第13話 皇子の憂鬱

「ちなみに、ハディス王国から貴賓は来ているか」




「ソイツってハディスの貴賓なの?」


口の中のものを、どうやらいっきに飲み込んだらしいリュクスに、ヒューゴは面食らう。


曲芸でも見ている気分だ。




「多分な。ハディスの王女がいる宮殿側からきた。後宮に出入りできるってことは…家族、親戚ってところか?」




答えたヒューゴに、リュクスが立て続けに質問。


なんだ、ある程度の情報は得ているんじゃないか、と言った風情。




「悪魔の…いや、悪魔が被った皮の特徴は?」






「銀髪碧眼、若い男」






とたん、リュクスの顔から、表情が消えた。


リカルドの表情も鋭くなる。






ただし、それは本当か、といちいち確認をしてきたりはしない。




ヒューゴはそんな嘘をつかないと、皆知っている。






「貴賓の中でも最高位の男がそんな外見だね」


呟くリュクスの声は、淡々。


「ふうん、誰だよ?」




尋ねたヒューゴに、リカルドが言った。










「その方は、ハディスの姫―――――皇妃フィオナさまの兄君であらせられます」










普段より低い声。




ああ、それは、








「―――――確認は必要だけど、本当だったら問題だな」








事態は深刻だ。ヒューゴはようやく理解した。












フィオナの兄ということは、ハディス王国の王位継承権を持つ人間。


ヒューゴは今、その人物が既に死亡し、中身が悪魔だと言ったわけだ。




にわかには誰も信じない話だろう。












誰が何を仕掛けようとしているのかは分からないが、あとのことはこの場にいる帝国の首脳部に任せるほかない。


(悪魔が召喚されたのなら、ハディスの魔塔が関わってるんだろうけど)




思惑までは、ヒューゴは察せなかった。


気を取り直して尋ねる。






「そういや最近、フィオナ…さまの様子はどうなんだ?」






銀髪に空色の瞳の、出会った時から凛々しい王女を脳裏に思い描きながら、ヒューゴ。


「この間は、身を寄せるふりをして、僕の喉元を簪で突こうとしたな」




リヒトがけろりとして言うのに、リカルドが噎せた。リュクスが遠い目になる。ヒューゴは明るく笑った。






「ああ、なんだ、いつも通りか」














フィオナ・ハディスは敗戦国の王女だ。


祖国に捨てられたようなものだと言って、捨て身でリヒトに襲い掛かった。


武に秀でたわけでもなければ、鍛えられたこともない、所詮は姫の身である。




あっさりとリヒト自身に取り押さえられたわけだが。






―――――か弱そうな外見をしながら、彼女は一度も、折れたことがない。






ヒューゴはそんな彼女が好きだし、リヒトもフィオナを気に入っているのは間違いなかった。


ただしリヒトの場合は、彼女を活きのいい玩具と思っている節がある。とはいえ。




二人の間に、皇子ディランができてからは、フィオナは少し変わった。


家族ができた皇宮を、守るべき場所として認識したようだ。






元々は情の厚い女性である。






よって、オリエス皇族への敵対者に対しては容赦ない対応を取る。


そう言ったことの話となると、リヒトとフィオナは息の合う相棒と言った雰囲気だ。




男と女の関係というには、残念ながら、殺伐としすぎているが。


二人の間にできた皇子にとっては、フィオナはいい母で、リヒトは尊敬し、仰ぎ見るべき父であるようだ。














今朝の、ディランとのやり取りを思い出したヒューゴは口を開いた。


「今朝方大量のシーツをまとめて洗濯してたらいつの間にかディラン皇子殿下が一人で来てさ」




「フィオナ皇妃の御子ですな」


リカルドが頷くのに、そうそう、とヒューゴはため息。




「こう言うんだよ。母上が父上を殺そうとしているって悪口を言われるから、誰とも一緒にいたくないって」




皇宮内の噂など、数多あるのだ。消えては現れ、現れては消えて。




気にするだけばからしいというもの。


ただそれに、無垢な子供が騙されるのは哀れだ。


とはいえこの場合は、悪口も何も、誰も何一つ隠していない赤裸々な事実というだけだ。




(…考えてみれば、皇子の態度はおかしいな?)




子供には飲み下し難い事実とは思うが、今更の話でもある。


何か、いつもの噂が気になってくるような、いつもと違うことがあったのだろうか。




リヒトがしずかに言った。






「実際、あれはハディスの刺客だ。初夜、僕を殺そうとした。今も殺意はある」






平然と食事を続けながらの台詞に、ヒューゴは苦い気分で呟く。


「…知ってる」




誰も言いはしないが、公然の事実だ。




ただ、改めて子供がああも落ち込むとは、もっと何か別の事態が起こったのかと思っただけだ。


どうも、この様子から、そういうことはないらしい。


じゃあなんだろう?




考えに沈みかけたヒューゴに、




「ねえ、ヒューゴ。聞いていい?」


リュクスが改まった態度で手を挙げた。




ヒューゴに、である。










珍しい。












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