからだと思っていたけれど、あえて無視をしていたのね。私はリュートに言った。


「ダグもリュートの事をとっても尊敬してしているのね」


 するとリュートは苦しそうに顔を歪めた。


「私はダグを、ユーリさまの心を開かせるためだけのきっかけとして連れてきただけです。ダグは私にとってそれだけの存在です。感謝などされても迷惑なだけです」


 そう言ってリュートはうつむいてしまった。私から見るとユーリとダグは、リュートに命を救われて親愛の感情を強く抱いているようだった。だけどリュートは二人に、ユーリとダグが望むような感情を返す事が出来なくて、悔やんでいるように見えた。幼いユーリとダグにとって、リュートは自分たちを守ってくれる、父のような、兄のような存在だったのだろう。だけどリュートは、そんな二人に対してどう接すればいいのかわからかったようだ。それはすなわちリュート自身が小さい頃、大人から愛情を受けた事がなかったからだろう。私は薪を取り出し、ライターで火をつけると、お水の入ったポットを取り出して、火の側に置いた。リュートは私のする事を興味深そうに見つめていた。それから、そういえばとまた話し出した。


「そういえば、もみじさまからいただいた香水瓶の雫をダグの頭にかけたら、たちどころに大きなコブが治りました。ありがとうございました。ダグからもお礼を言っておいてくれとことづかってきました」


 私はプハッと笑ってしまった。何だかんだでリュートはダグを大切にしているのが分かったからだ。お湯が沸いてから、私はマグカップを二つ出し、インスタントコーヒーを出し、コーヒーを淹れて、リュートに渡した。リュートはもても喜んでくれた。この世界ではコーヒーが貴重なのだそうだ。私はリュートの事が知りたくなって、リュートの小さい頃の話をしてとお願いした。リュートは少し困ったように笑ってから、私を見て、こんな事を言った。


「もみじさまは私を見てどう思われますか?」


 リュートはとびきりの笑顔を私に向けたのだ。リュートは自分が見た目が優れているという事を自覚しているのだ。私はドギマギしながら正直に答えた。


「とってもカッコいいと思います」


 私の言葉にリュートはクスリと笑い、そしてふし目がちに話を続けた。


「私は幼い頃裕福な貴族の館で育てられました。その貴族は希少な獣人のコレクターだったのです。私は半獣人でしたが、母親が珍しい獣人だったので、父親が自ら貴族に赤子の私を売ったそうです」


 私は驚いて聞いた。


「実のお父さんがリュートを売ったの?!」

「よくある事ですよ。セネカとヒミカの母親が売られたような街の奴隷を売る店だと、酷い目にあわされて命の保証もありませんが、私は運が良かった。特に乱暴される事も、飢える事もありませんでした。私は教育を施され育ちました。ですが成長するにつれ、主人である貴族がどうやら私に飽きてしまったようでした。私は小さい頃は美少年でしたが、成長して主人の好みに合わなくてなったのでしょう。私の他の獣人たちも、主人が飽きれば、他の好事家にその獣人を売ってしまうのです。私は色々な貴族の獣人コレクターの所を回りました。そして最後に私は美青年の獣人をコレクションする裕福な未亡人のマダムに買われました。そのマダムの館にはたくさんの獣人や半獣人がいました。ただ今まで私がいた貴族の所とは少し違いました。そのマダムは獣人たちに仕事を与えていたのです。マダムは貴族相手の豪華なホテルを何軒も持っていて、その経営や接客を獣人たちにさせていたのです。私にはこの事が驚きでした、ですが私は喜びもしました。自分が何か行動して、自分の働きが対価に変わるのですから。私は多いに働き、経営にもたずさわりました。そして、マダムの片腕と言われるまでになりました。マダムは年を取り、病の床につくと、私を自身の後継としてくれました。私は莫大な資産を得ました。私はマダムの死後、ホテルの経営は信頼できる獣人たちに任せました。そして私はかねてからやりたいと願っていた事を始めました。獣人や半獣人たちの地位の向上です。私自身は酷い目にあった事はあまりありませんでしたが、ホテルの仕事をしていると、人間は獣人たちに酷い振る舞いをしている事が目につきました。私はこの国を治めている者たちの近くに行きたかった。そこで私はトーランド国の兵士団に入隊しました。私は拘束魔法具で魔力を封印されていたとはいえ、体力と回復力は人間よりも優れていました。数度の近隣諸国への戦いで武功を挙げ、私は騎士団長になりました。トーランド国王の近くに行く事もかないました。私は身近でトーランド国王陛下にお会いして痛感しました、王を変えなければこの国は変わらないという事に。トーランド国王陛下は自身が一番偉大で尊い存在であり、それ以外は卑しい者なのだというお考えの方でした。そして、それは次に身分の高い貴族、ひいては平民にいたるまで同じでした。皆自分より下の者を蔑んで自身がいかに上の存在であるか誇示するのです」


 リュートは怒っていた。獣人や半獣人を虐げる人間が憎いのだろう。そんな時、リュートの綺麗なとび色の瞳は炎のように赤く見えた。だからリュートはユーリを国王にして、この国を変えたいのだろう。私は一瞬だけ会った、この国の第一王子メグリダを思い出していた。わし鼻で、太り過ぎのために目が細くつり上がっていて、その目はゾッとするようないやらしい目つきだった。きっとメグリダも聖女といわれる私が、次の王を決定する事を知っているのだろう。メグリダという男は、私は生理的に受け付けられなかった。だけど、生理的に無理だから王さまに向かないなんて断言できない。やっぱり私には王さまを決めるなんて無理だ。私がウンウン唸っていると、リュートが話しかけてきた。


「次はもみじさまの番です。もみじさまの話を聞かせてください」

「私の事?!困ったなぁ、普通すぎて特に話す事なんてないよ」


 私は困ってしまい、少し口さみしくなってきた。私はマシュマロとステンレスの串を取り出し、串にマシュマロを刺して、リュートに渡した。リュートはこれが何をするものなのかわからないのか首をかしげていた。私は自分の串にもマシュマロを刺して焚き火に近づけた。リュートもそれに習う。少し焦げ目がついたら火傷に気をつけながら口に入れる。美味しい。温かい甘みが口いっぱいに広がる。リュートも食べてびっくりしたようだ。美味しい、とつぶやいていた。


 私は自分の小さい頃の話をポツポツとリュートに話した。引っ込み思案で、泣き虫で、いつも親の顔をうかがっていて、元気で明るい妹に嫉妬して。リュートはそんな私の話をジッと聞いていてくれた。私が保育士になりたいと思ったのは、中学生の時の職業体験で保育園に行った時の事だった。子供たちは可愛いけれど、所かまわず走り回って、まるで動物みたいだった。そんな時一人の男の子が派手に転んで、大声で泣きさけんでいたのだ。すると保育士の女の人が駆けよってきて男の子を抱き上げたのだ。すると男の子は途端に笑顔になったのだ。私はまるで魔法を見ているような気持ちで、その光景を見ていた。その時に私は保育士になりたいと思ったのだ。リュートは黙って私の話を聞いていて、ポツリと言った。


「貴女はやはり聖女だ」


 私はどう答えを返したらいいのかわからなくて、あいまいに笑った。リュートが明日の行程を聞いてきたので、リュートが教えてくれた獣人の自治区に行く予定だと言うと、自治区に近い街に寄ってほしいと言われた。私が理由を聞くと、その街は人間と獣人の小競り合いが絶えないのだそうだ。その街には常時城の兵士がいるので、私が逃げた聖女だとわからないように、黒い髪と瞳を隠してほしいとも言われた。私は承諾して、この場をお開きにしようとすると、リュートが言いにくそうちに言った。


「その、もみじさま。先ほどのましまろを少し分けていただけませんか?その、ユーリさまとダグも甘いものが好きなので」


 私は笑ってうなずいた。新しいマシュマロの袋と、ビンのインスタントコーヒーをエコバッグに入れてリュートに持たせた。リュートは喜んで礼を言い、夜空に飛び立っていった。ユーリはともかくダグはもう大人だからお菓子を喜ぶ年ではないだろうけれど、リュートの不器用な愛情は、きっとユーリとダグに伝わっているのだと思った。私は焚き火の火を消して、部屋に戻った。




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