第119話 伐折羅海賊団の討伐について
半円型に延びるトンネル内には、道路を挟み数多くの店舗が並んでいる。
岩場で出来た迷宮内の床天井は、御影石を貼っているかのごとく綺麗に仕上げられていた。
天井に嵌めこまれている照明が迷宮内を明るく照らしており、新鮮な空気が流れている。
繁栄を極めていた商業ギルドのその規模は大都市のものと遜色ないほどで、これまでの間、七武列島の発展に貢献してきたものの、商店街からは人の姿が消えていた。
七武列島が食料不足に陥り、一緒に発展してきた商業ギルドも没落してしまったのだ。
私を案内してくれた少年神官の隣に、安全第一のヘルメットと、目隠し用のゴーグル、現場作業用の衣服を着ている土竜が頭を下げていた。
「私はこの商況ギルドの迷宮主である
衰退の一途を辿ってしまったこの商業ギルドにて、鬼可愛い聖女が出来ることとは限られている。
商店街を活性化するために私が手伝えることといえば『看板娘』しか思い当たらない。
今ふうに言うと『カリスマ店員』なるのかしら。
カリスマ店員がいるお店には、多くの人が訪れると聞く。
私くらいの聖女が店の店員をすると、軽く数百万のフォロワーが付いてしまうのだろう。
可愛いヒロインとは、何をやっても目立ってしまうものなのだ。
力になりたいところではあるが、私には優先すべき使命がある。
「初めまして。三華月です。カリスマ店員についての話しでしたら謹んでご辞退させて頂きます。」
「カ、カリスマ店員ですか…」
「はい。私には大事な使命がありまして。」
「すいません。何の話しをしているのでしょうか。」
土竜が、何故か戸惑った表情をしている。
カリスマ店員というものを知らないのかしら。
何となくだが、嫌な空気感が漂っている。
もしかして、何か勘違いをしているのかしら。
事態の収拾に悩み始めた時、少年神官が土竜に対し余計なフォローを入れてきた。
「土竜君。君は三華月様へカリスマ店員になってほしいと頼むつもりだったんだろ。」
「いえ。違います。そんなことを頼むつもりはありません。」
「空気を読んでくれよ。頼むつもりはなくても、そこは話しを合わせるところなんだよ。」
「そうか。ここは、大人の対応をするべきところでしたか。」
「それが、相手に対する気遣いであり、優しさってものなんじゃないのかなぁ。」
「そうですね。私が思い違いをしておりました。」
何ともしがたい微妙な空気になっている。
傷付いた者へ下手にフォローをしてしまうと、それは追い打ちとなる。
更にその者の傷を抉ってしまうというが、まさにその状態になってしまった。
体を硬直させ、何か考えていた様子の土竜が突然動き出した。
スコップを手放し、両手を地面につき土下座のような姿になった。
字幕をつけたら『ガーン』の文字が出てくるような絶望的ポーズだ。
そして、小芝居が始まった。
「この商業ギルドを復活させるための起死回生ともいえる名案を思いついたんだが、私は一体どうしたらいいんだ。三華月様へカリスマ店員になってもらうお願いをする件については諦めることにします。」
「…。小芝居をして頂き有難うございます。それでは、私を呼んだ要件を教えて下さい。」
ドジをしてしまった際は、話を合わせてくれるよりもスルーしてくれた方がいい。
気を遣ってもらうほど、精神的ダメージが大きくなってしまうものだから。
土竜が何もなかったようにすまし顔で立ち上がってきた。
倒れていたスコップを拾い上げると、私を呼んだ要件について話し始めてきた。
「三華月様は、
「詳しい事は分かりかねますが、七武列島近海に海賊が出没している話しは聞いておりました。」
「そうなんです。奴等のせいでこの七武列島に商船が寄り付かなってしまったのです。」
「もしかして、私にその海賊団の撃退をお願いしたいということでしょうか。」
「はい。よろしくお願いします。」
そういったお願いは、慈愛に満ちている容姿をした聖女にするものではないだろ。
どこかの傭兵とかに頼む依頼する内容だ。
とはいうものの、武闘派である私向きのクエストであるのも否定できない。
何か釈然としないが、世界の均衡を保つための存在である商業ギルドの迷宮主からのお願いを断れないというのが現実だ。
優先事項は神託に次ぎとなるが、引き受けるしかない。
その伐折羅海賊団ついて、詳しい内容を教えてもらうことにしましょう。
背後にいた少年神官が私の抱えていた疑問を察してか、伐折羅海賊団についての説明を始めてきた。
「三華月様。伐折羅海賊団とは、義賊としてこの七武列島では有名なんですよ。」
少年神官の話し方は、土竜とは対照的に伐折羅海賊団についてどこか好意的だ。
義賊とは、国家や領主などの権力者からは犯罪者とされながらも、大衆から支持される集団のこと。
伐折羅海賊団は、七武列島へやってくる商業船を襲い、奪った物資を国民達へ分配しているのだろう。
海賊団について、少年神官が話しを続けてきた。
「不漁続きとなり、七武列島の国民が生活苦になっているにもかかわらず、商人連中はというと、輸入してきた食料の値段を高額に吊り上げ、儲けようとしていたんです。」
「そこで、その海賊団とやらが、大陸からやってくる商船を襲うようになったというのでしょうか。」
「そうです。伐折羅提督達は、悪徳商人達から奪った物資を国民へ配ってくれている義賊なんです。」
「そして、大陸からの商船が来なくなった結果、更に食料の価格が高騰し、国民が苦しんでいるわけですか。」
「そうです。悪いのは悪徳商人達です。」
「外貨不足となり食料インフレが起きているのは当然の流れでしょう。この非常事態時にボロ儲けをしようとする者がいるのなら、それは国が対応する案件であり海賊が行うものでもありません。」
「三華月様。インフレって何ですか。」
私の説明について少年神官は困惑した表情をしている。
その様子をみると伐折羅海賊団がしている略奪行為は、結果として国民を苦しめていることと理解していないようだ。
少年神官の隣にいた土竜が、伐折羅海賊団の略奪行為がおよぼしている影響について補足説明を付け加えてきた。
「伐折羅海賊団が商業船を襲うので、この七武列島と貿易をしようとする商人はいなくなってしまいました。」
「その結果、貿易が止まり、七武列島国内に物が流通しなくなってしまったわけですね。」
「そうです。伐折羅海賊団が行っている略奪行為は、七武列島国民を更に苦しめているのです。」
「そこまでは理解できますが、七武列島の海軍は何をしているのでしょう。海賊団に敗北したのでしょうか。」
「いえ。政府は、伐折羅提督達を放置しておりまして…」
政府は海賊団を取り締まることなく放置しているのか。
国は、商人達を悪者にすることにより、国民の不平不満の矛先を自分達から変えようとしている思惑が働いているのかもしれない。
海賊団を討伐しても、魚が捕れなくなった原因が解決できるわけでもないしな。
商業ギルドから商人達が消え、衰退している原因も明確になった。
OKです。
第一優先事項は七武列島の食料問題を解決することに変わりないが、伐折羅海賊団の討伐も併せて実行することにしましょう。
その時である。
何の前触れもなく、土竜がブルっと体を震わせた。
そして、慌てた様子で背後を振り返り、突然侵入者が現れることを告知してきた。
「迷宮主である私が許可することなく、何者かが強引に商業ギルドへ割り込んでこようとしています。」
土竜の視線の先。
空間に歪みが生じている。
緊張感が高まっていく。
誰であるかは分からないが、迷宮主が許可をしてないにもかかわらず侵入してくることより、その者は敵であると考えるべきだろう。
ゲートのような空間が開いた。
続けて威勢のいい女の子の声が聞こえてくる。
「キュピーン。ついに悪の巣窟を見つけたぞ!」
緊張感のない楽しげな声とともに、小柄な可愛らしい少女が姿を現した。
指どおりの良さそうなサラサラのボブカットに、クリッとした大きな瞳が印象的だ。
へそを出したトップスにさらに短めのアウターを羽織っている。
膝上スカートにハイソックスを履き、全体を可愛くコーディネートしていた。
両手を伸ばしながら逆さピースをつくり、最後にニカリと口角を上げて自己紹介を始めてきた。
「
可愛らしさを演出しているのだろうが、こちらからするとストレスでしかない。
土竜は身構えている。
そして少年神官はというと、亜弐羅という少女を見て目をキラキラさせていた。
好意的を超え、LOVEな感情を全開しているように見受けられる。
そして、意味不明なアピールを開始した。
「
「いつも応援有難う。これからも
「こんなところで会えるなんて幸せ過ぎる。やばい、近くで見るとマジで可愛い。」
少年神官が無駄なポーズをとっている少女へ近づいていく。
古参ファンとは古くからのファンという意味。
少年神官のアピールは、新参者に対してマウントをとろうとする行為だ。
亜弐羅であるが、この商業ギルドを悪の巣窟と言っていた。
迷宮主の許可なく現れたことを考慮しても、少女が敵であることは明白。
その亜弐羅が、いきなり私を指さして、宣戦布告をしてきた。
「そこの聖女。魚が捕れなくなって国のみんなが困っているのに、私腹を肥やそうとしているな。悪徳商人のボスは、元気印の亜弐羅がぶっ飛ばしてやるニャン。覚悟しろ!」
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