第141話 龍のような存在なのですか
波に月明りが反射していた。
僅かに吹いている風が2本のマストにある帆を膨らまし、摩凛の元へ向かい海賊船が真っ黒な海を走っている。
海賊船の船長である伐折羅提督が獲得しているスキル『ブースト』の効果により、風の力が増幅され、海賊船はかなりの速度が出ていた。
推進力を得た船体が波を斬り裂く音が聞こえてくる。
甲板は揺れ、髪がなびき、頬にあたる潮風が少し痛い。
迷企羅が七武列島へ戻った話しを聞いた少年神官はいまだに落ち込んでいた。
で甲板に四つん這いの姿をキープし、その少年神官の背中を土竜がさすっている。
その隣では不安そうな表情をしている伐折羅が私を見つめていた。
伐折羅が思いつめた感じで、何の前触れもなく着ていたシャツのボタンを外し始めた。
裸族でもあるまいし、どうしたのかしら。
とはいうものの、ふざけている様子には見えない。
何かを私に見てもらいたいようだ。
開いたシャツから開き薄めの胸板が露出されると、心臓部に何かの模様が刻まれていた。
『隷属の鎖』を心臓に巻かれていることを示す模様だ。
つまり伐折羅は誰かの奴隷であるということである。
何かのっぴきならない事情でもあるのかしら。
ここは、伐折羅からの話しを黙って聞くべきところか。
伐折羅は大きくため息を吐くと、重い口を開きポツリポツリとその模様についての話しを喋り始めた。
「摩凛は自分がつくる国の住民にならないかと、俺を誘ってきたんですよ。」
摩凛は、私に対してもイルカちゃんの国をつくると宣言していた。
陸海空と魔物達の部隊を大規模に展開してきたので、一時退却してしまったが、あの場にいたら私もその国の住民に誘われていたのだろうか。
話しの流れから察するに、伐折羅はその国の住人になると返事をし、そして摩凛の奴隷になってしまったということなのかしら。
視線を落とし、言葉が出てこない様子の伐折羅へ問いかけてみた。
「
「そうです。俺は魔物達に囲まれてしまい、摩凛の誘いを断ることが出来なかったんだ。」
伐折羅提督は堰を切ったように話し始めると、再び押し黙ってしまった。
摩凛からの誘いに応じたというよりも、脅しに屈してしまったという感じか。
何か違和感がある。
頭の中がお花畑であるように見えた摩凛が、自分がつくる住人になる者を奴隷にするとは思えない。
そう。他人を支配しマウントをとりたがるような俺様気質には見えなかったからだ。
そして、伐折羅が話しの続きをポツリポツリと喋り始めた。
「俺に隷属の鎖が巻かれ、次に迷企羅が奴隷契約をさせられようとしていた時、聖女さん達が現れてくれたんです。」
「なるほど。
「そうです。奴隷契約をしてしまった俺は、摩凛が展開させている結界内から出ることが出来ないんですけど、迷企羅だけでも、ここから逃げてもらいました。」
伐折羅が一人で海賊船にいた理由は、隷属の鎖による効果で摩凛が展開させている結界内から出られなかったためということか。
理想の国をつくるような言葉を口にしていたが、本人は迷惑をかけている自覚がないのだろう。
海龍を従属させることができるだけのスキルを獲得できる器を持っている人間は、地上世界では私以外に存在しない。
それはつまり摩凛は人ではないということになる。
だが、見た感じでは、はた迷惑な不思議ちゃんに見えたものの、強大な器を持ち合わせている特別な者には見受けられなかった。
不明な点については、会って確認すれば済むだろう。
「
「俺は聖女さんを信じてもいいのですか。」
「はい。私は世界を平和に導く聖女ですよ。」
「そうですよね。聖女は正義の味方ですよね。」
「もちろんです。」
伐折羅提督が目を潤ませている。
世界を平和に導くのは本当だが、正義の味方かと聞かれたら、もちろん違います。
嘘を吐いてしまったこたは重要ではない。
嘘も方便、必要悪という言葉があるように、私の場合は必要嘘となる。
いや、優しい嘘と言う方が適切かもしれないか。
何にしても、信仰心のためならば嘘を吐くことに全く抵抗がない聖女なのだ。
一応であるが、伐折羅提督には駄目押しをしておいた方がいいだろう。
「伐折羅提督へ約束しましょう。今夜のうちに全てを終わらせると、月の聖女として誓います。」
「聖女様。感謝します。」
「はい。あなたの感謝は受け取りました。」
「受けた恩は必ずお返しします。」
「恩ですか。そんな役に立たないものは返す必要はありません。」
「いや。そう言われましても、俺の気がすみません。」
「本当にいりません。私には、信仰心以外のものは必要ないのです。」
私のために何かをしてくれると思うのなら、世界を混乱に陥れてほしい。
そう。信仰心を上げる餌になってもらいたいのだ。
だが、伐折羅提督は、その技量と裁量を持ち合わせていないだろう。
成り行きであるが、私からの言葉を聞いた男は感動していた。
その時である。
―――――――――――――――海中より強大なプレッシャーを発するものが接近していることに気が付いた。
何かが近づいてくる。
この圧力は、あきらかにS級を超える存在。
ドラゴン級だ。
それもドラゴン級の中でもハイクラス。
その存在とは、海龍で間違いないだろう。
伐折羅提督と少年神官は、その圧力に気を失い、甲板へ倒れていた。
A級相当の魔物である土竜については、かろうじて意識を保っている。
対峙しているわけでもないのに、既にこの圧力か。
やれやれ。
想定以上の存在だ。
だが、月の加護を受けている私からすると、それほどでもない。
まさに飛んで火にいる夏の虫だ。
軽く殺処分させてもらいましょう。
推進力を失った海賊船の側面。
向こうの海が割れ始めていた。
海水が滝のように落ち始め、その音が聞こえてくる。
海賊船は船体を大きく揺らし始めていた。
海中から圧力を発している正体が少しずつ姿を現してくる。
甲板にへたり込んでいた土竜が這いずってきていた。
「三華月様。あれは海龍なのですか。」
「はい。そのようです。」
「あの龍からも神気を感じるのは気のせいでしょうか。」
「海の神を信仰しているのでしょう。」
「神気を帯びているドラゴンってヤバくないですか。三華月様に勝算はあるのでしょうか。」
「はい。超余裕です。月の加護を受けている私からすると、土竜さんと大して変わりません。」
「え。私は、三華月様にとって龍のような存在ということなのですか!」
へたり込みながら弱々しく喋っている土竜の声が微妙に小躍りしている。
言葉の意味が間違って伝わってしまったようだ。
私にとって土竜も海龍を処刑するのもたいして変わらないと言ったつもりなのだけど。
どこまでも前向きな奴だ。
海の裂け目からは、体長が数百ⅿありそうな真っ白い蛇のような生物が姿を現していた。
大きな頭を水面から持ち上げ、こちらを見下ろすように見つめている。
やはり、S級相当のスキルごときで使役できる存在ではないだろう。
—————————前触れなく、私の瞳が黄金色に輝いた。
全てを見通すことができる万能のスキル『真眼』が発動したのだ。
黄金色の瞳が告げている。
海龍に『格上強制停止』の加護がかかっていると言う事を。
格上強制停止か。
厄介な加護がかかっている。
それは、その名のとおり自身よりも格上の相手との戦闘が強制的に停止してしまう効果がある。
試しに運命の弓を召喚してみようとしたが、やはり発動しない。
つまり、私は海龍と戦闘することが出来ない状態になっているということか。
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