第132話 イルカは四足歩行をしない

白い雲が浮かぶ青空を、気持ち良さそうに鳥が旋回していた。

コバルトブルーの海からはカラッとした潮風が吹いてくる。

さざなみの音が聞こえ、白い砂浜が太陽からの陽射しにより熱せられていた。

無人島の入り江には、機動性に優れた設計をしている30m級の帆船が停泊している。

伐折羅提督の海賊船だ。

砂浜の奥にある木の影から3人の男女が、こちらの様子を伺っていた。


1人は男。

その者は伐折羅提督で間違いないだろう。

伸ばしている黒髪が少し潮焼けている。

胸元まではだけたシャツをきてダブダブのズボンをブーツに入れ、腰に剣をさし、眼帯をしていた。

少し太った体型をしており、ワイルドで精悍な海賊団の船長という感じには見えない。

品の良さそうな顔立ちからも、育ちが良さそうな坊ちゃんという風貌だ。


そして女が2人いた。

その1人は伐折羅提督の配下となる迷企羅だろう。

華奢な体つきに白のワイシャツ、襟元のボタンを二つほど外している。

申し訳ない程度の胸を隠すように包帯を巻き、スリムなパンツにブーツをはいていた。

少年神官からの情報のとおり、綺麗系の女だ。

海賊にしては顔色が悪く、部屋にこもっている感じに見える。


そして、もう一人。

少年神官からの情報になかった女がそこにいた。

メッシュをいれている髪の毛はポニーテールでまとめていた。

水着の上から、花柄なシャツと三段フリルのミニスカートをはき、素顔が分からなくなるくらいバッチリメイクをしている。


その謎の女が、1人でこちらへ向かい歩いてくる。

伐折羅提督と迷企羅はというと、顔を強張らせ、草むらに待機したままだ。

伐折羅提督と謎の女の間には、距離があるように見える。

何か違和感がある。

―――――――――なんだ、あれは!

謎の女が、白い砂浜を歩いているその背後。

バッチリメイクをした水着姿の女に従うように、謎の生物の大群がゾロゾロと姿を現してきたのだ。

鰐のように見えるが、違う生き物だ。

その謎の生物は、紡錘状の体型で背に三角形の背びれを有している。

それだけなら、イルカの姿に見えなくもないのだが、四足歩行をして砂浜を歩いているのだ。

イルカは陸上を歩行しないし、そもそも足はない。

あのイルカ擬きは明らかに魔物である。

神からの加護を受けない魔物達は、地上世界で生きることは出来ないはず。

とはいうものの、例外もある。

魔獣使いビーストテイマー、もしくは高位の聖女から加護を与えられたならば、地上世界で生きることが許される。

水着姿のバッチリメイクをした女は、魔獣使いだということか。

だが、それでも異常な光景には違いない。

S級相当の魔獣使いでも支配できる魔物は、B級相当の個体が1つまで。

謎の女が連れてきた魔物達は、おそらくB級相当。

砂浜を歩行してくる個体数は視認出来る範囲で100体以上。

そして、入り江の海中の中にも、多くの個体が進入してきている。

足元までやってきていた土竜が、その女の正体について話しかけてきた。



「三華月様。あの化粧お化けこそが、魔獣使いビーストテイマーの摩凛です。」



あの女が、七武列島近海から魚がいなくなってしまった原因をつくった摩凛なのか。

確かに化粧お化けという言葉がその女の容姿にしっくり当てはまる。

だが、女子にそれを言ってはマナー違反だ。

本人に聞こえているかいないかの問題ではない。

先程『女は鮮度が命』と暴言を吐いた土竜は、なぜ鉄拳制裁をされたのか何も分かっていないようだ。

土竜には、再度、鉄拳制裁を見舞う必要がありそうだ。

とはいうものの、今は神託に従い摩凛の処刑が優先されるところか。

土竜の殺処分は後回しにさせてもらいましょう。

少年神官はというと、魔物の大群を目にしているにもかかわらず、他のものに気をとられていた。

そして、予測どおりの言葉を叫び始めた。



「迷企羅姫!僕はあなたのファンなんです!」



あなたという生き物は、本当に裏切ることのない安定の対応をしてくるのだな。

伐折羅提督と迷企羅は、摩凛から離れて別ルートを走り、入り江に停泊している海賊船の方へ向かっていた。

土竜の処分と同様に、やはり優先順位としては後回しでいいだろう。

そう。最も優先順位が高い事項は、神託に従うこと。

七武列島近海で、魚が捕れなくなった問題を解決しなければならないのだ。

土竜からの情報では、真凛は南の無人島で、イルカの国をつくろうとしていると聞いていた。

推測にはなるが、そのイルカ達が近海に生息する魚を捕食しているものと考えていたのだ。

あの四足歩行をしている魔物達は、誰がどう見ても、イルカではないだろ。

その時。

足元にいた土竜からわけの分からない言葉を呟く声が聞こえてきた。



「これはあれですね。」

「あれですか。」

「はい。土竜わたしとイルカ。どちらが上位種であるか、決着をつける時がやってきたのかもしれません。」

「…。」



土竜はA級相当の魔物。

それだけ見ると、土竜の方が上位存在なのだろうが、ギャンブル依存症の駄目な生き物だ。

言ってはならない言葉も口にするし。

どちらが不要な存在かと言えば、土竜の方に軍配に上がる確率が高い。

近づいてきていた摩凛が、真っ直ぐこちらを見つめながら、足を止めた。

距離にして30m。

背後に従っていたイルカ擬き達も前進を止めている。



「私は魔獣使いビーストテイマーの摩凛です。イルカの楽園へようこそ。皆さまへ警告します。私の国での戦闘行為は禁止しております。もし、これ以上の戦闘行為をするようでしたら、私の友達であるイルカちゃん達に頼んで、あなた達に制裁を加えさせてもらいます。」



今更ながらに気がついたのであるが、摩凛は、数十km単位の大規模な加護を展開していた。

その範囲内にいる魔物達へ加護を与え、支配しているようだ。

通常の魔獣使いは魔物へ加護を与えるが、摩凛の場合は加護をフィールド展開させているのだ。

規格外のS級スキルを発動し続けている。

ことらを見つめる摩凛へ、認識の誤りを指摘させてもらいましょう。



「私は聖女・三華月です。摩凛さんに誤りをお伝えさせてもらいます。イルカは海洋生物であり、陸上を四足歩行することはありません。」

「え。どういうことですか。」

「つまり摩凛あなたがお友達と呼んでいるその物体は、イルカではありません。」

「何ですか急に。では何だというのですか。」

「あなたがイルカと呼んでいるその生き物は、魔物です。」



私の言葉に摩凛がフリーズした。

その様子を見たイルカ擬き達が一斉に声を発し始めた。

私へ威嚇をしているつもりなのかしら。

とりあえず、七武列島近海の魚を食いまくっているというイルカ擬きを一掃させてもらいます。

————————私は運命の弓を連射モードで召喚させてもらいます。

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