第9話 第一の刺客の頑張り(コリンヌ視点)

「実は、先ほど落ち込むことがあって、一人で帰るのは寂しいなって思っていたところだったです」


 王子宮から離れた後、コリンヌは王城を目指して歩いていた。その先にある庭園を散策しようと思ったからだ。


 レイニスと出くわしたのは、王城と庭園を結ぶ脇道の中の一つ。

 それ故、コリンヌが王子宮に行ったことは、レイニスは知らない。王城の敷地内にいることイコール王子宮に立ち寄る、という図式がレイニスの中になければの話だが。


「……そうか。庭園で誰かに会った、とか?」

「いいえ。庭園には、気分転換に行こうと思っていたんです」


 ただ歩くだけもいいし、花を愛でるのにも、ちょうどいい季節だったからだ。

 春が終わりを告げて、初夏の花々が咲いているに違いない庭園。これからのことを考えると、今の内に見ておきたい場所でもあった。


 もしかしたら、二度と見ることが出来ないかもしれないしね。


「今はやめておいた方がいい」

「……やはり、私のような身分の者は、立ち入れない場所なのでしょうか」

「そう言う意味じゃなんだ。……その、時々王族の方も、散策していらっしゃるから」


 先ほどから、レイニスの歯切れが悪かった。


 庭園は広いんだから、身分の高い人が歩いていたら気づくわよ。大体一人で歩いていることはないんだから。そこまで、バカにされてるの?


「では、レイニス様とここで会ったのは、ある意味良いことでした」

「どういう意味だ?」

「分かりません? レイニス様と一緒にいれば、絡んでくる令嬢はいませんし、こうして送ってくださるのですから」


 得しちゃいました、と横を歩くレイニスに向かって、体を前に傾けて微笑んだ。


「なら、もう王子に関わらない方がいいじゃないか。そうすれば言いがかりをつけてくる令嬢は、少なからず減ると思う」

「そうですね。昨夜は私を監禁しろ、とシモン様たちに命令していたようでしたから」


 もう潮時かな、とは私も思っていた。何か理由があるのかもしれないが、危険な目には遭いたくないし、関わりたくもない。


 多少のリスクは予想していたが、監禁は勘弁してほしい。嫌がらせの類ならまだしも、ランベールからなんて、冗談じゃない。


「その、ここにいるということは、大丈夫だったんだな。シモンたちも女相手に、手荒なことはしないとは思っていたが」

「いいえ。ロープで縛られました」


 そう答えると、レイニスは驚いた表情を見せた。シモンとフロディーから、連絡を貰っていないようだった。


 コリンヌは昨夜の出来事を話した。


「痕は消えましたが、確認されますか?」

「いや、消えたのならいい」


 少し袖を捲ろうとしたら、レイニスに止められてしまう。これくらいで、慌てなくてもいいのに、とコリンヌはふふふっと笑った。


「そういえば、レイニス様の方は大丈夫ですか?」

「あぁ。俺は王子に言われて、来賓の方々に予定の変更を伝えに言っていたから」


 なるほど。ランベールと共にいたわけじゃないのか。


「いえ、そのことではなく、手のことです。怪我をされたのではないですか?」


 先ほど、止めようとしたレイニスの手を掴み、手のひらを確認する。擦り傷さえないように見えたため、コリンヌは両手でレイニスの手を包み込んだ。


「大丈夫のようですね。良かった」


 そう言って、自らの胸へと持っていく。豊満ではないが、慎み深くはない胸だ。ワザとらしくは見えない、はず。


 実際、胸元が開いた服を着ているわけではないのだから、これくらい誘惑になるとは思えない。が、レイニスの反応を見ると、満更でもないようだった。


「あ、当たり前だ」


 恥ずかしそうに顔を赤らめて、強引に手を引っ張った。その反動を利用して、コリンヌはレイニスの胸へと体を傾ける。そして、そのままレイニスに身を寄せた。


「すまない」

「そうお思いでしたら、私を慰めては貰えませんか?」


 顔をレイニスの胸に当てる。固まっているのが分かった。


「ランベール様に裏切られ、シモン様たちにも酷い仕打ちを受けました。今、優しくしてくださるのは、レイニス様だけです」


 本音だった。昨夜帰ってから、今後どうしたいいのか、気持ちの整理が出来ずに泣いた。本当にランベールが心変わりしたのか、確かめられなかったから、不安だったのだ。


 それでも今日、王子宮を訪ねられたのは、あの女の言うことを聞くことが、最善だと腹を括ったのが大きな理由だった。


「ダメですか?」


 顔を上げてレイニスを見ると、唇が触れそうなくらい近かった。


「ば、場所を変えよう」


 肩を掴まれ、体を引き剝がされたが、言葉と顔は、真逆の答えをコリンヌに告げていた。



 ***



 さすがに王城の敷地内というわけにもいかず、だからといって、レイニスの家であるヘズウェー伯爵邸は論外だった。王子と噂になった令嬢を招き入れた、となっては体面が悪いからである。


 そのため今、二人はグウェイン子爵邸の一室にいた。一糸纏わぬ姿で。


「私が言うのも可笑しいのですが、大丈夫なんですか?」

「何が?」

「このような関係です。私の評判は悪いですから」


 今更? とでもいうレイニスの表情に、コリンヌは顔を背けた。


「据え膳食わぬは男の恥と言うだろう」

「そ、そんな理由ですか!?」

「いや、全くそういうわけじゃない……」

「どっちですか!」


 ここは重要だ。私の将来に結び付くのだから。お遊びと思われても仕方がない。でも、そうじゃない望みも捨てきれないのだから。


「王子が真剣だったら諦めていた。しかし……」

「何かあったのかはお察しします。けれど今は、レイニス様のお気持ちを聞きたいです」


 そうだ。ランベールの情報は後からでも聞ける。しかし、この関係を維持できるかは、今に掛かっている。


「さっきみたいに、他の男を誘惑しない、と約束してくれたら答える」

「私を捨てたり、裏切ったりしなければ、そんなことしません!」


 どうやら、満足いく答えだったらしい。レイニスに体を引き寄せられた。


「誰にも文句や罵倒をされないようになるまでは、大分時間がかかるだろうが、俺はそれでも構わないと思っている」

「私はもう慣れてしまいました」


 レイニスはふっと笑い、コリンヌの額にキスをした。


「いつか、そうならないようにする」

「……本当ですか? 体だけの関係じゃないですよね」


 それでも言質が欲しかった。


「勿論、愛している」


 一番欲しかった言葉に、コリンヌは両手を上げてレイニスの首に回した。レイニスも当然のように、顔を近づけて唇を合わせた。

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