第25話『先見の聖女』とお茶会④

「聖女様の貴重なお力を我が家個人の事情に使うわけには行かないわ。神殿に籠って禊をし、何日も祈った末に見られるものと伺っております」


 エイムズ伯爵夫人は私の申し入れを辞退する素振りを見せる。たしかに、『先見の聖女』が未来を見るのはとても大変なことで。


 たくさんの聖属性の魔力を消費するため、泉で身を清め専用の部屋に籠って細心の注意を払った上で行われるのだ。それでいて、本人が未熟だと失敗した上に気絶したりする。けれど。


「恐らくなのですが……そこまで苦労せずに見られると思います。その精霊さんのものを何かお借りできますか? 10年前ということなので難しいかもしれませんが」

「もちろんありますわ……しかし」


 エイムズ伯爵夫人に視線を送られたトラヴィスは、少し考えてから私に向かって頷いた。


「セレスティア。危なそうだったら止めるからね」

「はい。でも大丈夫とは思います」


 そう。私にはループ5回分、聖属性の魔力が蓄えられているのだ。


 ほかの人生で授かった聖女の力を使えると気がついたのは、4回目のループの終わりぐらいだった。だから、私も『先見の聖女』の力を使うのは1回目の人生以来のこと。


 でも、何となく行ける気がする。焦点を定めれば欲しい答えがわかると。




 庭ではお茶会が続いているけれど、私とトラヴィスはサロンへ案内された。


 サロンには大きな窓があって、庭の様子が見渡せる。お天気の良い小春日和に、華やかな庭で繰り広げられるガーデンパーティー。


 クリスティーナと継母は端のほうに影を背負って座っていて、クリスティーナをエスコートするはずのマーティン様はそこから距離を置いてなぜかこちらを見ている。やめてほしい。


「一人、面倒そうな男がいるな」

「え? ……ああ、マーティン様のことですね。私の元婚約者の」

「あれがそうなんだ?」


「はい。あれが巷では『性悪な姉が異母妹虐めのために無理やりクリスティーナから奪い取り、婚約者の座に据えた』といわれているマーティン様です」

「なかなかすごいな」

「……ですが、クリスティーナへの意趣返しについては少しやりすぎてしまったかもしれません」


 肩を落とす私にトラヴィスはなぜかため息をついた。そして、少しの苛立ちを感じさせる間の後。


「……セレスティアが気に病むことじゃない」

「でも」

「誰かを虐げ傷つけるのに、自分も同じだけの代償を負う覚悟がなかったのが悪い」


「それはそうですが……。というか、トラヴィスは噂を知らないと仰っていませんでしたか?」

「手放しで信じる相手もいる。そうすれば噂など存在しないのと同じだよ」


 あーはいそういうことですか。いいですいいですもういいです。もうこれ以上聞けないです。


 出会って間もないのに、ここまで私を信頼してくれる彼には頭が上がらない。その理由には何となく気がついている。でも、これ以上調子を狂わされては堪らないので今はおいておく。


 1回目と2回目の人生で好きな人のことを信じすぎて死んだ聖女としては同意しかねるけれど。


 それでもうれしいものはうれしい。すっかり赤くなってしまった頬をパタパタと手で仰いでいると、サロンの扉が開いてエイムズ伯爵夫人が入ってきた。


「これを。我がエイムズ伯爵家の精霊が使っていた食事用の器ですわ」

「わあ。かわいいですね」


 私の手のひらにのせられたのは、ころんとした陶器製のエサ入れだった。この家の精霊さんは鳥の姿をしているというから、こんな形をしているのだろう。


 早速、私は目を閉じて器に聖属性の魔力を流す。すると、この器に残された精霊さんの記憶が少しずつ見えてきた。


 家族から「ライム」と呼ばれている記憶。砂嵐のような視界に映る、ライムグリーンの羽根。呼びかけに応えて繰り広げられる会話。


 そっか。エイムズ伯爵夫人は守り神としての精霊の話をしていらっしゃったけれど、実際は違うようで。この「ライムちゃん」の記憶を遡ると、彼は大切な友人であり家族なのだろう。


 ここまで見ても、私の聖属性の魔力はほとんど減っていない。5回目の聖女すごい、と思いながら私はそこから未来へと針を動かす。


 目を閉じた先に映る風景に、ざあざあとした雑音がさらに交ざりはじめる。見えたのは、屋敷内の埃っぽくて暗い屋根裏。不満を抱えつつ、誰かを待ちわびる感情。そして、そこが急激に明るくなる。……ん? これって。


 私はそこで、先を見るのをやめて目を開けた。


「あの。つかぬことをお伺いしますが」

「なにかしら」

「10年前、ライムちゃんって誰かと喧嘩をしたりしましたか?」

「ええまあ……。すごいわ。私、名前も伝えていないのに」


「ライムちゃんがいなくなったのは、その喧嘩が原因と存じます」

「では、そのせいで出て行ってしまったのね」

「あの……出て行っては……いないかと……」

「え?」


 少し、気まずい。


 過去、精霊にもっとも安易な名前を付けたであろうエイムズ伯爵家。それを受け継ぎ続ける女主人は首を傾げた。




「恐らくここだと思います」

 

 私がエイムズ伯爵夫人にお願いして連れてきてもらったのは、お屋敷の3階の端にある天井裏への入り口だった。


「まさかこんなところに……? だって、10年間よ。精霊の命が尽きることはないと言われているけれど、何も食べず閉じこもっているなんてどう考えてもおかしいわ」


 ですよね。私もまさかこんなことになろうとは。


 せっかく『先見の聖女』として扱ってもらっているのに導き出した答えがこれでは、威厳も神聖さもあったものではない。


 私だってもう少しそれっぽい答えを出したかった、と思っているとトラヴィスが助け舟を出してくれた。


「精霊の体内に流れている時間の尺度は私たちとは違います。私たちの10年間は彼らにとって3日間かもしれません」

「そういうものなのかしら」


 天井裏に続く梯子に近い急な階段を登ろうとしたら、トラヴィスに手を引かれた。


「俺が行く」


 私を引き留める腕の力の強さにどきりとする。違うそうじゃなかった。そんなことを考えているうちにトラヴィスは階段を登り屋根裏への扉に到達したらしい。


 がたん、と扉が開く気配がする。


「あ」


「おせーよ!」


 トラヴィスではないだみ声が聞こえて私は目を丸くし、エイムズ伯爵夫人の瞳からは大粒の涙があふれた。

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