第346話 時を待つモノたち

□ホクレン北西部・深い森の中


「ずいぶんと好き勝手にやられておる様じゃのう」


月明りすら刺さぬ暗闇が支配する深夜、ソレは人がめったに足を踏み入れぬ森の奥で、せり出した岩山の裂け目からなる洞窟に向かってそう声をかけた。

周囲に生き物の存在は認知できない。そこに居るのは生き物では無いのだから、ある意味当然かもしれないが。


『ほねがきたよ』『うまそうだ。くっていいか?』『いや、ほねじゃないだろ』『死人だ死人だ』『よそ者だ!』


始めはささやくような声が、すぐにざわめきに変わる。


「ええい、鬱陶しいのう。一人だけ喋らんか」


人間であれば潜在的な恐怖を感じざる負えない闇の中。フード付きのローブを被ったソレの表情は読めないが、口調からはただあきれたような雰囲気が感じられた。


『……北の使いが何の用だ? 守りに駆り出されたのではなかったのか』


洞窟の中に居る巨大な何かが、わずかな身動ぎ共に首をもたげた。


「なに。伝達役じゃよ。夜は儂の方が速いからのう。それに、ちょいとゆかりもあっての」


『……最近うわさに聞いていた、極めし者マスターの事か?』


「なんじゃ、知っとったのか」


ソレは山脈を越えた向こう側、クロノスにいる魔物たちからの報告で、空飛ぶ船に乗ってやってきたのが自分とも少なからず因縁のある相手だと知って、わざわざ連絡役をかって出たのだった。


『部下が交戦した』


「むふ。倒せたのかの?」


『いや、撤退だ。一対一ならともかく、竜殺しの賢者と手を組まれた状態では分が悪いと判断したそうだ』


「む……バノッサ・ホーキンスか。そう言えば、あやつは竜殺しの弟子だという話もあったのう」


『他にも一人、3次職と思しき太刀使いが居たそうだ』


「なるほど、儂らクラスでなければ正攻法は無理じゃろうな」


『……お前なら正攻法で行けると?』


「具門じゃな。儂は正攻法で戦った事なぞないぞ」


『……とんちは好まぬ。何か有益な情報は?』


「あの空飛ぶ船は東の島国で開発されたらしい。経緯までは判らんが、今の所は数が無い。あれが飛び回る心配は不要じゃな」


『朗報だな。イーヴォにでかい顔されずに済む』


「それから、どうやらあやつは儂と同類に進んだらしい」


『……お前と?……死霊術師か』


「うむ。お前さんがモーリスを落とした直後ぐらいに、シガルダの境界に居た部隊がウォールを攻めた。この際にルサールカの部下が接触を試みておった」


『話が合わんな。戦った部下は魔術師殺しだ。二刀の前衛だったと聞いたぞ。想定される力量と一致しない』


「すっかり忘れておったのじゃが、エリュマントスの奴が持っていた【とばりの杖】を奪われたようじゃの。大方、それでレベルを上げているのじゃろう」


『……始末書は書いたか?』


「書かねばなぬ当人は座に還っておる」


『そうだったな』


「年末に東の群島に拠点を作っていた信徒が本国に帰還した。その一件にも絡んでいるようじゃ。要注意人物だと報告が上がっておったらしい」


『アインスからヒンメル、ウォールでの戦いを経て東群島。そしてこの戦いか? 名を上げてまだ一年もたつまい。ずいぶんな戦闘狂を生み出してくれたものだ』


「何の因果化わからんが、話を総合すると少なく見積もっても2次職後半、もしくは3次職前半の能力はある。杖が使えているなら、周囲の仲間も2次職以上じゃろう。アース商会とやらがさばいている封魔弾なるものの所為で、人類側のレベルは右肩上がりじゃ」


『南北が分断できなければ、押し返されるリスクは拭えぬ。……想定では3次職相当は1ケタと見立てていたが、倍は見るべきだな』


「手を貸すかの?」


『……不要だ。こちらにお前の兵が出れば、南の師団がホクサンに攻め込むだろう? 幸いにも、自領拡大のために一度落ちてくれて構わないと思っている為政者馬鹿どもが多数いるのでな。増援はそいつらだけだろう』


「東に出来た拠点はどうするのじゃ?」


『やる気がある部下が何体か居る。イーヴォも一枚噛むつもりでいるらしいからな。任せる。戦闘狂の情報はそいつらに渡せ。それで十分だ』


「それはホクサンに向ける戦力が足らんのではないか? 今回は大亀はダメだったのであろうに」


『問題無い。占領ではなく滅ぼすだけなら、『俺』『儂』『僕』『私』『自分』『某』『朕』『我』……だけで十分だ』


「……それは何とも不幸な事じゃな」


ローブのソレは肩をすくめると、『それならば任せる』と言って、ゆっくりと影に溶けていく。

それを見送って洞窟の中のソレはまた身を横たえる。今はまだ動けない。戦いの時まで……その身を横たえて待つのだった。


………………。


…………。


……。


□石切り村跡地


もぬけの殻となった石切り村を奪還した翌日、空が茜色に染まり始める頃、予定より東寄りのルートを通って飛行船が到着した。


『着底確認。ようやくついた~』


運転していたアーニャの叫びが念話で伝わって来る。


『お疲れ様。大きな問題は無かったようだね』


『ワタル!数日だけど久しぶりだな!雲の中突っ込んだ時にはどうなるかと思ったけど、何とかなったぜ!』


……どうやら、前回ほど楽な旅では無かったようだ。


『はいはい、積もる話は後にして、荷下ろしをしちゃいましょう。鳥がこっちを探してるわ。言われた通り商会の技師もサポート連れて来たから、指示を頂戴』


『了解。コゴロウは積み荷の保管場所に支持を。タリアは魔力の安定化と周囲の警戒をお願い。俺は飛行船を送り返す』


村のはずれで日が暮れるまでの1時間、不思議な踊りを踊るのだ。


「ペポナッ!」


そう声を上げた時には、地平の向こうに沈みきった後だった。


「太陽が出ていないと魔素がコントロールし易いなぁ」


「そう言う物なの?」


「ノイズが少ない感じ。すべての事象は魔素へのノイズになるのは間違いないね」


今回は空中に光の魔法陣を描き、飛行船を送り返す。

ここは戦地なので、受送陣を残しておきたくない。すぐに再召喚出来ないけれど、致し方なし。


それから残り時間でポータブル受送陣を一つ作成する。

素体は既に作ってあるので、転送酔いの原因となるノイズを減らす作業と受送陣間の接続を行えば使える。これを設置しなおすことで、多少は酔いを軽減出来るだろう。


「……はい、時間切れ」


「お疲れ様。……何度見ても悲しくなる技よね」


タリアに渡していた太刀とヘルメットを受け取って、小脇に抱える。


「意志通りに魔素を扱えるようになるのは凄いんだぞ。戦闘では使えないけど」


「それは知ってるわ。……精霊使いに成って、魔素の精霊に同じことを頼むのはダメなの?」


「話を聞く限り、精霊同化が出来ればいけるかもしれないけど……できるようになった?」


「……ちょっとだけね。まだ本気で使ってないから、どうなるかは分からないわ」


それは怖いな。タリアの使う技術はなぜか超火力になる傾向があるから、長に相談した方が良いかも知れん。


「多分俺がそれをやろうとする半年以上修行時間が必要かな。なので、キミに任せた」


きっとタリアが受送陣の勉強をする方が速い。


「……あんまり期待しないでね。私、バーバラみたいに回路どうこうするのは苦手みたい」


……うん、なんとなくそんな感じはしてる。

タリアは共感力は高いけど、いわゆる理系っぽい技術は苦手なようだ。対話で詰めていくタイプだからかな。


「……戻りましょうか。お腹が減ったどぼやいてるのが居るわ」


「千里耳?」


「感かしら。あるいは精霊の囁きね」


ふむ、それはまた催促がうるさそうだ。


……だけどその前にやらなきゃいけない事があった。

周りに人が居ないし、ちょうどいい。


「タリア!」


「ん?……どうしたの?」


「……隷属紋の解呪をするぞ」


ずっと先延ばしにしてきたそれを彼女に告げるのだった。

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現在5話まで公開中のスピンオフ、アーニャの冒険もよろしくお願いいたします!

アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~

https://kakuyomu.jp/works/16817139559087802212

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