第32話 危機感

 その日の夜。


 クレアは、王宮にあるリュイの私室に泊めてもらうことになった。


「今日はいろいろあって疲れたね。イザベラ嬢には言づけておくから、私の私室だけどゆっくりして。王宮の客間は遠方から夜会に出席した貴族たちが泊まっていて満室なんだ」


 リュイは、案内しながら教えてくれた。


 その部屋は、奥まった王宮の一角にあった。さらに奥への扉には、衛兵が立っている。


「この先は王族の部屋。ちなみに、隣の部屋はキース、反対側の部屋はドニだよ」

「お隣なんて、なんだか楽しそうね」


 職務上、窮屈にも感じられる部屋の配置だ。しかし仲が良い4人の姿を思い浮かべると、そこは息苦しさとは別世界のような気がした。


「うん。キースの部屋にしょっちゅう集まって飲んでるよ。……どうぞ」


 リュイの部屋はイメージ通り、シンプルで無駄なものが何もなかった。クレアをソファに座るように案内すると、リュイはクローゼットを開けて動きやすい服を貸してくれる。


「リュイ、ありがとう……でも、夜会の警備には戻らなくていいの?」

「キースとドニがいれば問題ないよ。それに、クレアの無事が保障されている方がヴィークも安心して動けると思う。……クレアも知っていると思うけれど、夜会の裏ではいろいろな思惑が働いているからね」


 そう言って、リュイははちみつの瓶を手にする。


「クレアは、甘いのが好きだよね」

「ふふっ。リュイはいつもストレートよね」


 出会ってから数か月しか経っていないが、リュイはクレアのことをよく知っている。一見クールに見えていつも優しく寄り添ってくれるリュイとこの先もずっと過ごせることを、クレアはうれしく思った。


「夜会と言えば」


 クレアは、ついさっきの出来事を思い出す。


「リュイ、ミード伯爵家って知っている? 夜会の会場で、ご子息に声をかけられたの」

「うん。北の方に領地を持つ、パフィート国でも歴史ある伯爵家だね。今日の夜会には、子女が2人と当主、前当主が招待されていたはず。……何かあった?」

「いきなり、あなたの母親は小さい頃に亡くなっているだろうって言われて驚いたわ」


 その瞬間、リュイの顔色が変わった。


「……クレア! 手を握られていない!?」


「? ええ、大丈夫よ。用件だけを話して去ってしまったから、そんな時間はなかったわ」

「……そう」


 リュイはホッとした顔をして教えてくれる。


「クレア。ミード伯爵家は、古くを辿ると王家の傍流に辿り着く、パフィート国の名門なんだ。遠い昔に不祥事があって降爵されてはいるけれどね。それよりも気を付けてほしいのは、代々長男が持つ、特殊な魔術。それは、相手の魔力に自分の魔力を混ぜて、効力を発揮できないようにするというものなんだ。」


「そんなこと、できるの?」

「できる。ミード伯爵家の長男なら」


 コンコン。


 そこまで話した時、部屋の扉がノックされた。リュイはお茶が入ったカップを置き、立ち上がる。


「この先は、皆で話した方が良さそうだね」



 訪ねてきたのは、夜会での務めを終えたヴィークとキースだった。夜会を終えて、着替えてから慌てて駆けつけたのだろう。


「とにかく入って。今、クレアから気になる話を聞いていたんだ」


 リュイは2人を部屋に引き入れた。


 ―――――


「……ミード伯爵家、だと?」


 ひと通りクレアから話を聞いたヴィークは、そう言葉を発した後、押し黙ってしまった。


 キースとリュイも、状況を察したのか真剣な顔をしている。しばらく黙った後、クレアに聞いてくる。


「クレア、自分に加護はかけられるか?」

「一応……でも、リュイのように完璧な加護は無理よ。よくて、6割ぐらいかしら」


 加護は簡単な部類の魔法ではあるが、その人が持つ魔力や熟練度によって精度が全く異なる。クレアの加護はもちろん、熟練度不足だった。


「ミード伯爵家は、もとは王家の傍流だ。しかし、100年以上昔に王家への反逆を企てたとして公爵家から伯爵家へと降爵している。リンデル国滅亡の際、誰が辺境伯家の手助けをしたのか極秘で調査が行われたが、なぜかミード伯爵家だけは調査の対象外だったらしい。王家にすら忖度をさせる。……それほど、力がある家だ。」


 クレアはその話を聞いただけで、不気味さに背筋が寒くなった。


「ミード伯爵家が持つ『魔力の共有』は相当厄介だ。魔力の差が相当大きくない限り、相手の魔力に干渉されてしまう」


 ヴィークの言葉にリュイが頷いて、説明する。


「だから、私たちはミード伯爵家の長男と接するときは自分に加護をかける。もし破られた場合は、その都度かけなおさなければいけない」


「平時であれば全く問題ないんだが、ミード伯爵家は竜巻を浄化したのがクレアだと知っているはずだ。それでいて、このタイミングで声をかけてきたということは……。念のため対策を考えねばなるまい」


 ヴィークは厳しい目をして続けた。


「クレア」

「はい」

「お前はもう正式に俺の妃候補だ。結婚するまでは別棟だが王宮内に部屋を持てるし、特別な訓練も受けられる」


 クレアはさっきのやり取りを思い出してどきん、としたが、第一王子の顔になっているヴィークの表情は変わらない。


「王宮に部屋を持ち、魔術師に身を守る術を全て学んでほしい」

「クレアのためにはそれがいいな。護衛はどうする」


 キースが聞く。


「ひとまずは、王宮内であれば問題ないだろう。いざとなれば転移魔法を」

「わかったわ」


 事態を把握したクレアは、鋭く頷いた。


 2人のやり取りをじっと見ていたキースは、頭をポリポリ掻きながら言う。


「しかし、何というか……やっと思いを通じ合わせたと聞いていたが、全く甘い雰囲気にはならないんだな」

「だから言ったじゃない。余計な心配は無用だって」


 リュイが冷めた目でキースを一瞥する。クレアとヴィークは、顔を見合わせて笑ったのだった。


 ◇◇◇


「……報告は以上です」


 王宮内のミード伯爵家に割り当てられた客間では、別室で話題の4人が集まっていた。


「やはり、クレア嬢はノストン国の女傑・マルティーノ家の令嬢であったか。これは面倒なことになったな」


 ディオンとディアナにとって祖父にあたる、ミード伯爵家の前当主が険しい顔をして言う。


「しかも、洗礼を受けているということは、母親の出身も知っているはず。……さすがに当家のことまでは知らないだろうが。しかし父上、リンデル国の末裔は、当初の危惧とは全く違う意味で障壁になってしまいましたね。まさか、知らぬ間にパフィート国にやって来て、しかもよりによって王家と親密な関係になるとは」


 現当主も同意する。


「前例のない巨大な竜巻を一瞬で浄化したあの魔力。クレア嬢は王家の強力な盾となるであろう。これでは、クレア嬢がいる限り王位を取り戻すことはできない」


「祖父上、父上。私の魔術を使ってはいかがでしょうか。魔力を共有すれば……」


「馬鹿者。あれは諸刃の剣じゃ。クレア嬢の魔力の色も把握できていないのに、軽々しく使うものではない。逆に飲み込まれるぞ」


 ディオンの申し出を、前当主が厳しく制する。


「……申し訳ございません」


 小さくなるディオンの隣では、ディアナが自分でマニキュアを塗り替えていた。ふー、と指先に息を吹きかけ、退屈そうにボトルをテーブルの上に置いて言う。


「おじいさま、それなら私がクレア嬢と親しくなって状況を窺うわ。お友達を使ってトラップを仕掛けてもいいし」

「いや、お前には無理だ。送り込むならディオンだろう」


「……うむ。それがよかろう」


 前当主は重々しく頷いた。



――――――――


【突然のあとがき】

前話まではなろう版を修正のうえ転載していましたが、このお話からはほぼそのまま載せていきます……!(修正に一話30分ぐらいかかって力尽きた)

これは、私が初めて書いたお話です。

読みにくい箇所などたくさんありますが、色々なことにつっこみつつ、ぜひ寛容な気持ちでお楽しみいただけるとうれしいです。



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