04 white rice

「あ。ほら、米粒ついてる」


ぷるんと主張した唇の横を拭ってあげると、フレアは少し目を見開いたあと、コホンとわざとらしく咳をする。


「わ、わざとだぞ。」


そんな強がりが何だか可愛くて、思わず目を細める。


あの後、フレアは5時間ほど眠り続け、さすがに昼寝にしては長すぎるな、と心配になったところでちょうど起きてきた。

お気に召したらしいあの白いブランケットを引きずり、右手で目を擦りながらとことこと歩いてきた彼女は、俺を見つけた瞬間、「おい、腹が減ったぞ。」と偉そうな口を叩いた。


やれやれ、と思いながらもなんだかんだ言って可愛いものには弱いのが男。

三年前に買ったがほぼ新品状態の炊飯器を開け、グーグル先生に頼りながらなんとか米を炊いた。

ついでに卵焼きでも作ってあげようかとも思ったが、フライパンに卵をひいた瞬間、一瞬にしてそれは黒い塊へと進化し、即ゴミ箱行きとなった。


一応申し訳程度に愛用している小さなふりかけを茶碗の横に添えてあげた。

案の定、「随分質素だな。」と吐き捨てるように言われたが、聞こえなかったことにする。

とにかく、これが俺の最大限のもてなしなのだ。


「これからどうしようか。」


ぽつりと零れたそれが、今の俺の悩みだ。

彼女は確かに吸血鬼だと徐々に理解した。

だが、普通に考えて吸血鬼が何の理由もなく人間の世界に放り込まれるのはおかしい。

きっとなにか理由があるはずだ、そう考えるが、例えそれが分かった所で俺が彼女になにかをしてあげられるかは分からない。

もちろん出来ることなら協力してあげたいが、なんて言ったって吸血鬼。

何かをするために代償を払え、なんて言われたら俺はきっと身を引くだろう。

結局自分が一番可愛い。最低だが、そういう事だ。


「帰るところはあるのか?」

「多分ある。」

「多分って…」

「分からない。」

「どういう事?」

「この世界に来た経緯や我が為すべきこと。それら周辺の記憶が抜けているのだ。」


思い出そうとすると頭が痛くなる、そう言って眉を顰める彼女を止める。


「無理に思い出そうとしなくていいよ。」

「そうか?」

「うん、きっといつか思い出す。」

「そうだといいが…」


彼女自身はあまり納得していないらしい。

小さくため息を零すその体を見つめる。


こんな小さな体で1200年、一体何を経験してきたのだろうか。

人間の人生の15倍。

20数年しか生きていない俺でも色々なことあった。

きっと彼女は俺の想像の範囲を超えるような、沢山の出来事を一人で受け止めてきたのだろう。


「そうだ。」


ふと、思い出した。


「この間商店街の福引きで遊園地のチケットが当たったんだ。明日一緒に行くか?」

「ゆうえんち?なんだそれは。」

「遊ぶ所。」

「我はそんなところに興味はない。」


頑固な吸血鬼に思わず笑ってしまう。


「じゃあ、一緒に行ってくれないか?」

「我はお前のように暇ではない。」

「お願い」

「…ふん、そこまで言うのなら行ってやってもいいぞ。」


どうやら彼女を何かに誘うときは遜って頼むのが掟らしい。

少しずつフレアの事が分かってきた気がする。


「じゃあ、早く食べちゃいな。」

「うむ。」


さて、明日は何を着ようか。

フレアはまだ白いワンピースしか持ってないから今日と同じかな。

遊園地に着いたらどの乗り物に乗せてあげようか。

ジェットコースターなんかに乗せたら大暴れするかもしれない。

ああ、名物のマンゴーソフトクリームも食べさせてあげよう。


そんな遠足の前日のようなことを考えながら、最初の一夜を過ごすのだった。

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