第62話 心配

 歩いて山を越え、黒竜の住む山まで行くのはとても大変なこと。


 当然、国で張っている結界の範囲を外れることになり途中で魔物が出始めた。


「前方にスライムの集団を確認」

「よし、火属性の攻撃魔法で焼き尽くせ!」


 騎士団の人たちの掛け声で攻撃が始まり、炎が前方に放たれる。スライムは一瞬で焼け、木が生い茂っていた森の中は焼け野原になっていく。


「きゃぁ……!」


「アオイ様……! ≪聖槍ホーリーランス≫」


 逃したスライムがぽよぽよとアオイのほうに向かっているのを見て、私は聖属性の攻撃魔法を放つ。スライムは一瞬でじゅわっと消えた。


 私の肩を抱いていたトラヴィスの手の力が緩むと同時に、私はそれを振りほどいて周囲を見回す。


「シンディー! シンディー! どこ?」

「ここに」

「ケガはない?」

「もちろんです。セレスティア様こそ」

「ないわ!」


 シンディーはエイドリアンとともに私から少し離れた場所に退避していた。よかった。


 二回目のループ、シンディーはこの山の中で私たちからはぐれてしまった。あのときは全然仲良くなかったから、こうしてお互いの安全を確認することもできなくて。


 ほかの人生ではシンディーが黒竜討伐に行くことはなかったと記憶している。この辺ではまだ弱い魔物しか遭遇しないけれど、もう少し進んだら手強い魔物も出てくる。私のせいで彼女が死ぬことがないよう、気を遣わなきゃ。


 そんなことを考えていると、背後で少し意地悪な声がした。ノアだ。


「仲間のことを気遣ってるアピール?」

「……違うわ」

「そんなことよりも……この旅をしていて思ったんだけど、君ってトラヴィス殿下とずいぶん仲がいいんだね」


「……いけませんか」

「いや、悪くはないけど。意外だなって。どうして仲良くなったの?」

「……」

 

 なんだか話したくなくて、私は口を噤んだ。私が知っているノアは、問いかけにほとんど応じてくれることはなかった。


 いつもぼんやりとしていて、話しかけても剣呑な視線で避けられる。会話ができる分ましなのかもしれないけれど、それにしてもこれはないと思う。


 どうしたものかとため息をつくと、エイドリアンが私の肩を叩いてくれた。


「セレスティア様、少し休憩にするそうです。向こうでお茶を準備しましょう」

「ありがとう、エイドリアン。私が淹れるわ」


 天の助けとばかりに応じると、ノアは不満そうにする。


「あ、待ってよ。もっと話したいのに」

「ごめんなさい。また今度」

「え~?」


 ノアとは……私側の問題で仲良くなれそうにないみたい。


 というか、ノアってどうして今回の黒竜討伐に付いてくることになったのかな。不思議に思いながら、私は焼け焦げた地面に手をあてたのだった。





 山の中に宿屋はない。だから、この旅では必然的に野営をすることになる。


 この野営、別棟に閉じ込められて育ったとはいえ一応お嬢様育ちの私にはきつい……ことはなく、意外と楽しいのだ。


『セレスティア。きょうのごはんはなんだろうね』

「シチューって聞いた! リルにも私の分をわけてあげるね」

『やった!』

 基本的に、リルは私の魔力をもぐもぐと食べて生きている。だからご飯はいらないのだけれど、私たちと同じように食事をしたいらしい。かわいい。


 辺りは少しずつ暗くなり、ランプの灯りが頼りになり始めている。森の中に漂う楽しげな話し声と、草木に混じるトマトシチューのおいしそうな匂いにお腹がぐうと鳴った。


「≪防御結界プロテクションバリア≫ 」


 騎士団の人たちが設営してくれたキャンプに、魔物が寄ってこられないように防御結界を張る。一時的なものだけれど、これがあれば皆安心して眠れる。


「セレスティア様の防御結界はすごいですね」


 一人の騎士に話しかけられて、私は首を傾げた。


「戦いの聖女が張る、普通の結界ですよ……?」

「いいえ。これまで、ほかの魔物討伐に参加したこともありますが、朝までぐっすり眠れる遠征はこれが初めてです。魔物を弾くだけではなく近くにも寄せ付けないので、見張りを立てる必要がない。とにかく素晴らしいです」


 いや、それもどうかと思う。何なら私が見張りますけれども。


 私を褒め殺してくる騎士にどうしようかと思ったけれど、隣をアオイが通りかかったらそちらにすぐ目を奪われてついて行ってしまった。さすが異世界の姫、助かる。


 そしてそろそろシチューをとりに行こうかな、と思っていた私のところにやってきたのはトラヴィスだった。


「セレスティア、今日は結構魔力を使っていたみたいだけど、疲れてない?」

「トラヴィス。大丈夫よ、大きな力は使っていないし」

「この山の中に入ってから、セレスティアは『豊穣の聖女』の力を結構使っているでしょ?」

「……気がついていたの」


 魔物を倒す度に、樹々が燃えて焼け野原ができる。私は、その焼けた地面に手を置いて少しずつ聖属性の魔力を流し込んでいた。


 元に戻すことはさすがにできないけれど、大地に命をあたえて回復を早くすることなら可能だから。魔力が五倍あるし、リルが身体の中に溜めてくれているし。まぁ、今回に限っては『ともだちにあいにいく~』のノリでほとんど溜めていないみたいだけれど。


 トラヴィスに、ずっと気になっていたことを聞いてみる。


「この防御結界もだけど……黒竜は怒らないかしら。自分の山にこうしてずかずか入り込んできて、勝手に魔法を使いまくって」


「リルは何て?」

「友達だから大丈夫、の一点張りなの」

「あはは。かわいいな」


 トラヴィスが声をあげて屈託なく笑う。


 いつの間にか、私はトラヴィスに敬語を使うことがなくなっていた。彼はそれをつまらなそうにしているけれど、これでいい。むしろこうじゃないと困る。頭をぶんぶんと振る。


「友好的に解決したいのに、こんな風にして大丈夫なのかな」

「黒竜が怒ったら戦わざるを得なくなるけど……どうかな。少なくとも、フェンリルと黒竜の強さは同じぐらいのはずだ。そのフェンリルを従える規格外の聖女に異世界から来た勇者。不安要素はない気がするけど?」


 そっか。それなら、大丈夫……なのかな。

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