第65話 空間を歪める無敵のパッシブスキル
城塞都市の運営に関する規定・規則によると、ギルド白翼が商業、ギルド紅翼が工業、ギルド紺翼が農業とそれぞれの役割が分担されており、3つのギルドが話し合い、物事を決めるように定められていたが、近年は白翼が推し進めている重商政策が城塞都市へ莫大な利益をもたらしており、紺翼の影響力は皆無に等しい状態になっていた。
農家に生まれた飛燕は18才にして紺翼のギルドマスターに就任し、まず白翼のギルドマスターとの話し合いを行ったのであるが、その際に飛燕は白翼のギルドマスターと何人もの主要メンバーを殺害してしまっていた。
そして、地下ダンジョン内へ逃走を図っていた飛燕が、私達の前に姿を現したのだ。
腰に刀をぶら下げているところ見ると侍系のJOBであると見受けられるが、装備品は粗末なもので、小柄で線の細い体格をしている。
その姿からは、とても白翼のギルドマスター達を殺害したような実力者には見えないが、自信に満ち溢れているその瞳から察するに、特殊なスキルを所持しているものと推測できる。
飛燕と対峙し、腰の獲物を抜きながらジリジリ後退してきた勇者と強斥候も、同じような印象を受けているようだ。
「おいおい。あの飛燕という兄ちゃん。何人もの猛者達を殺した男と聞いていたが、全く迫力を感じねぇな。」
「身につけている装備品はペラペラの安価な物ばかりのようっす。確かに、いけていない農家の五男坊といった雰囲気っすよね。」
酷い言われようだな。
それはそうと、もう一つ腑に落ちない点がある。
大量に同族殺しをしていると聞いていたのだが、飛燕と対峙しても、神託が降りてくる気配が無いのは不自然だ。
何かからくりでもあるのかしら。
勇者と強斥候に前へ押し出されると、飛燕は淡々と戦う意思が無い事を伝えてきた。
「俺には戦う意志は無い。」
「三華月。油断するな。あの飛燕という男。ダサイ格好をしているけど、何人も人を殺しているやつだ。」
「女にモテなさそうなあの男は、何人も手にかけている殺人鬼なんすよ。」
ダサイ性格をした勇者と強斥候が、飛燕の容姿をださいと侮辱しているようだが、そういう行為は良くないし、飛燕も
勇者と強斥候からの言葉を聞いても気にしていない様子の飛燕は、半笑いの表情を浮かべながら、私達へ降伏勧告をしてきた。
「俺は無敵で、世界最強なんだぜ。俺はお前達へ親切で忠告をしてやっているんだぞ。死にたくなければ降伏しろ。」
恐ろしいほどの上から目線な言い回しだ。
降伏勧告をしているというよりも、挑発をしているのではないかと思える。
私としては、信仰心を稼ぐことが出来る案件でもないし、飛燕と戦う意思など元よりない。
だが勇者と強斥候については、その挑発にしっかり乗ってきていた。
「無敵だと。そんなこけ脅しが通用する相手じゃないんだよ。」
「やれやれっすね。その芋っぽい顔で無敵のはずが無いっすよ。無敵って言っていいのは、こちらの高貴な鬼聖女様だけなんすよ。」
私の背中に隠れながら飛燕に対して強気な態度をとる勇者と強斥候って、今更評価も下がりようがないけど、やっぱり残念な奴等だな。
勇敢な者なはずの勇者は、メンタルだけが駄目な方向へ強くなっているように思える。
さて飛燕の扱いであるが、神託が降りてくる気配のない者を処刑してしまうと、逆に私の信仰心が下がる可能性が高い。
私には飛燕と戦う理由がないということになる。
勇者と強斥候の言っている事は無視して、本来の目的である四十九と月姫を探し出し、十戒をぶち殺す事を優先した方がいいだろう。
私の思いをよそに飛燕が腰の刀を抜いてきた。
「無敵である俺と戦う事を選ぶとは、何て愚かな聖女なんだ。だが、俺に従属すると誓うならば、助けてやってもいいぞ。」
降伏勧告をしつつ、何故か戦う気満々のようだ。
刀を抜いた時点で、私の正当防衛が成立したはずなのだが、やはり飛燕討伐の神託が降りてくる気配がない。
戦うにしても、その謎を解いてからの方がいいだろう。
私の背後にいた勇者を片手で捕まえて、グイッと引き寄せた。
「何だ。俺に何をする気だ?」
勇者が、肉食動物に捕食された草食動物のような怯えた表情をうかべながら悲鳴を上げてきた。
今まで、ほとんど役にたったことがない勇者に、飛燕の謎を解くために助力願いたいのだよ。
力の限り暴れている勇者を、問答無用で飛燕の方へヒョイと放り投げた。
「まずは
「三華月。俺を放り投げるんじゃない!」
放り投げられてしまった後に、投げるなと懇願しても無意味だと思うし、そんな事を言う暇があるなら背中の大剣を抜けばいいのに。
あの馬鹿、駄目だな。
このままだと、飛燕に素手の状態で接触してしまう。
本当に役に立たない勇者だ。
やれやれ。助けてやるしかないか。
私は運命の弓を召喚し、運命の矢をリロードさせ、飛燕の右手に『ロックオン』を発動する。
飛燕を殺してはいけない縛りがあるものの、とりあえず刀を抜かせなければいいだろう。
威力は最小に落とし、引き絞った弓を解放させた。
――――――――――SHOOT
痛っ!
弓を放った直後、右手に痛みが走った。
確認すると私の右手が何かに撃ち抜かれている。
信じがたい事に私が撃ち放ったはずの矢に、私が撃ち抜かれてしまったようだ。
撃ち抜かれたはずの弾道も視認することが出来なかった。
スキル『ロックオン』も正常に機能している。
何故、私が撃ち放った運命の弓に、私の右手を撃ち抜かれたのかしら。
飛燕へ視線を移すと、放り投げて地面に転がっている勇者に意識を取られており、私が矢を撃ち放ったことを認識していないようだ。
―――――――そして撃ち抜いたはずの飛燕の右手は無傷である。
この状況を生み出すことが出来るスキルが、アーカイブに記されていたことを思いだした。
私は飛燕を指差した。
「
飛燕の注意が、地面へ落ちて受け身をとりながら転がっている勇者から私へ移った。
その飛燕の顔は、これまでの余裕でとぼけたものとは異なり、ピクピク引きつったものである。
これは図星なのでしょうか。
勇者を放り投げた行為を見て大きく距離をとっていた強斥候がスキル『ミラー』の効果について尋ねてきた。
「三華月様。スキル『ミラー』の効果って、何なんすか?」
「空間を歪めて、攻撃を仕掛けた相手に、その攻撃をパッシブで戻す効果がある伝説級のスキルです。」
「つまり僕が飛燕に斬りかかったら、僕が自分自身を斬りつけた事になるんすか!」
「そうです。その攻撃がそのまま自分へ跳ね返ってくる仕組みです。」
強斥候は理解がなかなか早い。
勇者はというと地面に落ちた衝撃で脳震盪を起こしながらも、危険から回避しようとこちらへほふく前進をしていた。
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