第126話 闇商人の使い①

トンネル幅が10m程度ある半円形状の次元回廊を役割の違う工作機械が堀り進めている。

各機械が工程に従い、規則正しく作業を進めていた。

音も振動も気になるようなものではなく、出てくる粉塵も外へ履き出している。

作業服を着ている土竜は4人掛けテーブルに広げている図面を見ながら工程のチェックをし、少年神官の廉廉は神学が書かれている本を真面目に読んでいる。


作業を開始し小一時間が経過した頃。

明るく照らされているトンネル内に大きな鉄製の両開き扉が突然姿を現した。

土竜へ視線を送ると、体を震わせあきらかに動揺している。

招かざる客がきたのだと直感した。

また、伐折羅海賊団の誰かが襲撃を仕掛けてきたのだろうか。

回廊内の空気が緊張したものへ変わっていく。

そして、土竜が思いもしない言葉を口にしてきた。



「三華月様。驚かせてすいません。あれは、闇商人が取り立てにくる時に使用する扉です。」

「闇商人が取り立てって。それは、土竜さんは彼等へ借金をしていると言っているのでしょうか。」

「はい。結構な金額を借金しておりまして。恥ずかしく思います。」

「そう言えば、次元回廊を掘り進めているその工作機械は、闇商人から購入したと聞いておりました。まだ返済中だったということですか。」

「いえ。工作機の費用については、既に返済が完了しております。」

「他に高額な何かを買われていたということですか?」

「高額なものを買ったわけではありません。必要に差し迫り、少しずつ借りていった借金が雪だるまのようになり、首が回らなくなってしまいました。」

「何ですか。その表現は。まるでギャンブル依存症の者が、借金を積み重ねていくみたいではないですか。」

「ビンゴです。」

「ビンゴとはどういうことですか。」

「はい。私はギャンブル依存症なのです。借金の利息が雪だるまのように増えており、一家心中をしなければならない状態に陥っております。負けると取り返そうとして金を借り、勝ってしまうと負けを取り戻そうとそのお金を元手に大勝負をしまいまして。」



行きつくところは、一文無しかないではないか。

この土竜も駄目な方の住人だったのか。

土竜の印象は、商業ギルドが死なないように何とかしたいという真面目な魔物だった。

どうやら本質は違っていたようだ。

深いため息をついたタイミングで、現れていた鉄製の両扉が開いた。

その奥から、重低音と共に真っ黒に塗りの乗り物が突き出てくる。

これは、古代文明の交通手段で使用されていた自動車という乗り物だ。

静かに停車すると、よく見知った体型の女が後部席から降りてきた。

真っ白な聖衣を隠すようにロングコートを羽織っている、肥満体型の聖女・藍倫だ。

続いて運転席から、全身を黒マントで覆い隠している死霊王が降りてきた。

こいつ等、一体何をしているのかしら。

車から降りてきた2人は、ようやく私の存在に気が付いたようで、無言で巻き戻し映像のように再び車へ戻り、進入してきた扉の方へ車をバックさせ始めていく。

帰っていくのか思いきや、車を停車させ、再びこちらへ進んでくる。

そして、ロングコートを外した聖女・藍倫と死霊王が車から降りてくると、初めて私の存在に気が付いたような小芝居をしながら、深く頭を下げてきた。



「三華月様。ご無沙汰しております。こんな所でお会いするとは思いませんでした。」

「お久しぶりです。そこの土竜さんが、闇商人の取り立て屋が来たと言っておりましたが、聖女の藍倫がその取立て屋なのでしょうか。」

「はい。ちょっとした小遣い稼ぎで借金の取り立てをしております。」

「聖女がやる小遣い稼ぎが、闇商人の取り立てなわけですか。」

「借りたものは返すって、当たり前のことではないですか。」

「何だか物騒な物言いですね。」

「いやいやいや。三華月様以上に物騒な存在はおりません。そんなことよりも、何故ここに三華月様がいるのでしょうか。」

「土竜さんには、神託を遂行するお手伝いをしてもらっております。」

「ほぉう。つまり三華月様は土竜さんの雇用主になってしまったわけですね。」



藍倫の瞳がギラリと輝いた。

獲物を補足した猛禽類の目だ。

藍倫に目配せをされた死霊王が何かの意図を読みとったのか、背後に周りこんできた。

私が逃げられないように、退路を断ってきたのだろうか。

様子を見ていた土竜が、慌てた感じで土下座を始めた。



「借りた金は必ずお返しします。返済はもう少しだけ待ってもらえませんか。」



土竜の声は震えている。

肥満体型の聖女は鋭い眼光を放ちながらしゃがみこむと、土下座をしている土竜の肩をポンポンと叩き始めた。

年期の入った取り立て屋の風格が感じられる。

かなり前からこの小遣い稼ぎをしていた疑惑が生まれてきた。



「土竜さん。利子分だけでも返済してもらえませんか。」

「利子ですか。」

「うち達も手ぶらでは帰れないのですよ。」

「すいません。利子分のお金もありません。」

「土竜さん。私はどうしたらいいんですか。」

「藍倫様の助言どおり商業ギルドは退社して、今は三華月様の元で働いております。」

「うむ。そのとこに関しては、よくやったと言っておこう。」

「はい。藍倫さんの言われたとおりに三華月様の眷属になることに成功しました。」



土竜が迷宮主を辞めて私の眷属に申し出たのは、商業ギルドを助けるためと言っていた。

あれは、藍倫からの助言というか、画策だったのか。

そう言えば私のことをうんこの神様であるとか、おかしなことを口走っていたが、その情報元はこの聖女であるという疑いが生まれてきた。

先程、土竜の雇用主なったとも言っていた。

これは、筋書き通りの流れだというのか。

藍倫はゆっくり立ち上がるとテーブルの椅子を引き、私に座るように促してきた。



「三華月様。座って少しお話をしませんか。」



土竜は土下座をしたままだ。

少年神官は、藍倫と死霊王から放たれる圧力に動けないでいる。

とりあえず、薦められるまま席に座ると、背後に控えていた死霊王が、用紙を1枚、藍倫へ手渡しした。

そして、その渡された用紙の内容を確認した藍倫は、私の前に差し出してきた。



「この連帯保証人のところに、三華月様の名前を書いていただけないでしょうか。先ほど土竜さんに言いましたが、うち達も手ぶらで帰るわけにはいかないのです。」



これは、この連帯保証人のところに名前を書いてしまったら、土竜が借りた費用の返済を私に請求する権利が生まれてくることになる代物だ。

藍倫を見ると、素知らぬ顔で出されたお茶を飲んでいる。

藍倫は私を超えるブラックな聖女になってしまったのではなかろうか。

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