第348話 新たなる亡者の目覚め
悩みは多いけれど、やるべきことも多い。
魔物はホクレンに大規模攻勢をかけそうだが、それも確定の情報ではない。防衛拠点としての整備、探索エリアの拡大、ホクレンへのサポートに、助力依頼の対応。ついでにこっちの思惑を反映させるための根回しに、魔物に対抗するためのレベル上げ。
やらなければ成らない事はたくさんあった。
「俺が不在の間の指揮はコゴロウに。緊急の場合は、予定通りに旗と文書で」
合流したアルタイルさん経由で、オーランド司祭からお呼びがかかった。冒険者ギルドにも呼ばれているようなので、直接顔を出す必要がある。
「マラソンも久しぶりね」
ホクレン行きは俺とタリアの二人。集落に人手が足りていないから、最少人数での移動になる。
俺のINTを用いても、
村には転職像が無いが、ホクレンでは転職可能なので、何かあった場合は俺が死霊術師かその上の3次職に成って飛べば数分で戻る事が出来るはず、ということでこの配置だ。
「だねぇ。それに何気に二人旅は初めてか」
アインスから王都に行った時は護衛がの二人が居たし、その後はアーニャとバーバラさんが加わった。
「旅って言っても、一泊二日の隣の戦場じゃ情緒が無いわ」
「冒険者の宿命だね。行こうか」
飛行船を送り返してしまってメルカバーの素体すらない今、移動手段は
道はそんなに良くないが、あるだけマシ。タリアのステータスも高くなっていて、30キロの道程も1時間掛からずに走り抜ける事が出来た。
王都に行く途中ではタリアを背負って走ったことを考えると成長を感じるな。
街の入り口では軍や冒険者と思われる一団が行き交っている。
分水地を攻めていた亀が居なくなり、回復した負傷兵が戦線に戻って、防衛ラインを街から一つ外に広げられたためだろう。
入場の手続きを終えて、軍に捕まる前に冒険者ギルドへ。頼まれていたエンチャントアイテムを渡して、そこからオーランド司祭に取り次いでもらう。
「お久しぶりです」
「まだ数日ですよ。そちらは?」
「
タリアが頭を垂れると、オーランドさんはこれはご丁寧にと礼をする。
めったに見せることが無いけど、タリアの礼がザースの女性式。それに答えたオーランドさんが教会式だな。二人とも様に成っている。
……俺はいつも冒険者の略式を使ってのだけど、こうしてみると所作の美しさには差を感じる。クロノス式の礼くらい使いこなすようにした方が良いのだろうか。
「それで、お話しいただいた引き合いが多数、それもかなり強い催促できており増してですね。あまり抑えられそうにないというのがお呼びだてした理由でして」
「どれくらいです?」
「既に100を超えております」
「……口コミですよね?」
「はい。葬儀は基本的に教会が取り仕切らせていただいておりますので、問題の無さそうな方に片っ端から声をかけるとそれくらいは。今は火葬の燃料やMPも節約している状態ですので」
「……わかりました。取り掛かりましょう」
オーランドさんに頼んでいたのは、今回の戦争で亡くなった人の親族やパーティーをメンバーとの仲介だ。戦場で討ち死にした人たちの亡骸は、アルタイルさんをはじめとする亡者組が回収してくれていたが、それとは別に救助されたのち亡くなってしまった方たちへの繋ぎをお願いしていた。
「また亡者を増やすの?」
「増えるかどうかは当人たち次第。でも、出来ることはやる」
クーロンの転職神殿なら
教会の施設を借りて復活の儀式と交渉だ。
「それから、今滞在されている村の村長に接触してみました」
教会へ向かう道中、もう一つの頼み事も耳打ちされた。
「……どうでした?」
「あまり腹芸の出来るタイプではありませんね」
「……わかりました」
俺達が石切り村に居座って拠点化しているのは、クーロン軍には伝えていない。
多少は伝わって入るだろうが、そこまで重要視される拠点では無く、村長のような人材も居ないとの判断からスルーされている。
元村長が口の堅い人物なら、こっそり連れ帰って村を守る結界を復活させたかったのだか……そちらは東に逃れた狂信兵団が連れている難民に期待しよう。村長や町長の一人や二人は居るだろう。
転職神殿に向かい、
教会の一室を借りて、
「希望が無かった場合でも、火葬はせず地下に保管してあります」
「ありがとうございます。そちらは少し落ち着いてから。未成年も同じくです」
「順番はどうされます?」
「交渉対象が両親で、比較的若い人。可能であれば女性が良いですね。教会に詰めている他の希望者がこっそり覗けるように、それとなく誘導を」
「わかりました」
「タリア、申し訳ないけれどまた頼める?」
「構わないわよ。そんな顔しなくても、私の腹は決まってるから心配しないで」
教会の小聖堂に亡骸を運んでもらうようお願いして、俺は死者の両親が居るという小部屋に向かう。
鎧の上からアインスのタバードを羽織り、ヘルメットは付けたまま。軍にどんないちゃもんを付けられるか分からないから、出来るだけ根回しの間は名前と顔を出さない。
部屋に入ると、疲れた表情の男女がいた。この世界の年齢なら、おそらく30代前半くらいだろうか。地球だと40過ぎに見える、黒髪の人間族だ。
「苦境にあえぐ信徒に神の慈悲を。仮面をつけたままの無礼をお許しください」
「!……貴方が!?」
そう声をかけると、二人は泣きはらした顔を上げ、血走った眼をこちらに向けた。
「娘をっ、どうか娘を生き返らせてっ!」
「まだ16になったばかりなんですっ!予備兵で、本当は内勤のはずだったのにあんなっ!」
二人の顔色は悪い。戦いが始まって、激化したのは俺達がたどり着く少し前らしい。
彼女はそのころに亡くなって、亡骸が回収されたのは俺達が亀を倒した後だそうだ。
「落ち着いてください。申し訳ありませんが、初めに申し上げておきます。……生き返らせることは、今の私には出来ません」
「っ!しかしっ!……あの方は確かにっ!」
「アルタイルさんにお会いしたのですね。確かに彼は、見た目上生きているように見えます。けれどあくまでそれは仮の物。身体は冷たく、食事をとる必要は無く、子をなすことも無い。自らの意志で肉体を動かせていたとしても、それは不完全な存在です。ご理解いただけますか?」
「っ!それでもっ!」
「ええ、そう思われるのも無理はありません。……彼女に、彼と同じように仮初の命を吹き込むことは可能です。けれど、お聞きいただいている通り、代償は必要です」
「……お金ならっ、何とかします! 蓄えはそう多くありませんが、それでもっ!」
「いえ、お金は不要です。……代償は、彼女の下でお話しましょう。こちらへ」
足元のおぼつかない母親を二人で支えながら、小聖堂へと案内する。
小さなホールの中央には、簡素な寝台の上に一人の亡骸が横たえられていて、その横にはオーランド司祭とタリアが控えていた。
それを見て、母親は膝をついて泣き崩れた。
「こちらへ。直視はお辛いでしょうが、それが代償の一つでもあります」
俺が何を求めるかは、オーランド司祭には話してある。その考えに同調してくれたから、彼はこの仕事を引き受けてくれた。
その女性の亡骸は、頭が割れて顔の半分が無くなっていた。
腹には穴が開き、手足も折れていたらしい。タリアが身を清めてくれているので、服の上から分かる外傷は頭の傷ぐらいだ。
「まずは外傷を直します」
……思った以上に素材を消費するな。ぱっと見は分からないが、肉体の腐敗が始まっているせいか。
「ああ、ああっ!メイ!メイちゃんっ!」
修復されたその姿を見て、母親が縋り付く。
……最後の別れの前に、亡骸の修復サービスを提供するだけでも成立しそうだな、と頭をよぎったのは良くない傾向だ。
「これから彼女の魂を修復された肉体に呼び戻します。ただし、呼び戻せない場合もあります。正確な理由は分かっておりませんが、彼女がこの死を受け入れて戻る気が無いのであれば、戻らないのだと私は考えています」
確証はないが、神が作ったスキルは本人の意思を無視して死兵を生み出しはしないだろう。
「それから、あなた方が払う代償についてです」
「っ!……なんでしょう?」
「覚悟を。彼女が自らを亡者とすることを受け入れられず、土に還ることを望むなら、私はあなた方がどんなに願っても、もう一度彼女を殺します」
「っ!!」
「逆に彼女がたとえ血の通わぬ亡者に成ってもこの世を望むなら、あなた方がどんなに否定しても、私は彼女を現世に留めます」
選ぶのは当人だ。
これはウォールの戦いで亡くなった人たちに、
「っ!この子が生き返るならっ!私たちがそれを望まないなんてっ!」
「自らの子を不死の化け物にしたと蔑まれるかもしれませんよ」
「!!」
亡者として生きることが幸せとは限らない。本人が望むなら、ココから遠くの地で同じ仲間たちと生きる術を与えられるだろう。ただ、それは彼女の家族の幸せと繋がる物では無いかも知れない。
だから復活を望む人々には問うのだ。本当に良いかと。
……望まない人々はスルーして、勝手に当人に訊くつもりなので、まぁ、余興みたいなものだけど。
「……はい、大丈夫です」
「……ああ。私たちは、リンメイの意志を尊重する。ただ、もう一度、娘の声を聴き、言葉を交わしたいだけなのだから」
その言葉を聞いて、オーランド司祭がうなづく。
聖堂にある複数の扉からは、こちらの様子を見ている人々の視線が感じられた。……さて、それではやりますか。
「……汝の成した功績を、再びこの地に再現せよ! 今一度、汝はここに在る!……
……スキルは発動した。
彼女はすぐに目を覚ますした。死後硬直は解けていて、驚いたように身を起こした。……若干の違和感はあるだろうが、言葉を交わすのに問題はないだろう。
「っ!」
「リンメイっ!!」
二人の叫びは涙にぬれて、しばらくはまともな言葉になる事は無いだろう。
目を丸くする彼女に向けて、俺はこっそりと告げる。
『リンメイ・ミンさん、残念ながら貴女は亡くなりました。ようこそ、2度目の現世へ』
生前、駆け出しの神聖魔術師であった彼女は、後に亡者の一団に加わることになる。
他の多くの、死してなお現世に在らんとする者たちと共に。
ただ、今は自らを抱いて涙を流す両親に戸惑うのみである。
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ウォールの時には省略した亡者加入の一幕です。
現在5話まで公開中のスピンオフ、アーニャの冒険もよろしくお願いいたします!
アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~
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