第20話 その腕に一目ぼれ



「私としては、是非とも仕事をしていただきたいんです」


 魔族の彼・デュラゼルは、俺を奥の一室に通した後ポツリとそう言葉を落とした。



 この部屋には、適度な数の調度品が飾られていた。

 その他にもワインレッドの絨毯に皮のソファー、そして一枚板のテーブル。

 出されたコーヒーもそのカップも、おそらくこの部屋の全てにそれなりの金額を使っている。

 

 店の規模こそ小さいが、平民層でも入り易い店内に、富豪層を通しても恥ずかしくないこの応接間。

 これを見るだけで、「彼はおそらく商売の何たるかを本質的にちゃんと知ってる人なのだ」と容易に察する事が出来た。


「アルドさんは、私がソルドさんに仕事のパートナーに選んだ理由は知っていますか?」

「マックスさんからは、ソルドさんの腕を見込んでの事だという風に」

「えぇ、全く以ってその通りです」


 そう言うと、彼はソルドの商品の金属で作られた優美な曲線と使いやすさをこれでもかと褒め始めた。


 それこそ、とある商店で見かけた時にどれほどの感銘を受けたのかから、その商店の店主に「これは一体誰の作ったものなのか」と詰め寄った話、そしてその日に店頭に並んでいたもの全てをその日に買い占めて帰った事。

 果てには家に帰ってから試しに使ってみて、その切れ味と金属なのに不思議と手にしっくり馴染む様に「これほどまでか」と思った事まで。


 それはもう、これ以上無いほどに語った後に我に返って「すみません……」と恥ずかしそうに萎むまで延々と話を聞かされた。



 そんな彼に俺は思わず苦笑したが、彼の気持ちもちょっと分かる。


「私も先程、ソルドさんの作った商品を見せてもらいました。確かにアレは凄かった」

「えぇ、そうでしょうそうでしょう! 最早『商品』ではなく『作品』と言ってもいい域でしょう?!」


 俺の言葉に嬉しそうな顔をする彼は、おそらく俺より4,5歳は年が上だろうに、何だかちょっと子供みたいだ。


 が、その実彼の商品を見る目は確かである。



 幼い頃から散々良い物だけを見て育ってきた俺なら未だしも、アレの良さを見ただけで分かる人間は――残念な事だけど中々居ない。

 そこに目を付けたのは、彼の慧眼だと言っていい。


 が、その結果がこのトラブルだ。


「ソルドさんの商品に彫刻を施す様に依頼した、と聞きました」


 そう話を切り出せば、彼は「はい」と素直に認める。


「彼の商品は、確かに積み上げられた職人技が見て取れます。実際に使ってみれば、その良さがきっと分かる筈。しかしその実、あまり消費者から見向きされない」

「その理由を、貴方は商品の武骨さにあるとお思いですか?」

「はい。それと、特定の卸先を持っていないせいだとも」


 そう言われ、俺は「なるほど」と思う。

 

 例えば商品をたまたま買って帰って使ってみて、その素晴らしさを知ったとしよう。

 そうなれば本来は、口コミという形で宣伝が為される筈である。

 が、特定の卸先が無い為に、「○○商店のあの品物が」という言い方が出来ないのだ。

 だから結局、ごく内輪での宣伝効果に収まってしまい、商品が爆発的に売れるような事にはならない。


 つまり、需要があってもその総数が見えにくいため、今までの卸先店舗は総じて「それほどの利を生まない商品だ」と考えて程々の数しか仕入れないし、店舗の目立つところに商品を置いたりもしない。

 人の目に触れにくいから、その商品を手に取る客も少ない。


 これはそういう負のループという事なんだろう。


「特定の卸先作りは、今回の契約締結でうちが請け負えばいい。ですからあとは――」

「商品の、目立つ演出。つまり彫刻だと」

「はい。もちろん私も、技術的に無理な事は頼みません。しかし彼はその技術を持っています」


 そう言って、彼は俺にとある転写スクロールを見せてくれた。


 このスクロールは、目の前の景色や物を転写し保存する事が可能なもの。

 そしてそこには、とある物が既に転写されている。


「……写真立て、ですかね。しかしこのフレームの彫刻、かなり凄い」


 それを見て、俺は思わず「ほう」と感嘆の息を漏らす。


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