第34話 失敗

 その頃。王宮にあるヴィークの執務室では、キースとドニが書類仕事をこなしていた。


「しかし、ミード家の魔力共有については、誰もが警戒している禁呪に近いものがあるが……。クレアほど強大な魔力の持ち主でも、警戒しなければいけないものなのか」


 キースは腑に落ちない様子だ。


「違うよー、それは」


 ドニが、退屈そうに仕事をこなしながら言う。けだるい口調とは反対に、手は物凄いスピードで書類を処理している。


「キース、警戒しなきゃいけないのは、ディオンのほうなんだよ。あまりにも差がありすぎる場合、やばいことになっちゃうのはクレアじゃなくて相手」


 ―――――


 午後。クレアはランチを終えて、魔術の個別プログラムに向かうところだった。


「クレア・マルティーノ嬢だよね。この前、夜会で会ったのを覚えてる?」


 クレアが1人になるのを待っていたのだろう。ディオンが、話しかけてきた。


「ええ……。私、午後の講義に急いでおりますの」


 クレアは身構え、体の表面に魔力を満たして加護を破られてもすぐにかけ直せるように準備する。


(大丈夫。この前リュイと練習した通りにやれば)


「何をなさっているのかしら」


 そこへ、さっきランチルームで別れたはずのリディアが現れた。こっそり、クレアのことを見守っていてくれたらしい。


「クレア様は、パフィート国の第一王子、ヴィーク殿下の婚約者でいらっしゃるわ。殿下がいらっしゃらないお一人のところに声をかけるなんて、貴族子息としての礼儀はどちらにお忘れなのかしら?」


「これは……キャレール侯爵家のリディア嬢。別に、僕は何も。知っている方だったから、話しかけただけさ」


 リディアの登場に驚いたらしいディオンは、意外なことに両手を挙げてサッと引く。そして、クレアに笑顔を向けてからいなくなった。


「……早速いらっしゃいましたわね、クレア様」

「ええ。来てくれてありがとう。心強かったわ」


 クレアはリディアの手を握ってお礼を言う。


「個別プログラムの講義室までご一緒しますわ」


 結局、リディアは午後にクレアが使用する講義室まで付き添ってくれることになった。



「リディア様。魔力を共有されるとすぐにわかるものなのかしら?」

「体内の魔力の流れに異物が入り込んでしまうようですわ。当然、私には経験がありませんが……想像ですが、すぐにわかるような気がしますわ」


 2人は、講義室についた。扉を開けると、講師である魔術師が待っているはずだ。


「また来ますわね」

「ありがとうございます、リディア様」


 これで大丈夫、という風にリディアが微笑んで、去っていく。


 リディアの後ろ姿を見送り、扉に手をかけたクレアの耳元で囁きが聞こえた。


「出会ったばかりなのに、ごめんね。もう少し時間をかけてリサーチするつもりだったんだけど、明日になるとリュイ様が来てしまうっていうからさ」


 その瞬間、手を握られたのが分かった。


 バチッ、という強烈な静電気のような衝撃がクレアの体に走る。


 クレアの手を握っているのは、どこからともなく現れたディオンだった。目は赤く、強力な魔術を発動しようとしているのが一目で分かる。


(加護を破られた!)


 クレアがそう思うよりも早く、再度ディオンは手に力を込める。


(これはまずいわ……)


(加護が……間に合わない……)


 最悪の状況を想像した瞬間、握られたクレアの手から大きな閃光が発せられて、辺り一面は真っ白い光に包まれる。同時に、ディオンの体には大きな衝撃が走ったようだった。


(……!)


 クレアは覚悟して身構えたが、何も起こらない。


 恐る恐るぎゅっと固く閉じた目を開けると、そこには衝撃で飛ばされて壁にぶつかったと思われるディオンが倒れていた。


「え……?」


 クレアには何が起きたのか全く分からない。


「今の魔力、何があった!」


 あまりの衝撃に、クレアが今入ろうとしていた講義室から魔術師が飛び出してくる。


「先生……あの……」

「大丈夫か、クレア嬢。……あれ? これは、禁呪の使い手ではないか」


 通路に転がっているディオンは完全に気絶していて、全く目覚める気配がなかった。


 ―――――


「大丈夫か、クレア!」


 知らせを受けたヴィークとリディアが、講義室に走りこんできた。


「ええ……。私は大丈夫ですわ」


 クレアは、申し訳なさそうに答える。


 講義室の簡易ベッドには、気絶したままのディオンが横たわっていた。


「さっき、彼の手を握って魔力の流れを見たんだが……。クレア嬢は、彼の禁呪を反射してしまったようだな」


 王立学校の魔術師、チェインズの見立てを聞いて、ヴィークの瞳は驚きで固まりリディアは憚らずクスクスと笑っている。


「リュイが、ディオンのためにも加護をと言っていたのはそういう意味だったのか……」


 ヴィークが遠い目をしている。


「ミード伯爵家の魔力の共有は、とても危険な術だ。相手の魔力が自分の魔力を上回りすぎている場合、入り込んで干渉することができないばかりか、逆にこうやって跳ね返されて浸食されてしまう。彼はこの後目覚めはするが、魔力は一生クレア嬢に共有されたままだ」


 チェインズがさらに詳しく説明する。


「……そんな!」


 クレアは、ショックを受けた。


(自業自得だとしても……彼の未来を考えたら、そんなのってないわ!)


「念のため言うが、クレアが責任を感じることはこれっぽっちもないぞ」

「そうですわ。こちらのディオン様が見た目通りのお馬鹿さんだったのが悪いというだけですわ」


 ヴィークとリディアは口々にフォローする。


「このままだと、内政問題になるな。王子の婚約者に禁呪を放ったものとして、王家としても放っておけまい。まあ……向こうが罪をでっち上げてくる可能性の方が大きいが」


 シビアな言葉とは裏腹に、ヴィークはうれしそうだ。


「しかし、これでずっと続いてきたミード伯爵家の特権とリンデル国滅亡に関する調査に、ついに切り込めるぞ」

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