やきいも屋、はじめました。

朝8時、そろそろ眠りにつこうとベッドへ潜り込んだ。すると、わずか30分後にマンションのインターフォンが鳴った。


信じられない!8時半といえば早朝も早朝。それなのにチャイムを押すのは、警察か精神異常者くらいだ――。



無視しようか一瞬迷ったが、やはり早朝に門を叩いてくるにはそれなりの理由があるはず。しぶしぶ布団を蹴り飛ばすと、モニターを覗いた。


「アマゾンでーす」


なんとAmazonの配達員の姿がそこにある。しかも気を利かせて、


「玄関に置いときましょうか?」


と、早朝の女性を気遣う提案までしてくれるではないか。いやいや、いいんだよお兄さん。私はすでに起きていたのだから!



「重いので気をつけてくださいねー」


配達員から、子猫でも入っていそうな大きさの段ボール箱を受け取るが、身に覚えがない。何か買ったのかもしれないが、こんな嵩張るものを買った記憶がない。誤配送の可能性がないとも言えないので、慎重に、丁寧にガムテープを剥がしていく。


(・・・焼き芋メーカー?)


このネーミングにより、仮に誤配送だったとしても自分の物にすることを決めた。



ちなみに送り主は大阪の友人。どうやら、毎日サツマイモをレンジで調理して食べている私を哀れに思ったらしく、どうせなら「最高のやきいもにしたほうがいい」という配慮から送られてきた様子。


持つべき友は、気が利くヒマ人に限る。



ちょうど我が家には40本ほどのニンジン、ジャガイモ、サツマイモがストックされている。そのうちの2割くらいにカビが確認できる。毎日せっせと10本単位で食べ続けたが、合計30個以上の野菜を平らげるのも楽ではない。その結果、ついにカビが発生したのだ。



普段はレンジ機能の一つ、「オーブン」ボタンを押すことで、ほっくほくのやきいもや焼きジャガイモ、しなっしなの焼きニンジンを作っている。そしてどれも味付けなどせず、素材のうまみを重視して馬のようにむしゃむしゃと食べている。


「レンジの魔術師」の異名をとる私が実験を重ねた結果、やきいもの最高のつくり方は、「オーブンで加熱する」という結論に至った。キッチンペーパーを濡らして巻いて、ラップに包んでレンチン、など最悪だ。そんな表面上の調理方法で、やきいもの品格を落とさないでもらいたい。


何もしなくていい。ただただ裸のサツマイモを耐熱皿に並べて、オーブンで60分加熱すればほっくほくのやきいもが誕生する。これ以外の方法はすぐさま止めてもらいたい。



――ここまで「やきいも」を追求した私に向かって、焼き芋メーカーなどという、限定的で自信満々なネーミングの調理器具を送り付けてくるとは、なかなかのツワモノよ。



段ボール箱からおもむろに焼き芋メーカーを引っ張り上げる。見た目は真っ黒、スチールっぽい素材の単純な容器。上下同じ形のフタで構成されており、内面には大型のサツマイモが2本入る凹みがある。手触りは鋳物のようで、ザラザラした感覚が独特の親しみを覚える。


さっそく2本のサツマイモをセットすると、ツマミを回して40分待つことにした。こんな子供だましの焼き芋メーカーで、オーブンを上回る出来栄えの「逸品」ができるとでもいうのか――。



40分後。見た目はさほど変わりないやきいもを取り出すと、さっそくかぶりつく。めちゃくちゃ熱い。熱いのだが、それ以上にめちゃくちゃねっとりしているじゃないか!!


普段のやきいもだって、ホクホクで間違いなく美味い。だがこいつは芯までねっとりとした、まるでスイーツのようなやきいもに変身している。スプーンですくうと、ツンと角が立つようななめらかさがあり、そのくせサツマイモの皮はパリッとした噛みごたえを残している。


(こ、これは一体・・・)


梱包の段ボール箱を見ると、


「備長炭配合の焼き芋プレート」


という文字が目に入る。どうやらこの黒い鋳物のようなプレートに、備長炭が練り込まれているらしい。そのため、遠赤外線効果でサツマイモの芯までじんわりと熱を伝えることができ、無駄な水分を蒸発させることなく、ねっとり甘いやきいもを作り出している模様。



プレートを外して爪でコツコツ突いてみる。重厚感というより、屋根瓦をコツコツやったような音がする。見た目も真っ黒で小突いた音はやや響きを残し、ザラザラの手触りと重すぎないこの感じは、頑丈な瓦ではないか?と思うほど。


とはいえ簡単に割れるようにも見えず、一般的なホットプレート同様、スチール製なのだろう。



サツマイモを2本平らげた私は、続いてジャガイモとニンジンをプレートの凹みへ押し込み、40分待った。するとまたもや、芯までじっくり熱の通ったホクホクのジャガイモと、甘くみずみずしいニンジンが現れた。


(これならば、商売ができる!)


一口食べたらすぐに分かる、手料理の美味さを超えるプロの味というものが。



これは商売になるぞ、勝負に出るか――。

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