困った時のジンジャー頼み

ゆりえる

第1話 何故に、家を知っている?

 春一番が吹く頃、どんなに予防していても、自分、草西くさにし徹人てつひとは、1~2日くらいダウンするような風邪を引いてしまう。


 先週、同僚達の数人が休み、風邪の流行のピークを迎えていたが、自分がかかるのは、毎年そのピーク時を少し過ぎた辺り。

 朝起きると、喉の痛みと咳と悪寒がセットになって襲いかかって来た。

 発熱してそうな予感がして熱を測ると36.5度で、自分にしては平熱だったから、取り敢えず出勤した。


 ところが、会社内は暖房で乾燥し、喉が余計に痛み、元々、喘息の気が有る自分は、のど飴や持参したポットのお茶で喉を潤して誤魔化そうとしても、咳が止まらなくなって来た。

 咳をする度に、周りから怪訝そうな視線を向けられ、気のせいか悪寒もますます酷くなり、我慢して居続けるのも限界を感じられた。

 有休も特に使う予定無く沢山余っているし、急ぎの仕事だけ片付け、早退する事にした。


 電車は、生憎と混んでいて座る事が出来ず、普段なら、吊り手などに掴まらなくても体勢を崩す事など無いが、今日ばかりは、吊り手をしっかり掴んでも、フラフラとして電車に揺られるままになっていた。

 きっと、周囲からは、軟弱な男に見られていたに違いない。


 あれっ、こんなに遠かったっけ......?


 乗り物から降りると、家までの道のりが、いつもの何倍もの距離に感じられながら、たどたどしい足取りでやっと家に辿り着いた。


 家に着いて、取り敢えずソファーに倒れ込んだ。

 全身がだる過ぎて、悪寒をガマンしていたせいか筋肉痛も感じられ、何もせず、このまま寝入ってしまいたい心境だった。

 30分くらい経過した時に、ソファーに寝ているせいで、身体も伸ばせなくて痛くなったのと、何も上に羽織らないまま倒れていたから寒気を感じ、このままでは風邪が悪化しそうで、サッとシャワーを浴びた。

 髪と身体をタオルで拭き、下着だけ身に付け、パジャマは省き、ベッドに入った。


 やっと、眠れる~!


 ベッドに寝転がる事の幸せさを久しぶりに実感させられた。

 さあ、たっぷり寝よう!


 やっと焦がれ続けた時間が来たわりに、なかなか寝付かれない。

 

 それもそのはず、昼食を食べずに早退し、既に2時を回り、空腹だった。


 起きて、冷蔵庫まで行ったものの、中は自分の腹と同じように空っぽ。

 こんな事なら、途中でコンビニとか寄って、弁当でも買って来るんだった。


 買い置きして有るのは、賞味期限間近の醤油味のインスタントラーメンだけ。


 インスタントラーメンか......


 こんな体調だけど、空きっ腹のせいか、食べたい気持ちは十分ある!

 ただ、栄養が無いし、こんな体調の時に食べるのもな~。

 第一、咳が出やすくなっているから、麵をすすったら、咳き込んで喘息になりそうだ。


 元恋人の沢地さわじ実眞みまに、食料調達をお願いしようか?


 でも、もう俺の為に動くような事はしてくれないかも知れないし、新しい男もいるかも知れないし......

 お願いして断られた時のショックを考えると、そのまま大人しくインスタントラーメンを食べておいた方が、まだマシかもな......


 そう思い、雪平鍋にお湯を500㏄くらい目分量で入れて火を点けた時だった。


「ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!」


 けたたましくベルが鳴った。

 まさか、実眞だろうか?

 部署は違うが、俺が早退した事は実眞の耳にも届いているかも知れない。


「はい」


 テレビドアホンに出ると、画面に映っているのは、会社の後輩女性の保崎ほさき亜純あすみだった。


「保崎です。草西さんが具合悪くて早退したそうで、心配で」


 思いがけなかった保崎の訪問に、思考回路がいつもより遅くなってはいるものの、まず疑問が湧き上がった。


「保崎さん、どうして、ここが分かった?」


 かつて、ここに、この後輩を連れ込んだ覚えなどは無い。

 保崎は、俺の直属の部下では無いし、飲み会でも接点は無かったはず。

 飲み会で多少、泥酔した事が有っても、その辺の記憶は定かだ。

 それに、つい最近まで、俺は実眞と付き合っていたし、この家にはよく彼女がやって来ていた。

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