ミスティ村の地産地消 質より量のミートパイ
玄栖佳純
第1話 質より量のミートパイ
「それで、あやつは何と言った?」
不機嫌な顔をしたウチの宿屋の食事担当のブレンダお姉ちゃんが言う。
お姉ちゃんはフリルのついた白いエプロンのメイド姿で食事も掃除もする。ブラウンの髪にショートボブで村のアイドルである。
そのブレンダお姉ちゃんが仁王立ちしていた。
「『肉が食べたい』だって」
私はブレンダお姉ちゃんに、ウチの宿屋に長期滞在している幼馴染と言っても過言ではないリアムから聞いた言葉をそのまま言った。
「なに肉?」
不機嫌な仁王立ちのままブレンダお姉ちゃんは言う。
「ただ『肉』としか言わなかった」
私がそう言うと、ブレンダお姉ちゃんはしかめ面で「うーん」とうなる。
「リアムのお父さんは菜食主義で、お家でお肉は食べないらしいわ」
いつの間にか話に入って来たミランダお姉ちゃんが、いつものニコニコ笑顔で答える。
ミランダお姉ちゃんはウチの宿屋の三姉妹の長女。長女と言っても、ミランダお姉ちゃんとブレンダお姉ちゃんは双子で、年齢の差はないに等しい。
二人は同じメイド服を着ていて違いはリボン。ミランダお姉ちゃんがふわふわピンクでブレンダお姉ちゃんがキビキビレッド。
リボンが大きな違いだけど、表情でだいたいわかる。
今もミランダお姉ちゃんはニコニコしているし、ブレンダお姉ちゃんはしかめ面をしている。
「魔族なのに菜食主義なの?」
リアムは人間と魔族のハーフで、お父さんが魔族でお母さんが人間だった。
魔族のイメージと言えば、とがった口で背中に翼があり、爬虫類みたいな顔をして肉を食い漁る姿が脳裏に浮かんだ。魔族と菜食主義がつながらなかった。
「魔族にも色々いるのよ。リアムのお父さんはエルフ系の魔族で、魔族の中でも上位にいる人なのよ」
ミランダお姉ちゃんは宿屋の受付係で、何でそんなことまで知っているの? というくらいの情報通だった。
「だから、おじいちゃんとおばあちゃんのお城で食べたお肉がとっても美味しかったらしいわ」
「じゃあ、とてつもなく上等な肉を食べている可能性が高いわね」
ミランダお姉ちゃんの言葉に、ブレンダお姉ちゃんはますますしかめ面をした。
リアムの祖父母は人間の世界で最も古い王国の国王と王妃らしい。リアムは顔は悪くはないけど、ごくふつうの意地っ張りでぼけっとした私よりちょっとだけ年上の頼りない男。もさっとしてて無口だし。
「かわいい孫のためだもの、きっと、とんでもなくおいしいお肉ね」
なぜかミランダお姉ちゃんが自慢するように言う。
「狩りに行ってもいいけど、リアムの誕生日までに戻って来られるかしら」
ブレンダお姉ちゃんは大きな斧を担いで狩りに行く気満々だった。ミスティ村は魔王の城に最寄の人間の村なので、外は強いモンスターでいっぱいなのに、ブレンダお姉ちゃんは狩りに行く。大きな斧をかついでフリルいっぱいのメイド姿で。
「村にある食材を工夫して、高価でなくても美味しい物ができるって証明してあげればいいんじゃない? ブレンダはそういうの好きでしょ?」
ブレンダお姉ちゃんは狩りもできるけど食事も作れる。魔王の城へ向かう冒険者たちの最後の晩餐になるかもしれないのだからと、お姉ちゃんはとびきり美味しい食事を作る。
「私ならできるけど、シェリルは無理でしょ?」
そう言って、ブレンダお姉ちゃんは私を見た。
「なんで私が作るの?」
冗談じゃない。私はお姉ちゃんが作るものとしてリアムから話を聞いてきたのに。
「彼氏の誕生日なんだから、シェリルが作りなさい」
「彼氏じゃないし」
即答した。
お姉ちゃんたちは、何かと私とリアムをくっつけたがる。
私はウチの宿屋の娘として育てられているけれど、15年前に宿屋の前に捨てられた人間と魔族のハーフである。
母親は人間で、私と同じような金髪に碧眼の美しい女性だったらしい。私の頭に角があったから、相手の男が魔族だったと気づき、気が動転して置いて行ったと聞かされている。
でも、その女性は私を迎えに来ることはなかった。
もしも迎えに来たとしても、私はウチの宿屋の娘で居続けるつもりでいた。
角はまだ私が赤ん坊だった頃、ミランダお姉ちゃんに素手でへし折られたそうだ。頭を触ると硬いところがあるけれど、そこから角は生えてこなかった。
だから見ただけでは人間と同じだった。
でも、強力な攻撃魔法が使えるから、ふつうのかわいい女の子ではない。
だから、お姉ちゃんたちは同じハーフのリアムとくっつけようとしている。
人間だと寿命が違うし、魔族は何か違う。私は人間の村で過ごしてきた人間である。魔法は使えるけど……。
リアムは悪いヤツではない。顔だって銀髪で赤い目で魔族っぽいけど、そこがなんかミステリアスと言えなくもない。エルフの系統と聞いて納得だし。わりと綺麗な顔をしている。
もさっとしてて無口だし。けどそっと優しいところもないわけではないし、毎日一緒にいてもつまらないけどそれでもいいかなっていうか別に何か特別なことがあったらいいななんて思っているわけではないし。
近くにいてくれるだけでほっとするっていうか、キライではない。好きか嫌いかと聞かれれば、キライではない。好きかもしれない領域と言ってもいいのかもしれないけど、キライではないって程度の好きさだと思う。
だって、好きっていう気持ちは勝手に育って行くもので、無理やり『この人を好きになりなさい』で好きになるものじゃないと思う。
「リアムなら玉の輿じゃない? 王子様なんじゃないの?」
ブレンダお姉ちゃんがミランダお姉ちゃんに聞く。
「お父さんのお家を継ぐか、お母さんのお家を継ぐかって感じね。王子ではないけれど、リアリム王国の王位継承権上位者よ」
おっとりとした口調でミランダお姉ちゃんは言った。
リアム、そんなすごいヤツだったの?
ふだんはもさっとしててお姉ちゃんたちにこき使われてるのに。
てかミランダお姉ちゃん、そんな情報を持っていたなら、もう少しリアムの待遇を改善してあげなよ。
「じゃあ、ミスティ村の地産地消の質より量のミートパイでいいわね。手近にある食材で、庶民の味を存分に堪能させてあげましょう」
ブレンダお姉ちゃんのエンジンがかかった。
そしてその勢いで私の方を向き、
「シェリル、権威と金の力の肉料理が霞むくらいのパイを作りなさい」と命令してきた。
お姉ちゃん、ムリだよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます