第81話 このまま帰すのは本人の為にならないのでは?

(少しだけ話しが遡ります。)


迷宮でのドロップ品は、迷宮主からのものを除き、地上世界へ持ち帰ろうとしても消滅するようになっている。

だが、異世界から召喚された佐藤翔は、獲得していたチート級スキルの効果により、消滅するはずのアイテム品を地上世界へ持ち帰っていた。

その結果、S王国の市場へ継続的に大量供給されアイテム品が値崩れし、急激なデフレが始まることになる。

商業ギルドを始め、店が軒並み倒産し、冒険者達の姿もS王国内から減少していった。

そこで、事態を重くみたS王国は、佐藤翔へ接触を図ってきたのだった。


ここはS王国首都の大型レストラン。

真ん中の席には、黒色の革ジャンを着た髪のながいぽっちゃり体型の男が座っていた。

この男こそが佐藤翔である。

佐藤翔を護衛するように、5人の冒険者達がS王国の騎士団と対峙していた。

この5人は、異界の神を信仰する教徒達であり、そしてA級冒険者相当の能力を持っている実力者達だ。

王国が佐藤翔へ接触を図るためにやってきた騎士団と、一触即発のようなただならぬ雰囲気になっていた。

王国騎士団の数は100名程度。

A級が1人、残りはB級以下の実力だ。

数は多いものの、A級5名との戦力差は大きく、王国騎士団の者達は勝ち目がないことを理解していた。


店内の空気が殺伐としたものに変わっていた。

王国騎士団を代表するように、地位の高そうな年配の男が前に現れ、佐藤翔へ交渉を開始した。



「佐藤翔様。市場へ大量のアイテム品を流す行為を、しばらく控えていただけないでしょうか。」

「どういう事だ。俺は何も悪い事をしていないぞ。」



佐藤翔の認識は間違っている。

佐藤翔の行為は悪質なものであり、自身さえよければ良いという思考だからだ。

法を犯していなければ、何をしても問題ないと考えているのだろう。

それは過去に同じような事例が無かったため、法が整備されていないだけの事。

既にS王国では失業者が大量に生まれており、今後は餓死する者も出てくるだろう。

佐藤翔のやっている事は、法の網を掻い潜った虐殺行為なのだ。



「仕方ありません。佐藤翔様を拘束させてもらいます。」

「俺を拘束するだと!俺の自由は誰のものでも無いんだぜ!」



S王国騎士団は、異界の神を信仰する5人の前に、なすすべもなく敗北した。



(時間軸が戻ります。)


次元列車は海洋から、太陽が照り付ける草原地帯の中をのどかに走っていた。

窓を開けると草原の気持ちいい空気が入り、風に揺れる草の音だけが聞こえてくる。

動物や虫達がぐっすりと眠りこんでしまったかのような穏やかな午後である。


次元列車が佐藤翔宛てに書いた手紙がバイク便に渡され、既に6時間が経過していた。

車内には、佐藤翔が滞在する約2000km離れた建物の立体フォログラム映像が映し出されている。

空を周回する衛星達からリアルタイムで情報が送られてきているのだ。

ポストへ投函された手紙は、佐藤翔の取り巻きが建物内に持って入ったところまでは確認できている。

手紙には『佐藤翔様の周りにいる異界の神に仕える信者と今すぐ縁をきって下さい。』という一文が書かれており、その通りのアクションを起こそうとしても、佐藤翔に自身を支配・コントロールしている異界の教徒達をなんとか出来るとは思えない。

佐藤翔のために書いた手紙は何の効果もなく、説得工策は失敗に終わることは分かっている。

このまま、何らかのアクションが無ければ、予定どおり、ここから佐藤翔を狙い撃たせてもらいます。


だが予想に反し、立体フォログラム映像を見ていると、異界の神を信仰している信者達が慌ただしく動き始めていた。

もしかして、手紙を読んだ彼等は、私を迎撃するために備えるつもりなのかしら。

A級相当の冒険者が何人いようが、月の加護を受けている私からすると、F級相当と変わらない雑魚である。

人生に無駄なものは無いという言葉があるが、私への抵抗だけは例外だ。

心を込めて、無駄な抵抗お疲れ様という言葉をあなた達に贈ってあげよう。


運命の弓を召喚しようと考えた時、立体フォログラムに予期しない映像が映しだされていた。

佐藤翔の取巻きである異界の神を信仰する信者達が、物をまとめてS王国から出国の準備を始めていたのだ。

何が起きているのかしら。

どうして、出国しようとしているのだろう。

――――――――――神託が完了したお告げが降りてきた

信仰心に、変更なし。


なんてこった。

おそらく、現時点をもってS王国の未来を救うことが出来たのだろう。

だが、神託が降りてきたにも関わらず、信仰心を上げることが出来なかった。

佐藤翔本人には動きはないようだが、側近である異界神の信者が私の存在を恐れ、逃亡を図った結果、S王国は崩壊の危機を免れてしまったようだ。

チッ。

側近達が去ってしまったくらいで、S王国の崩壊を挫折しやがるとは、佐藤翔はウンコ過ぎだ。

少しくらい根性をみせて下さいよ。

いや。根性をみせようにも、元の世界で苦労をすることなく育ってきた者に、世界を変えることなど出来るはずもない。

でもまぁ、信仰心が減とならなかったのでギリギリセーフとしてあげましょう。

とはいうものの、チート級スキルを獲得しているボンクラをこのまま放置状態にしておけば、また何かをやらかしてくれるだろうと簡単に推測できる。

人から認められたことがない者は、承認欲求が満たされた快感を一度覚えてしまうと、駄目だと分かっていてもまた承認欲求を満たすために暴走してしまうものだ。

しばらく泳がせておいてあげよう。



「次元列車さん。あなたの書いた手紙のおかげで、S王国が崩壊する未来が変わり、神託が完了しましたので、もうS王国へ行く必要が無くなりました。」

「三華月様。僕の行先はS王国で変更ありません。このまま佐藤翔を放置しておくと、必ずまた何かをやらかします。僕が元の世界に帰してあげようと思います。」



佐藤翔は、放置しておくと必ず何かをやらかしてしまう存在であると次元列車は分かっているようだ。

次元列車の言うとおり、佐藤翔は獲得した『チートスキル』を破壊して、元の世界に帰してあげるべきなのかもしれないが、私としてはなかなかの逸材である異世界人はこのまま放置しておきたい。

次元列車を適当に説得してみようかしら。



「次元列車さん。佐藤翔のチートスキルを破壊して、駄目人間のまま元の世界に帰しても、それは駄目人間のままではないですか。元の世界へ帰すまえに、何とか力になってあげられないものでしょうか。」

「まぁ、それはそうですね。」



次元列車の心がぐらついている。

チョロいな。

ふっ。簡単に丸め込めそうだ。

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