文旦からの挑戦状

我が家にはいま、大量の土佐文旦(とさぶんたん)がある。ある日の朝、デカい段ボール箱を抱えた配達員がやってきた。


「重いので気をつけてください」


そんなこと分かってるよ、と内心減らず口を叩きながら受け取ったその箱は、予想以上に重かった。底辺に手を入れずに側面を適当につかんだため、危うく落としそうになる。すかさず膝でキャッチして難を逃れた。


注意されたのに「その通りのミスをする」というのは、非常に恥ずかしいこと。今後は注意されたら素直に従うことにする。



段ボール箱を開封すると、中にはたくさんの黄色いボールが詰め込まれていた。ソフトボールよりもデカい、なんとも存在感のある玉。そう、文旦だ。



こう言っちゃなんだが、「柑橘類が大好き!」というわけではないのに、我が家はなぜかミカン系であふれている。


ちなみに柑橘類のいいところは、自らの手で新鮮な果実にありつけることだ。イチゴでもリンゴでもシャインマスカットでも、皮を剥かずにそのまま食べるため、果肉は新鮮だが外果皮はそうもいかない。


しかし柑橘類に関しては、厚い外果皮を剥いてから口へ運ぶため、ある意味超フレッシュな状態で果実を味わうことができる。



ところがこの文旦というやつは、人間のフィジカルでは果肉へたどり着くことができない「くせ者」でもある。なぜなら、皮がめちゃくちゃ分厚くて硬いのだ。



包丁のない我が家で文旦を解体するべく、私は自慢の前歯を突き立てた。だが何度試みてもツルッと滑って拒否される。言うまでもないが、もしも爪を立てようものならば、親指ごと破壊されるだろう。


とりあえず突破口を築こうと、箸をぶっ刺すことにした。ヒノキでできた立派な箸を文旦に突き刺そうとした瞬間、箸が折れた。


(・・・・・・)


これは「金属以外は受け付けない」という、文旦の強い意志表示か。仕方がない、フォークを刺そう。



しかし驚くべきことに、フォークすらも上手く刺さらない。むしろ握っている手が滑ってしまうほど、フォークの先端は文旦の外果皮を突破することができなかった。なんたる生命力!


最終的にはフォークの歯の部分を皮に当て、真上からタオルをかぶせてグイグイ押し込むことで、頑丈な外壁へ穴をあけることに成功した。


だがここで喜ぶことなかれ。その穴を頼りに指をねじ込んだとしても、皮を剥くことなどできない。そのくらい、一般的な柑橘類とは比較にならないほどの、鋼の鎧をまとっているのだ。



さすがにこれ以上戦ったところで勝ち目はないと悟った私は、唯一の刃物である「サムギョプサルを切るハサミ」を取り出した。この太くて短い立派な刃を文旦の表面に当て、力を込めてグッと押し込む。そして、まるで缶切りで缶詰を開けるかのように、少しずつ少しずつ文旦の外周に切り傷を残していくのだ。



明らかに使い方を間違えているハサミで、強引に強固な皮を切り割こうとするわけで、私の手もとうとう限界を迎えた。奇しくもこのとき、初めて「包丁」というものの必要性を痛感したのである。


今までは包丁などなくても、サムギョプサルを切るハサミで十分クリアできた。むしろ包丁よりも使いやすい場合も多く、重宝していた。


それなのに、文旦に限っては包丁やカッターのほうがいい。断然、そっちのほうがいい――。



しかし往生際の悪さがチャームポイントの私は、それでも何とか包丁に頼らず文旦をいただく方法を考えた。そして、とあるアイディアが浮かんだ。


(そうだ、オーブンで焼いてみよう)


これまでも数々の青果物を熱することで、自称「料理研究家」を名乗り続けた私。とくにオレンジや伊予柑など外果皮の硬い果実を焼くと、30分後にはかなり柔らかくなる。生の状態では親指の爪が逝ってしまう硬さでも、熱した後はプスッと穴をあけられるほどに弱体化するのだ。



この経験を生かして、さっそく文旦を焼いてみることにした。見事に折れたヒノキの箸や、ジンジンと痛む手指を無駄にはしたくない。どうか少しでも柔らかくなってくれ――。



料理研究家としての飽くなき探求心は、こうして野望(あるいは無謀)へとつながるのであった。

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