街並み

更級ちか

 第1話 12月27日 

              

 タクシーを降りた私は、運賃を支払ったお母さんに声をかけられるまで、路面電車の停車場から目を離せずにいた。

 あの架線かせん軌道線きどうせんも、一昨日おとといに遊んだ楽々園らくらくえん遊園地にまで続いているかと思うと、駅に入るまでの足取りがどうしても遅くなる。

 何度も振り返る様子に、母がはとのようだと私を笑うと、他の6人もつられて口元をゆるませた。


 悪い気はしなかった。

 お母さんの気持ちも理解できたからだ。


 コートの下に、かすりの着物を着ているおばあちゃんに手を取られ、そのあかぎれのあるしわの多い手をにぎり返す。

 祖母の着物は、明治時代からのものらしい。


 私が乗っていたタクシーには、後部座席で、私と弟がお婆ちゃんをはさむ形で座り、母は助手席にいた。

 もう1台には、おじいちゃんと伯母おばさん。いとこの浩二こうじ兄さんと典子のりこ姉さんの4人が乗っていた。

 ここへ来る途中、昨日連れて行ってもらった比治山ひじやまが右手に見えた。

 山頂から街が一望できるその山には、ふもとに神社があり、母方の親戚6人は毎年そこへ初詣はつもうでに参ることを教わった。


 私は今年も、馴染なじみのある父方ちちかたの親戚と初詣はつもうでに向かうのだろう。

 大晦日おおみそかの夜11時を過ぎると、地下鉄に乗って末広町駅すえひろちょうえきで降りて、人の流れに身をまかせながら神田明神かんだみょうじんへ参る。帰りは深夜の臨時便が出る。

 滅多めったに出来ない夜のお出かけ。しかも、綺麗きれいな振りそでを着せられて。


 そこまで考えて、はっと気付いた。

 今年はお父さんの妹家族がいないのだと。もしかしたら、来年以降も。



 タクシーが並ぶ先の、駅前の通りはにぎやかで、聞こえる方言はどれも耳に心地いい。

 ただしお母さんの流暢りゅうちょうな方言だけは、日頃から聞き慣れていないせいか、どうしても違和感を覚えてしまい、弟といちいち目配めくばせをせずにはいられなかった。


 改札かいさつが見えたところで、私はのどかわきを覚えて、自販機はないかとあたりをきょろきょろとさがしたが、見つけることが出来なかった。

 本当はジュースが飲みたかったが、結局、お母さんが売店ばいてんで3人分のお茶を買った。お母さんと私、それに弟の分だ。



 改札を抜けて立ち止まり、リュックからマフラーと手袋を取り出して身につける。昨日の予報で、今日の最低気温は氷点下だと言っていた。

 ホームへ行くと、転がっている煙草たばこがらが目に付いた。タクシー乗り場にも沢山あったことを思い返す。

 見送りに、母の兄である伯父おじさんの姿がないのは、つとめている銀行の取引先との関係で、どうしても仕事を抜けられなかったかららしい。


 保険会社で働く私の父は、明日の28日が仕事納しごとおさめのため、東京に残っている。

 大学卒業後、お父さんは、今とは違う仕事をしていたらしい。

 だが出張で東京を離れている間に、練馬ねりまにあった実家が焼失しょうしつし、父親と兄の家族、それにすえの妹まで失ったため、悩んだ末に転業てんぎょうを決めたという。

 自分と同じ境遇きょうぐうにある人たちを、1人でも多く支えたいと。

 それが14年前の9月のことだ。


 お父さんの生家せいかの焼け跡から見つかった遺体は、女性の体格のものが1人分足りなかったらしい。

 その時間には家にいたはずの、すえの妹か兄の妻が。

 以来、お父さんは2度と2人に会っていない。






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