第11話 一方その頃母国では(9) ~延期された約束に喘ぐ末端の農村は~



 ※ちょっとしたウツ展開です。

  体調が悪い方は、読むのを後回しにしましょう。



―――――



 偉いヤツラは平民を、精々『幾らでも替えが利くパーツ』くらいにしか思っていないんだろうと思う。


 もっと言えばその辺の砂や石ころ程度の、あってもなくても困らないモノ。

 そういう認識なんだろう。


 でなければ、こんな仕打ちが出来る筈無い。


 

 昨年の冬、寒さに喘いだ俺達に王族が一つの約束をした。


 ――民の農業生産を助けるために、一定の条件をクリアした農業従事者には一定額の支援金を出す制度を作る。

 

 高らかにそう告げたのは、当時の第二王子だった。

 概要を聞けば、どうやら『一定の農作業を実施した農地の保有者は、年間で使った農地の広さと収益に応じて金を援助する』という話らしい。



 その話を聞いた時、農業を生業にする一村民だった俺達は大いに喜び歓声を上げた。


 例えば新しい農業器具を揃えたかったが、無い袖は振れない。

 遊ばせている場所の農業を再開したいが、人手が足りない。

 そもそも泥作業、その上単価が安いから、それ程稼ぎになってくれない。

 年々老いて、体にも段々ガタが来ている。


 そんなどうにかしたいが金が無いとどうにもならない諸問題を、この制度が解決してくれるかもしれない。

 頑張っただけ報われる可能性だってあるし、これを足掛かりに新しい作物を作る事にもチャレンジできるかもしれない。

 

 この報せはそんな希望を、もっと言えば傾きかけた農村の立て直しという夢を、俺達に抱かせた。



 制度が確立されるのは来年だが、その審査対象は前年度。

 つまり今年の頑張りだ。


 ――今年頑張れば、来年は少し報われる。

 そう信じて、寒さの中水をやり熱さの中で田畑を耕し、力を入れて取り組んだ。


 

 そうして迎えた今だったのに、なんと国は例の『国内農場補助金法』の施行を延期したのだ。


 

 まるで梯子を外されたような気分だった。


 廃止ではなく延期だから、まだ芽はきっとあるのだろう。

 が、幻影だった目の前の光に体の力が一気に抜けた。



 この辺一帯は、悉く農村だ。

 きっと誰もが少なからず似たような状況・似たような感情を抱えている事だろう。


 すなわち、失望と怒りである。

 

「そんな事なら、事前に発表なんかしなかったら良かったのに」


 誰かがそう呟いたが、正にその通りだと思った。


 あの自信に満ち溢れた演説は何だったのか。

 ああやって期待を持たせるから、俺達は絶望するのだ。



 偉い人間の言う事なんて、きっと最初から信じなければ良かったのだろう。

 しかしそれに縋りたくなるほど、この村は既に人々の体力も精神力も枯れてしまっていたのである。

 そんな時にたった一滴落とされた雫を、どうして飲まずにいられよう。


 それなのに。


「もうトミばぁさんも体力が持たねぇってよ」

「今年は特に、力入れて頑張っていたからなぁ」

「『補助金が出れば、それで出稼ぎに出ている倅は村で農業に従事できる。あと一年の辛抱だ』って、ずっと言っていたからなぁ」

「本当にむごい事をする」


 村の集まりで話されるのは、そんな愚痴じみた近況と、『今後村としてどうするか』だ。


「元々この村は、工芸品と農業の二足のわらじでやって来た。が、農業は体ばかりキツくて金にならない。――自分たちの分は作るが、外に出すほどはもう作らない。それで良いんじゃないだろうか」


 そんな言葉で、村長が暗に「もう潮時だ」と言った。


 前から出ていた話である。

 この村の年齢層も上がってきて、体力的にしんどくなってきた家も多い。


 特に異論は出なかった。




 方針が決定し解散となっての帰り道、少し肌寒い夜の中を歩きながらふと思う。

 


 一体幾つの村々が、ここみたいな選択をした事だろう。


 自給自足で自分たちの食い扶持を守り、それ以外は切り捨てる。

 実利を取って、安定した生活を目指す。

 そうして一体どれだけの国の苗床が、放置されていくのだろう。


 と。



 しかしその一方で、俺の本音がこう返す。


 良いじゃないか、国が助けてくれないんだから。

 しょうがないじゃないか、俺達が他を捨てたって。




 結局のところ、こういう小さな村々は、村の中が世界に等しい。

 地元愛はあるけれど、国への愛には乏しくなる。


 もしかすると、余裕があればもっと広い範囲の事を考えられたのかもしれない。

 が、そんな余裕は俺達には無い。

 俺達は、俺達の今見えている範囲・手の届く範囲を護るので精一杯だ。


「ただいま」


 家の扉を開けてそう言えば、室内の温かい空気と一緒に女房の笑顔が俺を出迎えた。


「おかえりなさい」


 その声に、俺は改めて自分の護るべきを認識し直す。


 俺は家族を守るんだ。

 その為に俺は頑張ろう、と。


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