第7話 お茶会
「ご機嫌よう、第一王子妃様。」
「…………。」
陽もだいぶ傾いてきた頃、突然第一王子妃の部屋へ侯爵令嬢が押しかけてきた。
押しかけたといっても、先触れがあったので、こちらは準備万端で待ち構えていたのだが。
「ようこそおいで下さいました。あちらにお茶などを用意しましたので、どうぞ。」
そう言って第一王子妃は、ローブから覗く皺だらけの口元に笑みを浮かばせながら、侯爵令嬢を案内した。
――相変わらず醜い姿だこと。
侯爵令嬢は、手にしていた扇で口元を隠しながら胸中で呟く。
相変わらず汚らしいローブに、老婆のような姿の王子妃を、心の中で小馬鹿にしながら後を付いて行く。
通された場所は、美しい花が咲き誇る小さな庭園だった。
部屋に面した庭園は、王子妃自ら手入れをしているらしい。
楽しそうに説明しながら第一王子妃は、侯爵令嬢に席を勧めた。
勧められた席に優雅に座ると、侍女たちが流れるような所作でお茶の用意をしていく。
洗練された侍女たちの動きに目を見張りつつ、侯爵令嬢は何事もなかったようにカップに口をつけた。
――ふふん、こいつが居なくなったら、この侍女たちもいずれ私の物になるのね。
侯爵令嬢は、何食わぬ顔で侍女たちを値踏みしながら王子妃に話しかけた。
「第一王子妃様にあっては、お元気そうでなによりですわ。謹慎と聞いて心配しておりましたのよ。」
侯爵令嬢は、憂いを帯びた表情で第一王子妃に言ってきた。
その言葉に第一王子妃は
「謹慎と言っても、この部屋と庭園には自由に行き来できますから、それほど退屈でもないのですのよ。」
そう言って、皺くちゃの手でカップを持つと、お茶を一口飲んだ。
「ぷっ……。」
大きな鷲鼻が当たって、飲みにくそうにしている第一王子妃の姿に、侯爵令嬢は思わず吹き出してしまった。
「どうかしました?」
「い、いいえなんでも……。」
不思議そうにこちらを見る王子妃に、侯爵令嬢はたまらないと、扇で顔を隠しながら横を向く。
しかし肩が震えてしまい、ますます王子妃を心配させてしまった。
ひとしきり扇の影で笑った侯爵令嬢は、気を取り直して話始めた。
「そういえば、何故謹慎になってしまったのですか?わたくし、あの人……第一王子様から聞いて驚きましたわ。」
「……第一王子様から詳しいお話は、お聞きにならなかったのですか?」
「いいえ、何も。」
侯爵令嬢は、さらっと嘘をついた。
「そう、ですか。私もよくわからないのですが、陛下から急に「もう部屋に来るな」と言われてしまって……」
「まあ。せっかく第一王子妃様が看病なさっていましたのに。それはショックだったでしょう、わかりますわぁ。」
「え、ええ。」
大げさに驚く侯爵令嬢に、第一王女妃は若干引き気味に頷いてきた。
「そういえば、ここへ来る前に変な噂が流れておりましてよ。」
「変な噂?」
「ええ、城下町の方では、第一王子妃様が国王様に毒を盛ったとか……いえ、私は、そんな大それたことを王子妃様がしたなんて思ってもいませんわ。」
侯爵令嬢は、わざとらしく驚いた様に目を見開くと、自分は違うと否定してきた。
「そんな……私はただ、解毒の効果のある薬草とかを育てていただけなのに……。」
「ええ、ええ、そうでしょうとも。国王様の為に尽くす王子妃様は何も悪くないですわぁ。」
肩を落とす第一王子妃に、侯爵令嬢はそう言って慰めてきた。
「あ、ありがとうございます。」
そんな侯爵令嬢の言葉に、第一王子妃はハンカチで涙を拭いながら、嬉しそうに頭を下げてくる。
そんな腰の低い第一王子妃の姿に、侯爵令嬢は満足したように微笑むと、辺りを見回し口を開いた。
「まあ、もうこんな時間。楽しくて時間を忘れてしまいましたわ。それでは、私はそろそろお暇させて頂きますわね。」
薄暗くなってきた空を見上げて、そう言ってきた。
「そうですか。今日は楽しかったです、また来てくださいね。」
「ええ、是非。」
侯爵令嬢は、にっこりと微笑んで席を立つ。
第一王子妃もそれに倣い、席を立つと一緒に連れ立って部屋へと戻った。
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