第65話 空間を歪める無敵のパッシブスキル
城塞都市の運営に関する規定・規則によると、ギルド白翼が商業、ギルド紅翼が工業、ギルド紺翼が農業とそれぞれの役割が分担されており、重要な政策については3つのギルドが話し合い、物事を決めるように定められていた。
だが、近年は白翼が推し進めている重商政策が城塞都市へ莫大な利益をもたらし、その結果、白翼は民衆からの圧倒的な指示を得てしまい、紺翼の影響力は皆無な状態になってしまっていた。
酒場で聞いた話しによると、農家に生まれた飛燕は18才にして紺翼のギルドマスターに就任し、まず白翼との話し合いを行ったのであるが、その際にギルドマスターと主要メンバー達を殺害してしまったそうだ。
地下迷宮へ逃走し潜伏していたその飛燕が、私達の前に姿を現していた。
40m程度ある天井の地下迷宮には大きな湖があり、草原地帯が広がっていた。
少し冷たい風が足元の草を揺らしている。
天井の岩地から発せられる光が、迷宮内を昼間のように明るく照らしていた。
正面には、腰に刀をぶら下げ、ゆったりとした着物をきている男がこちらを見ている。
その者こそが飛燕である。
侍系のJOBであると見受けられるが、装備品は粗末なもので、小柄で線の細い体格をしており、高く見積りをしてもC級相当の実力だろう。
白翼のギルドマスター達を殺害したような実力者には見えないが、自信に満ち溢れているその瞳から察するに、特殊なスキルを所持しているものと推測できる。
飛燕と対峙し、腰の獲物を抜きながらジリジリ後退してきた勇者と強斥候も、同じような印象を受けているようだ。
「おいおい。あの飛燕という兄ちゃん。何人もの猛者達を殺した男と聞いていたが、全く迫力を感じねぇな。」
「身につけている装備品はペラペラの安価な物ばかりのようっす。確かに、いけていない農家の五男坊といった雰囲気っすよね。」
その言葉とは裏腹に、勇者と強斥候は顔を強張らせ緊張しているようだ。
それはそうと、もう一つ腑に落ちない点がある。
飛燕は大量に同族殺しをしているにも関わらず、神託が降りてくる気配が無い。
あきらかに不自然だ。
そう。奴は同族殺しをしていないものと判定されているようなのだ。
何かからくりがあるのかしら。
飛燕は腰の刀に触れることなく、腕組をしたまま淡々と戦う意思が無い事を伝えてきた。
「まぁ待て。俺には戦う意志は無い。」
「三華月。油断するな。あの飛燕という男。ダサイ格好をしているけど、何人も人を殺しているやつだ。」
「女にモテなさそうなあの男は、何人も手にかけている殺人鬼なんすよ。」
全く参考にならないアドバイスを頂き、有難うございます。
人の容姿を侮辱する行為は良くないし、飛燕も
貧相な装備品で固めている侍の男が、半笑いの表情を浮かべながら降伏勧告をしてきた。
「俺は無敵で世界最強だ。俺に降伏しろ。これは親切で言っているんだぜ。」
恐ろしいほどの上から目線な言い回しだ。
戦うつもりがない場合は、よく両手を上げてくるものであるが、腕組みをキープしている態度についても何か不自然さを感じる。
そう。降伏勧告をしているというよりも、挑発をしているように見えるのだ。
私としては、信仰心を稼ぐことが出来る案件でもないし、飛燕と戦う意思など元よりない。
だが勇者と強斥候については、その挑発にしっかり乗っていた。
「無敵だと。俺達を甘く見ているようだが、そんなこけ脅しは通用しないんだぜ!」
「本当にやれやれっすね。僕達に喧嘩を売って来るとはいい度胸っすね。」
私の背中に隠れながら飛燕に対して強気な態度をとる勇者と強斥候って、今更ながらに評価の下げようもないが、やっぱり残念な奴等だな。
俺達、僕達という言葉にも引っかかるが、まぁ気にするほどのものでもない。
飛燕の扱いについては、神託が降りてくる気配のない者を処刑してしまうと、逆に信仰心が下がってしまうだろうし、ここは放置させてもらおう。
本来の目的である四十九と月姫を探し出し、十戒をぶち殺す事を優先させてもらいます。
私の思いをよそに飛燕が腰の刀を抜き、更に挑発を重ねてきた。
「無敵である俺と戦う事を選ぶとは、何て愚かな聖女なんだ。だが、俺に従属すると誓うならば、助けてやってもいいぞ。」
降伏勧告をしつつ、何故か戦う気満々のようだ。
白翼で多くの者を惨殺し、私へ向けて刀を抜いているにも関わらず、飛燕討伐の神託が降りてくる気配がないのは何故なのかしら。
そのとき私は、全く使えなかった勇者を有効利用する方法を閃いてしまった。
背後の勇者へ視線を送ると、いちおう背中の大剣を構えている。
その私よりも背が高く体格のいい男の襟元をへ手を伸ばし、グイッと引き寄せた。
「何だ。俺に何をする気だ?」
勇者が、肉食動物に捕食された草食動物のような怯えた表情を浮かべ悲鳴を上げてきた。
あなたには飛燕の謎を解くために助力願いたいのだよ。
生命の危機を感じとり、必死に暴れ始めているがもう遅い。
信仰心で武装している私から逃れる術はありません。
問答無用で勇者を飛燕の方へヒョイと放り投げた。
「三華月。俺を放り投げるんじゃない!」
投げるなという懇願は、放り投げる前にするものだし、ビビッて握っていた大剣を手から離してしまっているのもどうかと思うぞ。
丸腰の状態で綺麗な放物線を描きながら、飛燕へ向かって落下していく。
飛燕の秘密を暴く使命を託したわけであるが、どうやら駄目のようだな。
役に立たない勇者って、本当にこの世界に必要なのかしら。
とは言うものの、放っておくわけにもいかないか。
私は運命の弓を召喚し、運命の矢をリロードする。
飛燕の右手に『ロックオン』を発動。
とりあえず刀さへ抜かせなければ、勇者は死ぬことはないだろう。
飛燕の意識は落下してくる勇者へとられており、ロックオンされていることに気がついてない。
威力を最小に設定し、狙い撃たせてもらいます。
――――――――――SHOOT
痛っ!
弓を放った直後、自身の右手に痛みが走った。
確認すると私の右手が何かに撃ち抜かれている。
信じがたい事に、今しがた撃ち放ったはずの矢が、私の右手を撃ち抜いたのだ。
その弾道も視認することが出来なかった。
スキル『ロックオン』も正常に機能している。
何故、私が撃ち放った運命の弓に、私の右手を撃ち抜かれたのかしら。
飛燕へ視線を移すと、地面に落下し転がっている勇者に意識を取られ、私が矢を撃ち放ったことを認識していないように見受けられる。
―――――――そして撃ち抜いたはずの飛燕の右手は無傷である。
この状況を生み出すことが出来るスキルが、アーカイブに記されていたことを思いだした。
私は飛燕を指差した。
「
飛燕の注意が、地面へ落ちて受け身をとりながら転がっている勇者から私へ戻ってきた。
その表情は、これまでのとぼけたものとは異なり、ピクピク引きつっている。
見る限りでいえば、『ミラー』の使い手で間違いないようだ。
背後にいた強斥候がスキル『ミラー』の効果について尋ねてきた。
「三華月様。そのスキル『ミラー』の効果って、何なんすか?」
「それは、空間を歪め、攻撃を仕掛けた相手に、その攻撃を反転させる伝説級のスキルです。」
「つまり僕が飛燕に斬りかかったら、僕が自分自身を斬りつけた事になるんすか!」
「そうです。その攻撃がそのまま自分へ跳ね返ってくる仕組みです。」
強斥候は驚愕している。
勇者はというと地面に落ちた衝撃で脳震盪を起こしながらも、危険から回避しようとこちらへほふく前進をしていた。
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