09:もしも祝福されたなら
「ずばり聞くけど。横溝さんの用件ってなんだったの?」
一時限目と二時限目の間の短い休憩中。
沙良は秀司の前に立ち、椅子に座る彼を挑むような強い目で見据えた。
秀司の机には黒いカバーをつけたスマホが置いてある。
秀司はさきほどまで誰かとラインをしていたようだが、沙良が来るとすぐに画面を消して机に置いた。
秀司の隣は彼の幼馴染、戸田大和の席だ。
正統派美少年として密かにファンが多い大和は前の席の山岸と共にこちらを見ていた。
「何って」
沙良の気迫に恐れをなしたのか、秀司は少々困惑気味に答えた。
「『文化祭で私たちダンス部と一緒に踊ってくれないか』って聞かれただけだよ。サプライズで三駒の美男美女をステージに呼んだら盛り上がるんじゃないかっていう計画が部内で持ち上がった。だから、該当する人間に声をかけて回ってるんだとさ。三年の
「……そうなの」
女子の間でイケメンと話題の三年生が踊る云々は正直、どうでもいい情報だ。
横溝の用件が告白ではなかったことにホッとして、肩から力が抜けた。
「秀司は踊るの?」
彼が踊るならステージを見に行くつもりだった。
「いや。ラスト一曲だけの参加でいいからお願いって言われたけど、面倒だし断った。あ、一応これは内緒の計画らしいから誰にも言うなよ」
「もちろんよ。聞きたいことは聞けたし、私はこれで――」
「ちょっと待て。」
くるりと踵を返した沙良は、右腕を掴まれて動きを止めた。
「なんでわざわざ確認しに来た? まさか俺が横溝さんに告白されて付き合う気になったと疑ったんじゃないだろうな」
笑顔だが、秀司の目は笑っていない。
「いまなら怒らないから正直に答えてみな?」
にっこり。
「……いままで母にそう言われて怒られなかった試しがないんだけど……」
「いいから答えろ」
口調が命令形に変わった。
(あくまで笑顔なのが怖いんですけど!?)
これは下手に誤魔化せば余計に面倒なことになりそうである。
「……。はい。その通りです。カップル解消されるんじゃないかと疑って、確認しに来ました」
白状すると、秀司は深いため息をついた。
「あれだけ言ってもわからなかったのか……そうか。沙良は俺のこと信用する気が全くないんだな。よーくわかった」
「違うよ!」
ジト目で睨まれて、沙良は慌てた。
美形が怖い顔をすると本当に怖い。
「信用してないのは秀司じゃなくて私なの。自信が全くないから、私が秀司の相手役でいいのかと思ってしまう……」
右手で髪に結われたシュシュに触る。
秀司に贈られた赤い花のような可愛いらしいこのシュシュだって、本当に自分がつけてていいのかと思ってしまう。
沙良はシュシュに手をやったまま、教室の一角で友達と談笑している姫宮美琴を見た。
可憐な彼女ならこのシュシュもよく似合う。
他人から向けられる誉め言葉を沙良のように疑うこともなく、ありがとうと笑って受け入れるに違いない。
「だから。何回言えばいいんだよ。自分を卑下する必要ないって。沙良には沙良の魅力があるんだ。証拠にクラスの奴らは俺たちのカップル成立を祝福してくれただろ?」
秀司は隣の席に顔を向けた。
黙ってこちらのやりとりを見ていた大和は頷き、山岸は指で丸を作り、それぞれに反応を示してくれた。
「……クラスの人たちはこれまで築いてきた絆があるから好意的に受け止めてくれてるだけでしょう。他人はそうはいかな――」
「じゃあこれまでほとんど交流がなかった奴らを納得させればいいんだな? たとえば全校生徒から素晴らしいカップルだと祝福されたらどうだ?」
「え?」
妙なことを言いだした秀司に、沙良は戸惑った。
(素晴らしいカップルって。私は期間限定の偽りの彼女なのに? 秀司は文化祭が終わるまでは私に本物の彼女として振る舞って欲しいのかしら。まあ……卑屈な彼女なんて誰だって嫌か。彼女役に立候補したのは私なんだから、期待には応える努力をしないと)
思い直した沙良は全校生徒から素晴らしいカップルだと讃えられる様を大真面目に想像してみた。
「……もしそんなことが本当に起きたなら、私にも自信がつくでしょうね。私こそが秀司の彼女に相応しいと思えるようになるかもしれない、けど……」
いったん口ごもり、言う。
「……でも、あまりにも現実味がないわ。拍手喝采を浴びるよりも『なんであんな子が彼女なの?』と秀司のファンから大ブーイングを浴びる図のほうが遥かに想像しやすい」
「なら俺と賭けよう。拍手喝采を浴びるか、ブーイングを浴びるか」
片手で顔を覆う沙良に対して、秀司は不敵に笑った。
「どういうこと? 何をするつもりなの?」
困惑して顔を上げると、秀司は笑んだまま言った。
「俺らも文化祭で踊ろう」
「へっ!?」
予想だにしない提案に声がひっくり返った。
目を剥き、仰天して固まる。
「百聞は一見に如かずってな。大勢の人間が集まるステージの上で堂々と息の合ったダンスを見せつけてやれば、観客は俺らをカップルだと認識するだろ。その結果が拍手喝采なら沙良も安心して俺の隣に立てるよな? 言質は取ったんだ。それでもやっぱり自信がないとか言わせないから」
「……いやいや、なんでそんな話になるの!?」
我に返った沙良は激しく右手を振った。
左手が動けば両手を振って、ついでに首も振り、全身で『無理』をアピールしていたところだ。
「踊りたいなら瑠夏に言って!? あの子は昔ヒップホップ習ってたからめちゃくちゃ上手いし、動きもキレッキレだよ!? ダンスの授業のときは先生を含めた全員から拍手喝采を浴びてたもの! 美人だから秀司と踊っても絵になるわよ!?」
ちなみに当人は現在、自分の席で静かにブックカバーを付けた文庫本を広げている。
ここからそんなに離れていないため、瑠夏にも沙良たちの声は届いているはずだが、聞いていないのか、あるいは聞いていても我関せずを貫くつもりらしい。
どこまでもマイペース。それが長谷部瑠夏だ。
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