第110話 だけとのこと。
海が獰猛な獣のように唸りを上げ、荒れ狂っていた。
ところどころで渦潮が発生し、地獄絵のような光景になっている。
太陽光を遮断している分厚い雲の距離が近い。
柔らかい雨が、質量が少し増え始めている。
全長200m級の旗艦ポラリスは、津波のような高波に攫われ、何度となく90度以上まで船体を傾かせていた。
甲板には洪水のような海水がなだれ込んでくる。
海へ放り出されないために甲板の手摺りに片手で掴まり、もう一方の手で抱えていたペンギンは、ポラリスは指揮棒を細かく振るっていた。
潮の流れと不規則に吹いて来る風を読みきり、波の上に船を滑らせるように走らせている。
まさに伝説の波乗りペンギンの面目躍如だ。
全長400km、体積が5000㎦を超えるヨムンガルドを深海に戻ってもらうため、8km先の海上でコントロールを失っているラーの軍船のエンジン部分を撃ち抜く決意をした。
意識を集中させていくと、世界が少しずつセピア色にあせ始めていく。
風が止まり、潮のにおいが失われる。
細い雨が静止し、針のようになっていた。
抱きかかえていたペンギンから血色がなくなっている。
—————————脳の情報処理速度を加速して上げでいき、一時的に時間の流れが静止した感覚になったのだ。
月の加護が受けられないこの状況下では、静止した世界にながくとどまる事は出来ない。
素早く標的である軍船のエンジン室を撃ち抜き、ことを終わりにして差し上げましょう。
空気が固定され、動けない状態になっているものの、全身に刻み込んでいる信仰心が輝き始めると身体の自由が戻っていく。
時間の壁を突き破った瞬間だ。
この世界に私だけが存在する事を許されている感覚となる。
アダマンタイトさえも貫いた『物干し竿』をリロードします。
セピア色に静止している海から、圧倒的に存在感のある何かが浮かび上がってくる。
その先端が海から突き出てくると、全長が10m近くある物干し竿のような物体が海面からゆっくりと姿を現してきた。
月の加護を得て巨大化してしまった運命の矢だ。
それでは運命の弓を召喚します。
セピア色の世界の中、全長が3mを超える弓が白銀に輝きひときわ美しい。
抱きかかえていたペンギンを離すと、固定された空間の中に、必死な様子で指揮棒を振るう姿のペンギンが宙に浮き落ちることなく止まっていた。
うむ。
こんな美味しい物を見せられてしまっては、何かしなければならないという使命感が生まれてしまうではないか。
ポラリスを操舵している『指揮棒』を摘み取り、もう片方の手に握らせてみた。
――――――――――ペンギンの右手で握られていた『指揮棒』を、左手に移してみたのだ。
この軽はずみな行動が後に大惨事に発展してしまうことを知らず、静止した世界が動き始めて動揺するペンギンの姿を想像し、私はとてつもなくワクワクしていた。
海中から姿を現した全長10m程度ある物干し竿は、『ロックオン』をしている標的に向けて海上で旋回を始めている。
運命の弓へ手を伸ばすと、ミスリル金属並みに強度が上がっている雨水が、装備している聖衣を破り体に突き刺さってきた。
スキル『自己再生』による治癒が発動しないこの世界の中では、ミスリル並に強度が上がってしまっている雨により全身が切り刻まれるため、ながく活動していると死ぬ可能性がある。
旋回していた物干し竿が旗艦ポラリスの甲板の上で、ロックオンした標的へ先端を向け固定した。
ミスリス並みの強度となった雨水が、私の体を引き裂いていく中、運命の弓を限界まで引き絞っていく。
気が付くと、世界に色が戻り始め、音も戻り始めてきていた。
時が少しずつ動き始めていたのだ。
ラーの軍船を狙い撃たせてもらいます。
限界まで引き絞り、臨界点に達していた弓のエネルギーを解放させた。
―――――――――――SHOOT
撃ち放った物干し竿が、戻り切っていない時間の壁を突き破り疾走していく。
ミスリル金属なみの強度に達している雨水を木っ端みじんに粉砕し突き進んでいた。
物干し竿が走った後ろには、追いかけるように海面がえぐれている。
そして、8km先で荒波に押し流された状態で静止していた標的を撃ち抜いた。
世界に色と音や風が少しずつ戻り始めいる。
時が動く速度が加速していく。
硬化された雨水に抉られた傷口が、『自己再生』が始まっている。
静止した世界から無事に生還できたようだ。
固定されていた空間から落下し始めたペンギンを両手でキャッチすると、荒波により傾いていた甲板の上を体が滑り始めていた。
「ペンギンさん。ラーの軍船のエンジン部分を撃ち抜きました。これでヨムンガルドとやらが海底に引き返してくれたら、ミッションコンプリートです。」
ペンギンを見ると、目が見開かれて唖然としている。
私の功績に驚いているというより、新たに重大事項が発生した感じがする。
何かあったのかしら。
――――――――――次の瞬間、あきらかにこれまでの状態と違い、コントロールを失ってしまったポラリスが高波に攫われていた。
気がつくと私の頭上に海がある。
荒波に乗ってしまったポラリスは、船体を180度回転させており、上下逆さまになってしまっていたのだ。
「ペンギンさん。何をしているのですか。」
「一体なぜ、指揮棒が、逆の手に握られているんだ。」
「ボーっとしないでないで、早く船を立て直して下さい!」
「信じられん。最古のAIである私が、バグを引き起こしてしまったとでも言うのか!」
「安心して下さい。ペンギンさんはバグなど起こしておりません。」
「三華月様。どういうことですか。何か知っているのなら教えてもらえないでしょうか?」
「ペンギンさんの驚く姿が見たいという欲望が働いた私の仕業です。」
「三華月様の仕業ですと!」
「私が静止した時間の中で、ペンギンさんが握っている指揮棒を、右手から左手に移してしまっただけのことです。」
「だけのことですと!」
「そんなどうでもいい事を気にしても仕方ないではないですか。」
「だけのことではありません!」
「とにかくです。ペンギンさんがこのまま何もしなければ、高波に攫われたポラリスは真っ逆さまに海へ落下してしまいます。今は信仰心に関わる一大事な時です。」
ペンギンがギラリと睨んできている。
額には、お約束とよべる血管が浮きでてきていた。
怒りに全身を振るわせているペンギンは、とりあえずといった感じで一瞬にして状況把握を行い、そして風圧と流れをゼロ秒で演算し、指揮棒を振り始めると、ポラリスは吹いていた風を完璧に捕えることに成功した。
ポラリスが空中で反転しながら落ちていく。
船体は海面に接触した際、衝撃をうけたものの何とか着水に成功した。
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