第28話 トラヴィス(トラヴィス視点のお話)

 セレスティアと神殿の入り口で別れたトラヴィスは、大神官・ジョセフの元を訪れていた。


「聖女・セレスティアと一緒にエイムズ伯爵家のお茶会へ行ってきたのじゃな」

「はい。いろいろと面白いことがありました」

「……あの子は不思議な子じゃのう」


 まるで老人のようなジョセフの口調に、トラヴィスは屈託なく笑う。彼がまだ40代であり、自分の兄である国王陛下とそう年齢が変わらないのを知っているからこそだった。


「何の修行もしていないのに、いとも簡単に物の記憶を辿って未来を見ていました。規格外すぎますね」

「……神力を通じて彼女の力を見たのじゃろう。ほかに手掛かりはなかったのかのう」

「確かに見ましたが、聖女としての4つ能力を備えていること・5倍の魔力があること以外は何も」


 そう答えるとジョセフがにやりと笑うのが見えて、トラヴィスは片頬を引き攣らせた。この先に続く会話が見えたのだ。


「いや。わしはそれよりも、トラヴィスが予定よりも二年早くこの国に戻る決心をしてくれたことのほうがうれしいのう。どんなに説得しても首を縦に振らなかったんじゃからの」

「いずれ戻ることになるなら、二年後でも今でも変わらないかと」

「ほー」


 あまりにわざとらしい相槌に、トラヴィスもはー、と息を吐く。


「大神官様が何を仰りたいのかはわかっています。でも少しほっといてください」

「トラヴィス。お前は賢く強く膨大な神力を持っている。自分の立場を気にして振る舞ってきたようじゃが、これからは心のままに生きることがあってもいいんじゃぞ」

「まあそれは、そのつもりでいます」

「ほー」


 またしてもわざとらしすぎる相槌に少し表情を歪めた後、照れ隠しに軽く微笑む。


「ありがとうございます。大神官様」

 



 トラヴィス・ラーシュ・ガーランドは三歳で人質として隣国に渡った。同行した侍従は泣いていたが、意外なことに隣国・トキア皇国での扱いは人道的なものだった。


 一般的な貴族子弟と同じように家庭教師をつけてもらい、15歳のときには神殿での啓示の儀まで受け、神官としての力を授かった。


 兄――ルーティニア王国の国王陛下にはトラヴィスとそう変わらない年齢の王太子がいる。面倒ごとを起こさないため、20歳を過ぎてもトキア皇国で暮らせるように皇帝陛下へ願い出てみよう、そう思っていた。……つい最近までは。


 ところで、神力を使って能力を鑑定できる神官は極めて少ない。大量の神力を消費するからである。


 先日から一時的に訪れていた祖国。啓示の儀で石版が割れたらしい、と聞いたときは驚いた。規格外の存在がいるということを察したからでもあるが、トラヴィスのときにも石版の端にひびが入ったからだ。


 どんな令嬢なのか、純粋に興味を抱いたところで自分の後見人代わりである大神官・ジョセフに呼ばれた。行ってみると石版を割ったその張本人がいて、能力鑑定をすることになった。


(能力の鑑定ならいくらでもやってきたんだ。だから警戒する必要なんてなかった)


 けれど、今回は様子が違った。『聖女』だという彼女の手を握って神力を流し込んだ瞬間、心臓が急に高鳴ったのだ。


 一体これは何だ。呼吸が苦しい。この手の先にある腕と肩を視線で伝って、彼女の顔が見たい。けれど、瞳をあわせてはまずいことになるのは本能で感じていた。


 脳裏に浮かんだのは、昔トキア皇国の大神殿で読んだ本。神力と聖属性の魔力の関係性を説いたそのページには、『特定の条件を満たす聖女の魔力に触れると、一瞬で相手を深く愛するようになる』と書かれていた。


(特定の条件を満たす――長々と書かれたそれを読み解くと、単純に魂が惹かれる相手のことだと書いてあった。神力の交わりがなくても、その相手とはいずれ恋に落ちると)


 セレスティアの能力を鑑定しながら、トラヴィスはふざけるなと思った。こんなものに惑わされたくない、と。


 だから能力鑑定の後に裏庭で彼女に声をかけはしたものの、ほかの女性にするのと同じように一線を引いて接しようとした。


 けれど、なぜか彼女は『誰かに恋をすることはありません。もし好きになることがあったら、それは死ぬときです』と言う。


 それが危なっかしくて、神力に惑わされている自分に腹を立てながらも側にいたいと思ってしまったのだ。


 その後、トラヴィスがセレスティアの側で見たもの。


 緊張しながらトラヴィスの名前を呼び、納得しないことには絶対に首を縦に振らない頑固さ。エスコートに頬を染め幸せそうに微笑んだ後、友人が増えて無邪気に喜ぶ姿。ひどい仕打ちを受け復讐を目論見ながらも、最終的には相手に同情してしまう優しさ。たとえ誰が相手でも、自分が聖女として尽くすことに疑いを持たない瞳。


 この数日間は、トラヴィスにとってまるで答え合わせのようだった。抗えずどうせ好きになるのなら、能力鑑定などせずこうしてゆっくりと落ちていけたらどんなに幸せだっただろうか。



 そして、トラヴィスにはジョセフにもセレスティアにも明かしていないことがあった。


(能力鑑定のあのとき……彼女の聖属性魔力に混ざってなじみ深い風景が見えた。トキア皇国の大神殿からでなければ見えない星空。あれは何だったんだ)

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