第28話 虎の威を借る狐

白銀色に輝いていた月が沈みかけ、東の空が深い藍色から朱色に変化していく時間を迎えていた。

時おり吹く風に葭ヶ谷邸を囲む森全体が揺れている音が聞こえてくる。

藍倫の活躍により思い描いた企みは阻止されてしまい、その結果亜里亜は救われた。

私の謀略よりも藍倫の徳の方が上回っていたという事なのだろう。


庭園を埋め尽くしている機械兵達は逃げることなく沈黙し動かない。

新しいマスターとなった鋼色の機体を置いていくことが出来ないからだ。

足元で転がっている鋼色の機体は、片手と両足を失、現存しているボディーには亀裂が入りピクリともしていない。

いつ死んでもおかしくない状況だ。

もう使い道がないですし仕方がない。

鋼色をお返しして差し上げましょう。

ほらよ、と動かなくなっている鋼色を雑に蹴り飛ばしてみると、小さな機械兵が壊れた人形のように宙へ浮かんでいく。

あああ。これはこのまま落下したらバラバラのなるんじゃないかしら。

機械兵達が突然の出来事に慌てた様子で一斉に動き始め、最も近い位置にいた個体がギリギリのタイミングでダイビングキャッチをした。

チッ。うまく受け取ったか。

まぁいい。一応、立場的に警告だけはしておかなければならないか。



「地上世界の生体系を破壊しないことを条件にあなた達を地上世界へ迎え入れました。その約束を違えてしまったこと、今回はこれで手打ちにして差し上げますが、次はないと心に刻んでおきなさい。」



機械兵達が、波が引いていくように一斉に散開を始めていく。

藍倫を見ると、亜里亜に対し人の道を説き続け、その後5人の使用人と帝都に戻るための打ち合わせを滞りなく行っていた。

さすが藍倫だ。

あとのことは全て彼女に任せておけば大丈夫だろう。

亜里亜については、今後は藍倫を目標にして聖女を目指すそうだ。

死霊王には、今後、教会の要となると思われる藍倫を警護するように命じておいた。

そして藍倫が旅の別れの挨拶をしてきていた。



「うちと黒マントが機械兵達に捕縛され、三華月様が鋼色の機体を踏み付け片手を粉砕した時は、見捨てられたのかと思ってしまいましたよ。」

「あの時の事ですか。私が藍倫を見捨てるはずがないじゃないですか。なにより信仰心を下がってしまう同族殺しに繋がる行為を、するはずないじゃないですか。」



探りを入れてきたふしがある藍倫が、私からの説明に納得した表情をしている。

今となってはいい想い出だ。

うまくやれば信仰心をもっと獲得できていたようにも思うが、もう終わってしまったことだ。

全身を黒マントで覆い隠している死霊王が、何気ない感じで藍倫と交わしていた会話へ参加してきた。



「捕まってしまった私達の姿を見た三華月様が、『南無阿弥陀仏』と呟いた時。私もこれはヤバイかもしれないな、と思いました。」



それは冗談で口にした言葉だ。

私の口の動きを読んでいたのか。

そう言えば死霊王は、スキル『千里眼』の持ち主だった。

だが、死霊王の余計な一言に藍倫の瞳がキラリと光っていた。



「おい。黒マント。それはどういう事じゃ。詳しく説明しろ。」

「はい。藍倫様と私が機械兵に人質にされた時、三華月様が呟いた言葉です。」

「お前はアホか。そんな事は聞いておらんわ。うちはその言葉の意味・真意を聞いておるのじゃ!」

「中途半端で申し訳ありません。」

「謝らんでええから、うちの質問に早う答えろ!」



藍倫。あなたがパカスカと頭をどついているそいつは、超S級の骸骨だよ。

まぁ、反撃する様子がないから放置していても問題なさそうなのだけど。

痛覚がないはずの死霊王が殴られた頭をさすりながら、藍倫へ自身が思っている事を話しはじめた。



「状況から察するに、三華月様は藍倫様を見捨てようとしたものと推測します。」

「おおお。そうか。やはりそうだったのか!」



藍倫の私をチラリと見上げたその顔は、物凄い悪人顔になっている。

そしてやや肥満体型の体をグイッと寄せてきた。

嫌な予感がして仕方がない。

そして笑顔でたわむれるように肩パンチをいれてきた。



「うちは三華月様に何も言えない立場ですが深く傷つきました。うちに誠意を見せて下さい。」



その肩パンチは、戯れているつもりでやっているのかもしれないが、やられている方からすると精神的に苦痛を与える駄目な行動だ。

何も言えない立場なのに、誠意を見せろと恐喝めいたことをしてくるのか。

だが、誠意を見せろという要求は、脅迫や恐喝に該当しない。

こういう時は冷静に対応しなければならない。



「承知しました。それではどうしたらよろしいのですか。」

「そうですね。それではここに三華月様の加護を刻んで下さい。うちは、現在帝都第5位の聖女なんですが、もっと偉くなって楽がしたいのですよ。大司教の教祖より偉い、三華月様の後ろ盾が欲しいのです。虎の威を借りる狐の狐にうちは成りたいのですよ。」

「はぁ。虎の威を借りる狐ですか?」



聞き返した言葉に、何故か死霊王が反応してきた。

ズリズリズリっと、身を乗り出してきている。

フードの奥にある見えない瞳が輝いているような気がする。

何かに引っかかってしまったのかしら。



「三華月様。中途半端な私ですが『虎の威を借りる狐』の意味を説明させて頂きます。」



そのことわざの意味くらい知っていますよ。

面倒くさい骸骨だ。

藍倫の方は悪代官のような不適な笑みを浮かべている。

何を想像しているのだろう。

そもそもであるが、教会で立場が高位になればばなるほど、楽が出来なくなると思うのだが分かっているのかしら。

だが、藍倫の技量なら偉くなっても問題ない。



――――――これで、藍倫の章はENDです。

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