第93話 ブレていないな

澄んだ新緑のかおりが流れ、アンデッド達が消えた森に鳥達の声が戻り始めてきていた。

時速20kmで走る次元列車は、木々の間を縫うように蛇行を繰り返しているが、乗っていてストレスといったものは感じない。

窓の外を見ると陽ざしが届かない地面に咲いている花が1本ずつ見え、更に小さい虫の姿まで確認でき、落ち着いて流れて見えていく景色にほっとする。

S王国の市場経済を混乱させてしまった佐藤翔を討伐する神託が無くなってしまったものの、泳がせておけばそのうちまたやらかしてくれる人物像であると分かってはいるが、今の私にはスイカップ杯を叩き潰す案件の方が優先される。

次元列車には、金の成る木のような存在に群がるハイエナから佐藤翔を救い出す使命を与え、私の方はその際に起きると予測される戦闘で、街の者が巻き込まれないようにしながら、スイカップ杯が開催される会場を破壊するプランを練っていた。

佐藤翔については、この世界から退場願うことにしましょう。



「次元列車さん。佐藤翔を元の世界に戻す前に、彼が獲得したチートスキルを破壊しようと思います。5km離れたここから、S王国首都にいる佐藤翔へ『SKILL_VIRUS』を撃ちこみますので、車内の天井を解放して下さい。」

「承知しました。」



車内の天井が開き始めると、次元列車のパンタグラフへエネルギーを送る電線の姿があり、その向こうに見える枝葉の隙間からは青空が広がっている。

スイカップ杯とやらが開催される競馬場の位置、佐藤翔に関する情報を世界を周回する衛星達からのリアルタイムで送られてくるS王国の立体フォログラム映像から確認していくと、気になる映像を見つけてしまった。

焼き鳥を片手に持って商店街を楽しそうに歩いている聖女・藍倫の姿がそこに映っている。

以前見た姿より体型が丸くなっているではないか。


―――――――その時、パッシッブスキル『未来視』が発動した。

藍倫がビールを注文し、一気飲みをする未来が見えたのである。

未成年である藍倫は、アルコールを飲むのは駄目な年齢のはず。

聖女としては超一流の働きをする藍倫であるが、モラルの方は相変わらず破綻しているようだ。

体型も性格も全くぶれていない。


さて佐藤翔の狙撃であるが、スキル『ロックオン』にて補足できていない標的を、障害物を避けて撃ち抜くためには、天空から撃ち抜かなければならないわけであるが、着弾時間に約30秒かかる。

つまり、衛生からリアルタイムに届くフォログラム映像を確認しながら、『未来視』の効果にて30秒先の未来を見て撃ち抜かなければならない。

なかなか難易度が高いな。

せっかくだし、佐藤翔に『SKILL_VIRUS』を撃ち込む前に、藍倫がこれから注文するビールジョッキを、試し撃ちしてみようかしら。



「次元列車さん。車体を安定させてください。佐藤翔へ運命の矢を撃ち込む前に、フォログラムに映っている聖女がこれから注文するであろう思われるビールジョッキを試し撃ちさせてもらいます。」



投射角45度、上空から入射角85度の放物線を描くように飛ばした場合の飛行距離は約8000m。

着弾速度を出来るだけ遅くするために無回転で発射させ、空気抵抗係数を0.25と仮定すると着弾まで30秒くらいになるだろう。

それでは、運命の矢をリロードする。

スナイパーモードで召喚した運命の弓を、解放されている天井へ向けた。



「次元列車さん。立体フォログラム映像を私の視線の先へ移動させてください。」



上空からみるS王国の立体フォログラム映像が矢の先端前に移動されていくと、リアルタイムで動いている藍倫の後頭部と、枝葉かの隙間から覗いている空が重なって見える。

それにしても藍倫は、楽しそうにしているな。

あんなに楽しそうにされていたら、ビールが注がれるジョッキを射抜く事が出来ないじゃない。

発動している『未来視』で着弾点を確認しているのであるが、風の影響が強くてなかなかROCKが出来ない。

ここは辛抱強く合わせていくしかないか。

そして、その瞬間が来た。

ROCK完了。

藍倫が購入したビールが注がれたジョッキを撃ち抜く『未来』が見える。

—————————————SHOOT


無回転で打ち放った矢が不規則に揺れながら空に消えていく。

貫通力と推進力を下げる事により空気抵抗を強く受け、減速させるようにしたのである。

さてリアルタイムの藍倫はというと、出店の店員に声をかけ、ビールが出てくるのを待っている状態だ。

未来視で見た映像と全く同様の映像である。

そして、店員から差し出されたビールを受け取るタイミングで、天空から撃ち放った運命の矢が落下していく。



その矢は藍倫が持つビールカップの脇をすり抜けて、地面に突き刺さった。



私は、人が自滅していく姿を見るのが大好物であるが、いたずらみたいな行為をする事は嫌いなのである。

藍倫は『ほよよ』みたいな声を上げている表情をして、地面に突き刺さった矢を凝視していた。

その様子をフォログラム映像で一緒に見ていた次元列車は、予告した標的を外した事について質問をしてきた。



「あれって、矢を外したのですか、それとも外れたのですか?」

「外したのですよ。その代わりに聖女・藍倫へは手紙を送りました。」



その藍倫が地面に刺さった矢に結ばれていた手紙に気が付き、ほどき始めている。

送った手紙の内容は次のとおりである。

『藍倫殿。だいぶんお腹が出てきているようですが、そのまま不摂生を続けていると早くに痛風になりますよ。なので、ビールは控えなさい。タバコも百害あって一利なしですよ。by三華月』

立体フォログラム映像に映しだされている藍倫は一通り手紙を読み終えると、置いていたビールを手に持ち、ガブガブと一気飲みを開始した。

片手を腰に当て、上半身を気持ちよくそらして喉の気道を広げ、幸せそうな表情をしている。

ゴクゴクゴクという喉の音が聞こえてきそうだ。

そしてビールを飲み終わったら、ジョッキを店に戻し緩んだ表情で大きく息を吐き、ごそごそとタバコをくわえ始めている。

全然、書いた手紙の効果が無かったようだな。

もしかして、もう読んだ手紙の事は忘れているのではなかろうか。

藍倫にどんな手紙を書いても、ああなってしまうのかもしれないな。

それはさておき、試し撃ちも完了したことだし、佐藤翔のスキルを破壊させて頂きます。

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