第81話 このまま帰すのは本人の為にならないのでは?
少しだけ話しが遡ります。
ダンジョンでのドロップ品はレア種の魔物からの物を除き、ダンジョンマスターが討伐されると消滅する規則となっている。
だが、異世界から召喚された佐藤翔は、獲得していたチート級スキルを用いて、消滅するはずのアイテム品を地上世界へ持ち帰り、S王国の市場へ継続的に大量供給をしていた。
その結果、アイテム品が値崩れをし、急激なデフレが始まってしまい、既に商業ギルドをはじめアイテムを取扱っている店が軒並み倒産して、冒険者達の姿もS王国内から減少しており、そこで事態を重くみたS王国は、佐藤翔へ接触を図ってきたのだった。
「佐藤翔様。市場へ大量のアイテム品を流す行為を、しばらく控えていただけないでしょうか。」
「どういう事だ。俺は何も悪い事をしていないぞ。」
まずここで佐藤翔の認識は間違っている。
佐藤翔の行為は悪質なものであり、自身さえよければ良いという思考である。
法を犯していなければ、何をしても問題ないと考えているのだろうが、それは過去にそういった事例が無かったため、法が整備されていないだけの事なのだ。
既にS王国では失業者が大量に生まれており、今後は餓死する者も出てくるだろう。
佐藤翔のやっている事は、法の網を掻い潜った虐殺行為である。
「仕方ありません。佐藤翔様を拘束させてもらいます。」
「俺を拘束するだと!俺の自由は誰のものでも無いんだぜ!」
佐藤翔の側近であり、そして彼を召喚した異界の神を信仰する教徒達であるA級冒険者以上の実力を持っている者達に、S王国の者達は退けられてしまい、佐藤翔は暴走していった。
◇
時間軸が戻ります。
次元列車は海洋から、太陽が照り付ける草原地帯の中をのどかに走っていた。
外からは風で揺れる草の音だけが聞こえてくる。
動物や虫達がぐっすりと眠りこんでしまったかのような午後だ。
佐藤翔宛てに書いた次元列車の手紙が、機械人形であるバイク便に渡されてから既に6時間が経過していた。
車内には、空を周回する衛星達からリアルタイムに送られてくる情報を元にした、S王国首都内の立体フォログラムが浮かび上がっていた。
次元列車が佐藤翔宛に書いた手紙がバイク便により発送され、約2000km離れた建物のポストへ投函され、佐藤翔の取り巻きである異界の教徒の一人が手に持ち、建物の中へ入っていった映像が映しだされている。
手紙には『佐藤翔様の周りにいる異界の神に仕える信者と今すぐ縁をきって下さい。』という文章が書かれていたのだが、これで何かアクションが起きるのだろうか。
暫くすると、何やら佐藤翔の側近の一部が慌ただしく動き始めている姿がフォログラム映像に映っている。
物をまとめてS王国から出国の準備を始めているようだ。
これは、手紙の効果なのかしら。
もしかして、佐藤翔を改心させてしまったのだろうか。
――――――――――神託が完了したお告げが降りてきた
信仰心に変更なし。
な、なんてこった。
S王国の未来を救うことが出来たのであるが、信仰心が上がらなかった。
やれやれです。
側近である異界神の信者が消えたくらいの事で、S王国の崩壊を挫折しやがるとは、佐藤翔はウンコ過ぎるな。
もっと根性を見せやがれと、思ってしまう。
でもまぁ、私の信仰心が減とならなかったのでギリギリセーフとしてあげましょう。
だが、チート級スキルを獲得しているボンクラを放置状態にしておけば、また何かをやらかしてくれるだろう。
人から認められたことがない者は、承認欲求が満たされた快感を一度覚えてしまうと、駄目だと分かっていてもまた承認欲求を満たすために暴走してしまうものだからな。
このまましばらく泳がすことにしておきましょう。
「次元列車さん。あなたの書いた手紙のおかげで、S王国が崩壊する未来が変わり、神託が完了しましたので、もうS王国へ行く必要が無くなりました。」
「三華月様。僕の行先はS王国で変更ありません。このまま佐藤翔を放置しておくと、必ずまた何かをやらかします。僕が元の世界に帰してあげようと思います。」
佐藤翔とは、放置しておくと必ず何かをやらかしてしまう存在であると、次元列車は分かっているようだ。
次元列車の言うとおり、佐藤翔は『チートスキル』を破壊して、元の世界に帰してあげるべきなのかもしれないが、私としてはなかなかの逸材である異世界人はこのまま放置しておきたい。
適当に説得でもしてみようかしら。
「次元列車さん。佐藤翔のチートスキルを破壊して、駄目人間のまま元の世界に帰しても、それは駄目人間のままではないですか。元の世界へ帰すまえに、何とか力になってあげられないものでしょうか。」
「それはそうなのですけど。」
次元列車の心がぐらついている。
チョロいな。
ふっ。簡単に丸め込めそうだ。
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