第17話 決意

 それからティアは狩りに出ることもなくなり、この数日は弓矢の練習もしなくなっていた。回復途中のルーファスの元にも訪ねて行かず、毎日畑の手入れと馬や狼犬の世話に明け暮れていた。狩りに出なくなったことで、オーウェンやチェイスと顔を合わせる機会が減り、一日中見かけないことすらあった。


 黙々と家畜の世話をし、朝夕の食事の支度を手伝うティアの姿は、兄弟が望んだものであったはずだが、遠くからティアの姿を見かけるたびに、チェイスは言いようもない苦しさを味わうのだった。


 まるで美しい鷹を狭い籠に閉じ込めて、日に日に弱っていくのを見るような気分だった。

 

 ケイトを始めとする少女らは、ルーファスが怪我の療養でしばらく狩りに出ないことを歓迎している。毎日代わる代わるルーファスの元を訪れては一時間ほどのおしゃべりを楽しんでいるようだった。当のルーファスは時々ティアの様子を見に厩舎や畑に行ったが、ティアは大抵忙しく働いていたので、ただ遠くからその姿を眺めるだけにとどまった。


 ようやくルーファスがティアと話すことができたのは銃撃から二週間余りが過ぎた雨の日だった。朝から雨脚あまあしが強く、屋外での作業を早々に切り上げた者達が、それぞれ小さな仕事を片付けており、ルーファスはあの鳥を調べているネイサンの元を訪れた。


 ネイサンはあちこちで拾い集めた昔の機械や道具を修理したり、仕組みを調べるのが好きな若者だ。手に入れた機械は一度バラバラにしてみないと気が済まないたちで、彼が作業に使っている部屋にはゴミか部品かわからないあれこれが山のように積まれている。


 ルーファスが訪ねた時、ちょうどティアもネイサンの部屋にいて、先日の鳥についての話を聞いていた。鳥は見る影もなく解体されて、机の上に部品がたくさん並べられている。


「ルーファス」


 ティアがルーファスに気づいて驚いた様子を見せる。


「動き回っていいのか、傷は?」


「小さな傷だ、もう大して痛みもない。大抵のことは普通にできるさ」


「そうか、よかった」


 そう言って小さく微笑むティアは、たった二週間のうちにずいぶんとやつれて見えた。怪我人の自分よりも余程大きな傷を負っているようで、ルーファスは胸が痛んだ。


「ネイサンに鳥のことを聞きにきたんだ。ルーファスも気になったんだろう?」


「ああ、なにか分かったことはあるか?」


 ルーファスがネイサンにそう尋ねると、ネイサンは部品を指差しながら答える。


「これ、外した銃だけど」


 そう言ってネイサンが見せてくれたのは、ティアの手の中に収まるほど小さな黒い箱のような物だった。


弾倉マガジンの中に二発残ってた。たぶん二十二口径のロングライフル弾だと思う。銃身もこんなに短いし、殺傷能力は高くない。イノシシなら当たっても倒れもしないだろうね。——それにこのドローンの軽さだと反動でブレる分、二発目の狙いをつけるのに手間取ったんじゃないかな。だからルーファスは死なずに済んだ。銃の作りも弾の種類も、終末以前のものとほとんど変わらない古いものだけど、でもそれにしては状態が良いんだよね……」


 早口でそう説明したあと考え込むネイサンに、ルーファスは苦笑して言う。


「要するに、俺はイノシシよりは繊細ってことでいいか」


 ティアは思わず吹き出し、ネイサンもニヤリと笑って続ける。


「銃は威嚇いかく用のオマケ程度だし、これは監視用のドローンなんじゃないかな。ティアとルーファスの姿は見られてるかも。——あとはこの部品、これは多分GPSだと思う。バッテリーが外れてるし、こっちの場所は分からないだろうけど」


 ルーファスとティアは得体の知れない何者かにこちらの居場所を知られる可能性について初めて思い至り、臓腑ぞうふが冷たい手で掴まれるような気持ちの悪さを味わった。


 ネイサンはドローンを再び組み立てて飛ばす話に夢中になったので、二人は何度か相槌あいづちを打ってからタイミングを見計らってネイサンの部屋を後にした。


 ティアはそのままルーファスから離れようとしたが、ルーファスはティアについて厩舎までやってきた。


「お前、あれから狩りへは行ってないのか」


 馬達の寝藁ねわらいてやるティアに、ルーファスは静かに尋ねる。


「——やっぱり少し怖いから」


 ティアは手を止めずに答える。顔を上げず黙々と馬の世話をするティアにルーファスは何を言えばいいのか言葉を探す。


「あいつらの言うことは気にするな。——狩りの危険から遠ざけたくて反対したが、もうお前は一人前のハンターだ」


「ありがとう」


 ようやく手を止めて呟いたティアが妙に小さく見えて、ルーファスはその肩に手を伸ばしたが、指先が触れる前に彼を探して呼ぶ声が聞こえ、そのままルーファスは馬房を後にした。


 俯いたままルーファスが遠ざかっていくのを聞きながら、ティアは新しい寝藁を足してやり、ため息をついて座り込んだ。自分に伸ばされたルーファスの手が、温かく肩を抱いてくれることをティアは知っていたが、それでもその手が届かないようにと心の中で強く願った。


 触れられれば心が揺らぐことを、ティアは自覚していた。

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