第4話 贈り物を求めて。
東海岸駅からモノレールに乗って、那覇空港駅方面へ。途中にある、久茂地駅で降りて徒歩二分。そこにあるのが、沖縄で唯一残る老舗百貨店のりうぼう、別名パレット久茂地。地下一階、地上九階で、地下街のない沖縄には珍しい地下を持つ建物。同じ場所なら、自転車でゆったりと、……と勇次郎はそんな予定をたてていた。
つい昨日までは、そんな風に勇次郎ひとり、そこに行くつもりだったが、結局違うルートで行くことになった。そうなった主な要因は、部屋から直通でかけた、麻乃へのホットラインからだった。
元々『何かお困りの際は、どんな些細なことでもご相談くださいね』と言われていた。かなり長い間、杏奈と過ごしてきている幼なじみでもあると聞く。絶対に彼女へ秘密にしてくれると約束をした上で、『お姉ちゃんへのプレゼントは何がいいか教えて欲しい』と相談したのだ。
すると麻乃は、『明日も杏奈お嬢様は、理事長代行として執務のような用事がありとのこと。朝食後すぐに、お出かけになるご予定とうかがっております。ですので、
気心の知れた
翌日、朝食を終えると、杏奈は勇次郎に『いってらっしゃい、お姉ちゃん』という言葉と一緒にお見送りされる。そのような、素敵イベントが嬉しかったのか、杏奈は終始ニコニコした笑顔だった。付き添いは大浜父、本名を大浜
勇次郎は、宗右衛門の名前を知って納得したことがあった。麻乃という、珍しくも古風な名前を娘につけたの、はなるほどとそういうつながりがあったのかと思った。ちなみに、麻乃の母の名は
春先の沖縄とはいえ、最高気温が二十度を超えそうな感じ、汗ばむほどの陽気になりそうだった。本来なら、自転車で出かける予定だったので、『背中にアニメのキャラクターがプリントされたTシャツを着て、下は
自転車に乗る際は、車の運転手に視認されやすいように『なるべく目立つ格好』をする必要がある。背中に書かれたイラストを目にして、ドライバーが生暖かく笑うなり、萎えるなりするくらいが、認識されていて丁度良いと思っている。だが今日は、麻乃から『なるべく目立たない格好でご準備ください』と言われた。
仕方なく、なるべく地味なチョイス。ライトグレーの綿パンツに、無地でダークブラウンの七分袖シャツの裾を外に出す感じで着る。そこにシマノのサイクリングキャップを深めに被った。これなら目立つことはないだろう、勇次郎はそう思った。
あらかじめ、麻乃から『私も準備がございますので、お屋敷の裏手でお待ちください』と言われていた。一階の厨房横から通用口があり、おそらく麻乃が言っていた裏手とは、ここのことだろうと勇次郎は思った。
待つこと数分、するとそこに訪れたのは、ブルーのスバルレヴォーグだった。
(うっそ、シマノのニュートラルサポートカーと同じ車種だ……)
ニュートラルサポートカー、自転車のプロレースなどでは本来、各チームごとにサポートカーが準備している。チーム側が想定している以外の、突然起きるだろうトラブルになるべく対応し、レース全体をサポートするために、出場している選手の誰に対しても公平にケアをするため、用意された車のことである。
自転車オタクでもある勇次郎は、思わず声に出してしまいそうになったのをぐっと堪えた。それは、かなりマニアックな知識だと思ってしまったからだ。
後部座席のスモークがかったウィンドウが降りる。
「お待たせいたしました」
顔を出したのは、麻乃だった。けれど、ヘッドドレスをつけてない。そう思っていたら、ドアが開いた。
「はい、乗ってくださいな」
「あ、ありがとうございます」
右奥へ詰めた麻乃の横に座る。ドアを閉めて、前を向くと、見知らぬ女性が運転席にいた。年の頃二十代半ばくらいだろうか? 凜々しい表情の、ベリーショートの女性。
「初めまして。東比嘉警備保障、警備部の山城景子と申します。本日の運転手を任されました。一日、よろしくお願いいたします」
「あ、はい。勇次郎です。よろしくお願いいたします」
「ご丁寧に、ありがとうございます。では、シートベルトをお締めください」
「は、はい」
「では、出発いたします」
ゆっくりと、車が出て行く。なるほど、買い物だからか、杏奈のようなリムジンで行くわけにはいかない。それにあのような車では、余計に目立ってしまう。だから、このような感じにしたのだろう。
「勇次郎様、今日のお召し物は、私がお願いしたように少々地味でございますが、よく似合っておいでですね」
「あ、はい。ありがとう――あ」
麻乃に褒められて、勇次郎が横を向いたときに、先ほどの疑問が晴れた瞬間だった。いつもはスタンダードなメイド服を着用している彼女。今日は実に年相応、いや、大人っぽい姿とも言えるだろう。
スリムな
「麻乃さんも、いつもと違って似合ってると思いますよ」
「ありがとうございます。この姿、杏奈お嬢様には見せたことないかもしれません。おそらくは、勇次郎様が初めてかと思います」
「そ、そうなんですね」
ルームミラーに映る、山城の目が微笑んでいるかのようだった。
モノレール近くの幹線道路を走っていたかと思えば、北側へ進路が変わっていた。この界隈は、勇次郎自信も自転車でよく走ることがあるから、道は熟知している。
「麻乃さん。あの、僕、りうぼうへ行こうかなっって――」
「あのですね、勇次郎様」
「はい」
「久茂地りうぼうは、百貨店だけあって確かに良いものが揃っています」
「うん」
「ですが、ターゲットとしている年齢層が比較的高く設定されており、杏奈お嬢様には少しずれているというか……」
「あ、うん。僕、その辺よくわからないです。りうぼうなら百貨店だし、悩んだときは間違いないかなって思ってただけで」
「はい。二十代くらいからなら、良いかと思います。ただ、中高生には少々ですね」
「うん。そうだったんだ。それなら、どこに向かってるんです?」
おおよそ方角的にどのような施設があるかはわかる。ただ、女性向けのアイテムがどこに売ってるか、勇次郎には予想ができるわけがない。一応、勇次郎も男なのだから。
「おそらく『そう』だと思っておりました。ときに勇次郎様」
「はい?」
「ご予算は、いかほどまで考えておられますか?」
「僕、アルバイトはある場所でだけで、それなりにもらえていたんです」
勇次郎がどこでアルバイトをしっていたかは、麻乃ならばある程度予想はしていただろう。
「えっとね。これくらい、です」
勇次郎は、麻乃に向けて右手の人差し指を伸ばして見せる。
「なるほど。一万円まで――」
「いえ、桁、間違っています」
「まさか、千円でございますか?」
「そうじゃなく、これだけです」
勇次郎は、両手の指を広げてみせた。
「そ、そこまでとは思いませんでした」
「はい。鈴子お姉ちゃんは、時給これだけくれるもので……」
勇次郎は先ほどのように、指数本を立ててみせる。
「なるほどなるほど、……『あの方』はそれだけ稼いでいらっしゃるわけですね。もしや、勇次郎様の自転車は、そうして買われたのでしょうか?」
「んっと、完成車は母さんに買ってもらいました。後付けの交換パーツはアルバイトですね」
国道三百三十号線を突っ切り、国道五十八号線を通り抜け、西海岸側へ出てきた。そのまま右折し、北へ向かうと開けた場所に、やたらと大きな建物が見えてくる。
「あ、そっか。パルコシティね」
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