第56話 日常の脇道

 キララちゃんと可愛子ちゃんが店から出てったな。うーん、これじゃ連絡入れられるから見つかる前にズラかるしかないっしょ。お金はこの人が払ってくれるだろうし。

 ……無銭飲食。

 まぁ、細かいことは考えなくてもいいや。僕もそろそろ消えかけている頃合いだし、あとは任せるか。

 ポケットを探ると小銭がジャラジャラと出てくる。

 思ったより持っていた自分に驚いたわ。いつの間にこんな大金を……。各地彷徨っているから思い出せねぇや。

 と、ここで作家さんが顔を上げる。

 別に綺麗でも何でもない顔は涙でより一層醜さを際立たせてるなぁ。悪趣味な性格が顔に滲み出てる、とそんなしょうもないことを思った。

「おい、名無しはどう思うんだ」

「すっごい情緒が不安定だね作家君。もう少し落ち着いたらどうだい、ほら、ショートケーキでも頼みながらさ」

 メニューを片手に勧めてみる。思っていたより面白い集団がここにはいるじゃない、もう少ししたらこの地を離れなきゃいけないのはすごく名残惜しいな。

 どこか不貞腐れた顔をする作家君。

「はっはっは、男の表情変化なんて誰が欲しいんだよ。……わかったよ作家君、今の僕は機嫌がいいから話してあげるさ」

「それでこそ、名無しだ」

 全く、僕の何を知っての発言かな。僕の正体なんて知ったら泣いて喜びそうなのにね。

「時間があるようでないものだから手短に話すぜ。……そうだな、作家君は不幸主義者なのかな、それとも現実主義者なのかな」

「……しがない作家だ。そして、ただの理想主義者だ」

「僕は死がない人間だけどね。ふぅん、理想主義者ね。リアリティがどうとか言ってたじゃないか」

「現実を追い求めるのと、理想をみるのは同じようで違うものなのだ」

「それにしても、現代に理想を求めるとは、実に滑稽で面白いじゃないか」

 そんな彼に話すとするならば、

「……僕は別に誰が死のうと、誰が幸せになろうとどうでも良いってことだね。結局は人類が生き残ってくれれば、それでいいさ」

「それは面白い視点だな」

 真隣にいるから泣き面がよく見える。

「作家君はあれだろ。新しくて、絶望が見えて、それでもなお美しい物語が欲しいわけだ。じゃあなんてどうだい」

「英雄譚。そんなありきたりな話を書けと?」

 馬鹿にするな、なんて口から吐き出しちゃって、すごく不満げな顔をするなぁ。

「いやいや、ありきたりじゃないさ」僕は続ける。「既存の英雄譚なんて、正義が悪を滅ぼすだけだ。その中のドラマや、ストーリーに焦点が当てられるだけで、英雄そのもの見るものは限りなく少ないだろう」

 話が見えてこなさそうな表情をしてる。うるさいぐらいの音楽がちょうどいいや。面白くなってくるのが聞こえるようにわかってくる。

「そもそもさ、作家君は英雄って何と思う」

「ナポレオンや、アレクサンダーなんていう人物だろう。または、勝利へと導く者、とでも僕は形容しようか」

「もっと深い存在さ」

 そう、言うならば。

「奇跡の擬人化みたいな存在だろうね」

「……ほう」

 作家君の目が煌めいてくる。

「人知を超えて、誰からも尊敬されて、唯一無二の存在さ。それらを奇蹟と呼ばずに何と呼ぶ」

「なるほど、面白い存在のことを言うじゃないか、名無し」

「だとしたら、僕がいう英雄譚は、ただの奇跡を綴れば良いだろうに」

 簡単な話を書けば良いだろう。そう、簡単な話なんだよ、英雄譚なんて。英雄一人でも、立派な話になるさ。

「誰もが不幸なこの世界に、誰もが幸せになれるこの世界に、唯一現実に認められた虚構フィクションがただ悠々と空想のような現実を跋扈するだけさ。誰もが夢みる理想を、誰もが直視する現実に存在することが許された、英雄でかき消すことを、書けば良いんじゃないかな」

 店の音楽も段々とボルテージが上がってきてるな。クライマックスみたいだな。

 さぁ、と手を天に向けながら机の上に立つ。ここにいる客がみんな、僕を見ていることが、何よりも一体感を隠せずに面白い。

 作家君は、何かを思案している様子。何を考えているんだろうな、こんな話、面白いに決まっている。

「さぁ、止まらない英雄譚だ。終わりが近い英雄譚だ。最高の物語を、特等席で見たいなら、北海道に行けばいい‼︎」

「……それで、行けば見れるのか」

「もちろん、作家君のリアリティを満たすには十分のものが見れるよ」

 それから後の話は、聡明な読者の皆さんに見せたらネタバレになっちまうな。そう、これ以上僕が何かを書くってのは全くもって美意識が欠けている行為だし、これ以上の話をこの章で書こうってものなら無礼すぎて僕が殺されちゃうな。

 じゃあな、最後にまた会おうじゃないか。

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