第16話 王立学校

 レーヌ家当主から王立学校へ通う正式な許可を得たクレアは、早速翌週の新学期から登校することになった。


 広大な領土を持ち、各地に貴族専用の王立学校を持つ大国・パフィートでは、学校に寮はない。生徒たちは下宿することなく、通える範囲の王立学校に通うのが定番だった。


 もちろん、王都ウルツの王立学校には多くの有力貴族の子弟が集まるため、ウルツの街に屋敷を借りて通う生徒も少なくないが。


 初登校の日、クレアは朝6時に目を覚ました。シャワーを浴びて身支度を整えた後、簡単な朝食をとりながら、帰宅後の予定を確認する。


(今日からイザベラお嬢様への家庭教師が始まるわ。初日はこのプログラムがいいわね)


 支度を終えて鏡の前に立つと、王立学校のシンプルな紺色の制服を身にまとったクレアがそこにいた。ノストン国では服装は自由だったが、パフィートは制服が支給される。


(制服なんて……新鮮だわ)


 故郷を出た夜に切りっぱなしになっていた髪は、この数日の間にヘアサロンへ行って整えた。


(ヴィークの紹介で編入ということになっているのだから、迷惑をかけるわけにはいかないわ)


 クレアは鏡の前で服装を念入りにチェックした後、部屋を出た。


「おはよう、クレアちゃん」

「旦那様! おはようございます。王立学校への通学を許可していただき、本当にありがとうございます。これから行ってまいります」


 レーヌ家の屋敷に世話になり始めてから1週間、レーヌ夫妻はクレアに親しみを込めて『クレアちゃん』と呼ぶようになっていた。本当の娘のように可愛がってもらっているようで、クレアはそれがとてもうれしかった。


「行ってらっしゃい。気を付けるんだよ。いつもはゆっくりでいいけれど、今日だけは早めに帰ってきてもらえるかな? 娘のイザベラが滞在先から帰宅するからね」

「もちろんです、旦那様。それでは、行ってまいります」


(今日からいろいろ、頑張らなくては!)


 パフィート国での新生活の始まりに、クレアは背筋を伸ばして一歩踏み出した。


 王立学校は、レーヌ邸から馬車で20分ほどのところにある。校門前で馬車から下ろしてもらったクレアは、その佇まいに驚いた。


 モダンな雰囲気を持つ近代的な建物だ。華美な装飾はないが、広い敷地にはたくさんの高層建築が立ち並ぶ。


 その規模に感心しながら学校内にクレアが足を踏み入れると、構内にある庭園には人だかりができていた。


(何かしら……?)


 クレアが様子を窺うと、その中心にいたのは、ヴィークだった。数人の側近を引き連れ、さらにその周辺を令嬢たちに囲まれている。


 令嬢たちは手紙やプレゼントを手にしている。第一王子にすり寄るというよりは、ヴィークの個人的なファンの子たちだろう。


(……誰かさんみたい)


 クレアはアスベルトのことを思い出して小さく笑う。


(少し前までは私もあの中にいたなんて……夢みたい)


 登校してすぐにヴィークを見つけたことはうれしかったが、ここでのクレアの役割は向こう側ではない。

 

 王立学校ではヴィークとのかかわりを明かさず静かに過ごそうと思っていたクレアは、そっとその場を離れたのだった。





 王立学校での初めての授業は、クラス分けのテストだった。


 家族の元で領地の経営を学びながら通学する生徒が多い王立学校では、今年はウルツの王立学校、昨年は東の王立学校、一昨年は西の王立学校……と修行の地に合わせて転校するケースも多い。


 そのため、初めはテストから始まるのが普通だとヴィークにも聞いていた。


(テスト……。何とか解いたけれど、皆さんはどれぐらいできているのかしら)


 マルティーノ家の後継ぎとしては物足りなく、陰口を叩かれることが多いクレアだったが、色眼鏡なしで見ればクレアの成績は優秀である。……が、新しい王立学校でのテストに応用できたかは不明だ。


「こんにちは。初めてお見かけする方ね? 私はリディア・キャレールと申します」


 ふと話しかけられて顔を上げるとそこには一人の令嬢がいた。栗毛の巻き髪にぱっちりした目がかわいらしい。彼女に向けクレアも挨拶を返す。


「私はクレア・マルクスですわ。はじめまして」

「隣に座ってもいいかしら?」

「ええ、もちろん。ご一緒できて光栄ですわ」


 実は、クレアはさっきから彼女に気が付いていた。彼女は、派閥に分かれている講義室で一人だけ、どの令嬢や子息の取り巻きにも属していない。


 かといって孤立しているわけでもなく、独自の地位を確立している印象だった。弱肉強食の貴族学校で、このバランス感覚は大したものだ。


「休暇明けで登校したら、あまりにも美しい方がいらしてびっくりしちゃったわ。ウルツの王立学校へは、今年からかしら?」

「いえ、そんな……。はい、今年から参りました。昨年までは、北の方におりまして」


 クレアは、一応嘘はついていない。


「あら、そうなのですか。それでしたら、私がクレア様にこの学校のことをお教えしますわ。困ったことがあったら、何でも相談してくださいね」

「ありがとうございます、リディア様」


 初めての場所に不安を感じていたクレアだったが、リディアの天使のような微笑みにほっとしたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る