TABE-MONO

URABE

板チョコの溝の真実


「あと一列だけ・・・」



アカネは震える手をテーブルへと伸ばした。


竹を割ったような性格の彼女は、曲がったことや中途半端なことが嫌い。仕事もプライベートも段取りよく進めなければ気が済まないタイプで、キリのいいところまでたどり着かなければ、何時間でも残業をするタイプ。


そんな彼女がいま、究極の決断を迫られている。そう、目の前にある板チョコが、中途半端に割れているのだ。



ダイエット中に板チョコを食べるとき、一枚丸ごと食べるのは自責の念に駆られるもの。そこで、チョコに刻まれた溝に沿って割り、一列ずつ処理するのが通常の食べ方。


板チョコのなかでもロッテと明治のブラックチョコレートを好む彼女は、冷凍庫に常に何枚かストックがある。キンキンに冷えた板チョコを、パリパリとアイスのように食べるのが最高の味わい方だと考えているからだ。



しかし板チョコというのは、溝に沿ってキレイに割れるわけではない。いや、むしろ溝に沿って真っすぐ割れることなどほとんどない。


形状が似ているものといえば「カレールー」だが、あちらは溝に沿ってポクッとキレイに割れるので、丸ごと全部つかわない場合でも美しく保存することができる。だが板チョコのほうは、カレールーに比べると薄いくせに一筋縄ではいかない。



じつはこれには理由がある。あの溝は、割りやすいために刻まれたものではなく、チョコを成形する際に必要だから設けられているのだ。


中村学園大学栄養科学部フードマネジメント学科の特設サイトによると、


「(前略)あの溝は本来、割りやすくするためのものではありません。チョコレートは溶かした状態から、型に入れて冷やすことで成形されますが、この際冷え方が均一でないと、口溶けが悪く美味しさが損なわれます。そこで、一定間隔で溝を設けることで表面積を増やし、全体を均一に冷やすことで美味しさを保っているのです。」


ということらしい。つまり、チョコのくちどけと美味さを保つために刻まれた溝であり、一列ずつ食べるためのものではなかったわけだ。



アカネは、溝などお構いなしに斜めに割れた板チョコへと視線を落とす。


――どうしようか。せめてあの三角形に尖った部分だけでも処理しなければ、チョコを保存するにも具合いが悪い。でもこの一列だけにすると決めた、アタシの覚悟はどうなるの?とはいえ、結果としていびつな形に割ってしまったのはアタシの責任。落とし前をつけなきゃ。



こうしてアカネは無駄に出っ張った三角形を掴むと、勢いよくパキッと割った。すると、なんという不運!先ほどよりもさらに大きく、えぐり取るかのように鋭く斜めに割れてしまったではないか!


美的センスにうるさいアカネは、この状況がどうしても許せなかった。かといって包丁で真っすぐ切るのもバカバカしい。


ため息交じりに軽く深呼吸をすると、溝を睨みながら再び板チョコを割った。



――三角形になっちゃった。



いびつな台形だった板チョコは、これ以上は砕けないであろう三角形へと形を変えた。生まれた姿は長方形だった板チョコ、もはや当時の面影はない。そんな黒い小さな三角形を見つめながらアカネは思った。



――そもそも、こんなわずかなことでダイエットに影響を及ぼすことなどありえない。たかが一口、二口チョコを食べたか食べなかったかで、体重が変わるはずもない。結局はメンタルの問題。たった一口でも食べたら負け。そう、食べたか食べなかったかしか、選択肢はないんだから!



アカネの考えるこの理屈は正論だ。


「ちょっとだけ」


「一口だけ」


「あと少し」


どれもだらしない言い訳にすぎず、己に厳しい人間ならばこのようなセリフを吐くことなどない。食べたか食べなかったか、これだけが指標であり正義である。



くよくよしないことが取り柄のアカネ。いびつな黒い三角形をポイッと口へ放り込むと、ミックスナッツへと手を伸ばすのであった。

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