第18話 メルキオール③ ※残酷描写あります
僕が12歳だった当時は、領地の本邸で過ごしていた。
今は封鎖されて、誰も住んでいない場所だ。
僕の大切な家族である両親は穏やかな人達で、父親も僕と同じように植物が大好きな人だった。
そして、母と僕をとても大切にしてくれる父でもあった。
父が植物を好きだったから、僕も好きになったと言えるかもしれない。
なんの疑問もないほど幸せな日々を送っていたある日、一人の女性が客として伯爵家を訪れた。
その人は母の知り合いで、それなりに親交があったから、父と母と三人でお茶を飲んでいた。
少ししたら、僕も挨拶に降りておいでと言われたからその部屋に向かったんだ。
途中で侍女とすれ違った。
お客様のために追加のお菓子を取りに行くと言っていた。
扉の前に立ち、ちゃんと礼儀正しくノックしても反応がない。
おかしいなと思った。
もう一度ノックしてから扉を開けると、ねっとりとした空気が漂ってきたと同時に、鉄錆のような匂いも鼻をついた。
一体これは何なのか、どんな状況なのか、部屋に2歩ほど入って、そこで動きを止めざるを得なかった。
目から入ってきた情報に、僕は何を見ているのだろうと混乱した。
応接用のソファーの向こう側で、馬乗りになって、母を滅多刺しにしている女の人がいたのだ。
母の喉からは、ゴボゴボと赤い血が溢れている。
その隣には、喉を掻き切られ、床に血まみれで倒れ、動かない父の姿も。
髪を振り乱し、一心不乱にナイフと腕を動かす女が、人の形をした別のものに見えて、恐怖で床に張り付いた足は、僕にその光景を見続けさせた。
血肉が飛び散る様を。
美しかった母が、内臓がズタズタにされ、ただの肉塊となる様を。
最後の標的は僕だった。
母の胸にナイフを刺したままにすると、僕を押し倒し、馬乗りになって首を締め出した。
女の長い髪が僕の上に降り注ぎ、血走った目は僕を睨みつける。
喉に、ギリギリと指が食い込んで、必死にそれを引き剥がそうとするのに、とてつもない力で締め付けられて、緩むことはなかった。
意識を失った僕は、その後の事は覚えていない。
凄惨な事件から奇跡的に生還した僕が聞かされた事は、僕の母親を自分の夫の浮気相手と誤解したとある貴族女性の犯行だったということだ。
その女の夫の浮気相手は別におり、咄嗟に母の名前を出して誤魔化した事が、犯行の動機となった。
度重なる夫の不貞に、精神的におかしくなっていた結果だ。
愛ゆえの、見境を無くした嫉妬に狂った犯行。
父にも、母にも、なんの罪も責任も落ち度も無かったのに。
女は処刑され、その夫も厳罰を受け爵位を剥奪されている。
相手の方が序列が上位の伯爵家だったから、最初は夫の方は罪を逃れそうになるところだった。
王家が介入してくれなかったら、そうなっていたかもしれない。
でもそれは、僕にはたいした慰めにはならなかった。
大切な人達はもうこの世にはいないし、戻っても来ない。
この事件からずっと僕は悪夢に苛まれることになった。
眠ると、あの女が首を絞めにやってくる。
夢の中で次第にあの女は朽ちていき、腐敗した屍肉を晒し、しまいにはぼろ布を纏った死神のような姿で僕の夢を犯し続けた。
「本当に本当に、君は今夜、僕と一緒に寝てくれるのか?」
ベッドの上に残ったキティに話しかける。
ちょこんと姿勢良く座って、僕を見上げていた。
その姿は、たまらなく可愛い。
それからキティは、当たり前のように枕の隣に丸くなった。
キティを連れてきてくれたアシーナは、同時にリラックス効果のあるハーブティーも用意してくれた。
それを一杯だけ一緒に飲んでくれて、それからアシーナは自室へと戻って行った。
お茶のおかげで、胸がホカホカと温かい。
アシーナと飲んだお茶が、今までで一番おいしく感じられた。
穏やかな気持ちのまま横になると、キティの毛がわずかに触れてくすぐったくなるけど、不思議とそれが安心感を与えてくれた。
「君のご主人様は、本当に素敵な女性だね」
たくさんのぬくもりを分け与えてくれた。
キティの存在もだし、彼女が抱きしめてくれた時もだ。
僕が守るとか大口叩いて、結局、守られたのは僕の方だ。
僕は何もしてあげられなかったのに。
彼女から逃げて、自分のことばかりで。
三年前のあの時に。
本当に、今さらだ。
「愛は怖い。人を狂わせてしまうから。そして、一方的な愛も、身勝手な愛も、人を不幸にしかしないよ。だから僕は……」
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